【落合博満の視点vol.56】指揮官の基本——監督の禁じ手と考えていたこととは
落合博満が考える指揮官の基本として、マイナス思考とプラス思考について書いた。
今回は、その反対に“指揮官の禁じ手”について考える。落合監督が一番に挙げたそれは、重要なコミュニケーションを第三者を介して行なうことである。第三者を介すると話の内容に脚色が加わることがあるし、言葉自体は変わらなくても微妙なニュアンスまでは正確に伝わりにくい。万が一、言ってもいないことを付け加えられた場合は、話した人間の意図とはまるで違う話になってしまう。実際、落合は現役時代に、この第三者を介した話のキャッチボールで引退まで覚悟したことがある。
要約すれば、当時の星野仙一監督が春季キャンプ初日の体重測定で基準をオーバーしている選手、またフォーメーション・プレーをこなせない選手からは罰金を徴収すると決め、選手にもそのことを伝えた。一方、自主トレ先でメディアからキャンプに関する質問を受けた落合は、次のようなコメントをした。
「自分のペースで体を仕上げてキャンプに臨むのが、本来のプロの姿ではないか。また、自分の体は自分が一番よく知っている。若い選手と同じメニューではしんどいから、それで罰金を取られるなら仕方がない。オーバーワークでパンクしてしまっては、罰金より大きく年俸を下げることにもなりかねないから、自分のペースで開幕に間に合わせる。そして、タイトルを獲ってチームの優勝につなげる」
これを『落合、星野指令無視』という見出しをつけて報道されたことで、球団社長からも「チームの和をないがしろにした発言だ」というコメントが出され、ここから星野監督と落合の関係がよくないのではという論調になってきた。だが、現実には球団社長、星野監督、そして落合は一切言葉を交わしているわけではなく、この騒動はすべてメディアを介した情報がもたらしたものなのだ。
メディアとは筆談していたことも
だから、球団からペナルティを言い渡された落合は、「今すぐ野球をやめさせていただきます」と言ったわけだ。幸いにも事態は収拾に向かったが、キャンプ中の落合は「口は災いのもと」と、報道陣とは筆談でコミュニケーションを取っていた。このように、メディアを介した会話のキャッチボールが誤解を生むことは多く、それがチーム内に不協和音を生み出すこともある。ゆえに監督となった落合は、重要な話は絶対に第三者を介さず、直に本人に話すと決めていた。
メディアとは積極的にコミュニケーションを取らなかったため、「喋らない監督」と揶揄された落合だが、8年間ともに戦った選手たちからは「どちらかと言えば話すのが好きな人」と言われていた。実際、夕食時に話し始めて夜中になってしまった選手も少なくなく、落合監督が選手とは腹を割って対話していたことがわかる。
2004年の中日は、「オレ流」監督誕生と話題になったシーズンオフに比べて、春季キャンプに入ってからは報道される量や内容が少しずつ減っているという印象があった。それは、落合監督が何事に対しても前向きなコメントしかせず、戦術や選手起用に関する質問にはノーコメントを貫いたのが一因だろう。ファンやメディアにサービスしてこそのプロ野球という考え方もある。しかし、チームの土台を築いている大切な時期だからこそ、落合監督は行動、発言ともにより慎重になり、結果として口が重くなっている。その根底には、落合監督が考える“指揮官の基本と禁じ手”があったのだ。
(写真=K.D. Archive)