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女子ワールドカップ得点王・宮澤ひなたが渡欧。「海外の選手に負けないくらい、表現していきたい」

松原渓スポーツジャーナリスト
宮澤ひなた(写真:ロイター/アフロ)

「行ってきます!」

 爽やかな笑顔の余韻を残して、なでしこジャパンのスピードスターが8月28日の朝、日本を発った。

 今夏の女子ワールドカップで得点王に輝いたMF宮澤ひなたが、海外クラブへの移籍を前提とした手続きのため、イングランドに向かった。

 ワールドカップでは準々決勝までの4試合で5得点。優勝したスペインを撃破した一戦でも2ゴールを決めてプレイヤー・オブ・ザ・マッチを受賞した。スピードを生かした動き出しの速さと、相手を見て冷静にゴールを射止める決定力の高さは際立っていた。なでしこジャパンの戦いはベスト8で終わったが、最後まで宮澤の記録に肩を並べる選手はいなかった。

前回大会得点王のラピノーから、新得点王の宮澤へ。決勝翌日にFIFA女子ワールドカップの公式アカウントが投稿したツイート

 ヨーロッパの選手以外で唯一の個人タイトルを受賞した23歳の日本人アタッカーに、海外クラブから熱視線が注がれるのは必然だった。

 だが、渡欧当日、羽田空港に詰めかけた報道陣を前にしても宮澤は大会前と何も変わらず、自然体を貫いていた。

「(得点王の実感は)本当に、ないんですよね」

 素朴な笑みをこぼしながら、ゆっくりと念を押すように言った。

早朝の便でイングランドに飛び立った宮澤
早朝の便でイングランドに飛び立った宮澤

「個人で上回るものがないと世界には通用しない」

 年代別代表の主力として10代から国際大会に出場してきた宮澤は、海外でプレーしたい思いを温めてきた。日本も2021年にプロリーグが発足し、環境やレベルは向上しているが、今回のワールドカップを機に、「もう(海外に)行かなければ」と、スイッチが切り替わった。欧州の名門クラブからの興味を伝えられる中で、チャンスを逃すつもりはなかった。

「ワールドカップ前にコンスタントに海外の国と試合をする機会が増えて、力の差を感じましたし、このままじゃダメだなと、試合を重ねるごとに思っていました。ワールドカップでは自信がついた反面、まだまだ足りないと思う部分もありました」

「スピードの使い分けや、一瞬のスピードで相手に勝つことができるのは自信になりましたけど、ゲームの中で、もっと個人で上回るものがないと世界には通用しないと感じました」

 刺激を受けたのは対戦相手の選手だけではない。MF林穂之香(ウェストハム)やMF遠藤純(エンジェル・シティ)、DF南萌華(ローマ)やMF長野風花(リバプール)ら、ひと足さきに海を渡った同年代の選手をはじめ、海外でプレーする選手たちの成長を肌で感じ、「すごくたくましいし、頼れるなと感じた」という。

同年代の仲間たちに刺激を受けてきた
同年代の仲間たちに刺激を受けてきた写真:ロイター/アフロ

 宮澤が大切にしてきた原点は、“沢山の人に応援され、愛される選手になる”こと。入場者数を更新した今大会で女子サッカー人気の高まりを肌で感じたことも、その思いに拍車をかけた。

「この海外挑戦を機に、もっと活躍して世界的に有名な選手になることが一つの目標です。ワールドカップで沢山のお客さんの中でプレーして、やっぱり楽しかった。そういう環境で常にサッカーしたいという思いがあります」

「要求する力を高めていきたい」

 今後は、ロンドン入りして代理人と入団するチームを決めるという。その後、メディカルチェックなどを経て、9月から10月に控えるリーグ開幕に向けてチームに合流する。新天地では、短期間でチームにフィットできるかが鍵となる。

 宮澤自身は、海外挑戦では「自己表現」が一つのハードルになると感じている。強い自己主張やアピールをするタイプではなく、プレーで示すことで信頼を積み上げてきた。

「自分の意見を伝えなきゃいけないところでは苦労すると思います。言葉が分からなくてもプレーで示したり、自分の熱量で伝わるものがあると思うので、要求する力は高めていきたい。自己主張の激しさは海外の選手に負けないくらい、表現していけたら」

 現役高校生時代になでしこジャパンに招集され、トップリーグで高卒ルーキーとして鮮烈なデビューを飾ったのはほんの5年前のことだ。そう考えると、早咲きで順調にキャリアを積んできたように見えるが、逆境や試練も経験している。

ベレーザでさまざまなスキルを身につけた
ベレーザでさまざまなスキルを身につけた写真:森田直樹/アフロスポーツ

 東京NB(ベレーザ)では、さまざまなポジションでプレーの幅を広げる中で「判断の迷い」に直面。魅力でもあるスピードを活かせずに苦しんだ時期もあった。21年からは仙台でプロとしてのキャリアをスタート。走力や筋力など、身体能力も含めた「個」をスケールアップさせた一方、裏腹に2シーズンで4ゴールと結果が出ずに苦しんだ。19年のワールドカップ、21年の東京五輪は、候補入りはしていたものの、当落線上でメンバー落ちを経験している。

仙台ではトップ下でスピードを生かし、相手に脅威を与えた
仙台ではトップ下でスピードを生かし、相手に脅威を与えた写真:森田直樹/アフロスポーツ

 だが、あえて楽な道を選ぼうとはせず、試練と向き合う中で武器をアップデートしてきた。今大会でスペイン戦に臨む前、宮澤は自身の“現在地”についてこう語っている。

「ベレーザではそれまでとは違ったサッカーの見方ができるようになって、サイドの突破や裏への抜け出しなど、いろんな選手と合わせながら縦に仕掛けるスタイルを磨きました。その上で、仙台では『相手にとって常に嫌な位置に立つこと』を学びました。段階を経て自分の間合いを持てるようになったことが、代表のプレーにもつながっています」

「海外の選手が相手だと立ち位置一つで景色も味方の動きも変わってくるので、臨機応変さが求められます。頭の回転を早くしなければいけないですが、それがすごく楽しいんです」

 苦境を成長の過程と割り切って楽しむメンタルの強さや、大会中に見せた伸びしろに、まだ見ぬポテンシャルの片鱗が見えた。

 地に足をつけて自分と向き合ってきたからこそ、背伸びをするつもりもない。バロンドールや得点王などの目標はあるかと聞かれ、宮澤は「そういう目標はないです」と即答している。

「自分らしく、思い切ってプレーするのが一番ですし、試合に出られないという時期も来ると思うので。それをどう乗り越えられるかというところがすごく大事。日本では周囲に甘えてしまうこともあったけど、海外では自分との勝負になりますから」

 精神面で一番の支えになるのは家族の存在だという。サッカー人生を支えてくれた母と兄の話をする時、宮澤は一番幸せそうな顔をしている。渡欧の日、空港には家族とともに大勢の知人や友人が駆けつけ、旅立ちを見送った。

 女子サッカーの活況を生み出すヨーロッパで、宮澤はどんなスタートを切るのか。イングランドで長谷川唯(マンチェスター・シティ)、清水梨紗(ウェストハム)、林、長野らと同じ舞台で戦うことになるのか、それとも――。新たな挑戦の舞台が発表されるのを心待ちにしたい。

新たなキャリアがスタートする
新たなキャリアがスタートする写真:ロイター/アフロ

(*)表記のない写真は筆者撮影

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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