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95歳で逝った名バーテンダーを偲んで。妊婦のわたしに作ってくださったノンアルコールのカクテルの味

水上賢治映画ライター
映画「YUKIGUNI」より

 山形県酒田市にある喫茶店「ケルン」のバーテンダー、井山計一さんは、いまから60年以上前にカクテル「雪国」を創作。その「雪国」は時代を超え愛され、いまやスタンダードな一杯として世界的に知られる。

 生きながら伝説のバーテンダーとなっていた井山さんが95歳で天寿を全うし亡くなったのは昨年の5月10日のこと。各メディアで報じられたので、ニュースで触れられた方も多いだろう。

 追悼の意味を込め、生前の井山さんの姿を収めたドキュメンタリー映画「YUKIGUNI」の製作者たちに話を訊くインタビュー特集。

 昨年、撮影を担当した佐藤広一監督と、渡辺サトシ監督のインタビューを届けてから間が空いてしまったが、最後に劇場用パンフレットを編集し、井山さんにロング・インタビューをした山形在住の編集者でライターの井上瑶子さんに訊く。(全四回)

妊娠中だったわたしの身体を気遣ってくれて作ってくださった

ノンアルコールのカクテルの味

 はじめに井山さんとの初対面のときをこう振り返る。

「まず渡辺監督から劇場用パンフレットを作りたいというご相談をいただきました。

 それで、渡辺監督が場をセッティングしてくださって、まず顔合わせということで一度お会いすることになりました。

 雪が降っていたので、2017年の冬だったと思います。

 そのときは、ご挨拶を兼ねた顔合わせで、インタビューに向けた下準備のような意識もなく、ふつうにお話ししただけ。

 それでも井山さんの人間性や魅力を感じる瞬間がいくつもありました。

 一番心に残っているのは、わたしに出してくださった一杯のカクテル。

 映画の中で井山さんがバーテンダーの心得でこんなことをおっしゃっています。『(お客様の)お顔を見てその人が何を飲みたいか分からないと駄目なんだよ』と。

 で、そのとき、わたしは妊娠中だったので井山さんに伝えたんです。『申し訳ありません、「雪国」をいただきたいんですけど、妊娠中なのでお酒はいただけないんです。ノンアルコールのカクテルをお願いできるでしょうか?』と。

 すると、井山さんは『いいですよ。お任せでいい?』といって、即座に作ってくださった。

 そのカクテルはおそらくベリー系の果物を使ったもので赤い色をしていて。てっきり甘い味かと思ったら、まったく甘くなかったんです。

 果物の甘さだけを感じられるようなすっきりとしたノンアルコールのカクテルだった。

 たぶん、わたしの身体を気遣ってのカクテルで。

 そのとき、井山さんのカクテルをはるばる飲みにくる人がいる理由が少しわかった気がしました。

 あと、パンフレットの参考になればと、お店や街のことがわかる冊子を井山さんが貸してくださったんです。

 そうしたら、1カ月もたたないぐらいで『返してほしい』と渡辺監督を介して連絡が入ったんです。

 どうやら、その冊子はもともといろいろな人に配っていたんですけど、わたしに貸してくださったのは最後の一冊だったようで。

 それを渡したら現物がなくなってしまう。ものすごく大切なものだった。

 それを気前よく、わたしに貸してくださったんですね。『これ大事なものだから』とかひと言もおっしゃらずに。

 後から考えると、このことも井山さんの人間性をとても感じられるエピソードだったなと思います」

リモートでの取材に応じてくれた井上瑶子さん 筆者撮影
リモートでの取材に応じてくれた井上瑶子さん 筆者撮影

インタビューは質問する必要もないぐらい、お話が途切れませんでした

 この顔合わせを経て、後日、インタビューで改めて話をうかがうことになったという。

「顔合わせは冬でしたけど、次のインタビューでお会いしたときはもう夏になっていたんですよ(笑)。

 わたしも無事出産を終えていました。でも、授乳中で残念ながらこのときも『雪国』はいただけませんでした。

 お昼ぐらいにお会いして、渡辺監督の同席のもと、だいたい2時間ぐらいお話をおうかがいしました」

 インタビューをこう振り返る。

「わたしが質問する必要もないぐらい、お話が途切れませんでしたね。

 ほんとうにエピソードが尽きない。そして、どのお話も小噺のように語ってくださって、とてもおもしろいんですよ。

 取材する立場でしたけど、わたしはにこにこしながら、井山さんのお話にただただ聴き入っているだけでした(笑)。

 だから、音源を文字に起こして、どういう風にまとめようかと思ったんですけど、私の言葉がはさまるより、井山さんのひとり語りの方が伝わるものも多いのではと思って、その形にしました」

編集は井山さんの無意識において大切にされているものを発見しながら

 まとめるのにはひじょうに頭を悩ませたという。

「さきほど言った通り、どのエピソードもおもしろいし、興味深い。

 だから、カットするのがすごく惜しくなる。

 でも、紙幅に限りがありますから、全部載せることはできない。

 さあ、どうしたものか、といった試行錯誤の繰り返しでした。

 ただ、試行錯誤を繰り返していたら、おぼろげながら見えてくることもあって。

 たとえばご家族に対しての正直な気持ちをたびたび吐露されている。

 そういう井山さんの無意識において大切にされているものを発見しながら、少しでも井山さんの人生、仕事、そしてご家族との歩みがたどれるインタビューになればいいなと。

 今振り返っても、悩ましくも貴重なお仕事でしたね」

映画「YUKIGUNI」より
映画「YUKIGUNI」より

映画「YUKIGUNI」

詳しい情報は、映画公式サイト  にて

写真はすべて(C)いでは堂

「giinika」 撮影:大沼洋美
「giinika」 撮影:大沼洋美

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詳細は公式サイトへ https://www.giinika.com/about.html

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映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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