「ゆっくり茶番劇」騒動の再発を防ぐためには(2)
前回に引き続き、ネットの共有財産的な言葉の勝手商標登録を防ぐための方策について検討してみます。
責任ある出願人による防衛的出願
今回の騒動への対策の1つとして、ニコニコ動画の運営であるドワンゴが「ゆっくり」関連の商標について、第三者の勝手出願を防ぐための防衛的出願を行う意向を表明しています(参照記事)。何回か書いているように、現在の商標制度の枠組みの中で勝手出願を防ぐにはやむを得ない手段です。
似たような話として、オープンソース・ソフトウェアの名称の勝手登録を防ぐためにオープンソースグループ・ジャパンが(開発者との合意の元に)防衛的出願等の支援を行っていく旨の意思表明を行っています(サイトにも書いてありますが私もアドバイザーを務めさせていただいております)。
このような防衛的出願にもいくつかの課題があります。まず、不使用取消の問題があります。防衛的に維持しているだけでは第三者に不使用取消審判を請求されるリスクが残ります。ツイッターで、防護標章について言及れていた方がいました。これは著名商標の勝手出願を防ぐための制度ですが、使用を前提としていないので不使用取消のリスクがありません。しかし、防護標章登録のための著名性の基準はかなり厳しく、最近では(引き合いに出して申し訳ないですが)「お、ねだん以上。ニトリ」、「サイボーズ」あたりでも、十分な著名性がないとして拒絶査定になっていますので、ネット・ミームでこのハードルを越えるのは極めて困難と考えます。
誰が防衛的出願の出願人になるべきかという点も課題です。今回のケースではドワンゴが出願人(権利者)になる点に異論のある方は少ないでしょう。しかし、より自然発生的に流行した言葉やマークですと適切な防衛出願人候補がいないことも考えられます。また、(事務所に所属していない)YouTuberの方が自分のチャンネル名を出願する場合等では、費用の面に加えて、本名バレ、自宅バレの問題が生じます(代理人を使っても出願人の本名と住民票上の住所は公報により公開されてしまいます)。
出願代理人である弁理士の責任について
今回の事件では、出願代理人である弁理士が、抗議電話等に対応するために、ウェブで釈明を行うという異例の事態になりました。この件の是非については非常にコメントしにくいのですが、弁護士と同様に業として代理人を行っている以上、クライアントの利益を最優先するのは当然(極悪人の刑事弁護を行う弁護士が釈明することはないでしょう)である一方で、出願人に不正目的があるかを調べる一定の注意義務はあると考えます(私も明らかに勝手出願なので出願依頼を断ったケースはあります)。少なくとも検索エンジンで使用状況を調べて、使用件数が多い場合には、不正の目的がないかを確認するくらいのプロセスはあってよいのではないかと思います。この点については、いずれ弁理士会から何らかの公式見解が出ることを期待しています。
炎上の「意義」について
道理に反した行為に対して炎上騒ぎが生じるのは自然なことでしょう。しかし、爆破予告や業務妨害に相当するような電凸等の犯罪的行為は逆効果です。一般市民(そして特許庁審査官)にとって「ネット民というのはそういう人たち」なのだという誤った印象を与えてしまいます。かと言って、何も言わず静観しているだけでは、問題の所在が特許庁審査官にとって明らかになりません。商標法の目的には消費者(需要者)の利益保護が挙げられています。消費者であるネット民の多くが問題提起をすれば審査にも適切な影響を与えられます。最近の例ですと、「ティラミス・ヒーロー」に関する事例があります(参照過去記事)。メディアでの炎上騒ぎに対応して審査官が新たに拒絶理由を通知しています。元々、「ティラミス・ヒーロー」のブランドはシンガポールで有名なブランドが日本に進出しようとしたら先取り出願されていたという話になっていたと思いますが、実際にはシンガポールでもそれほど有名ではなく誰も知らないといった事情が現地のブロガーにより暴露されていました。それでも、日本での炎上により、審査官が「この商標を登録するのは協業秩序上問題あり」と判断してくれたことになります。
「正しく炎上」すること、すなわち、SNSやブログで抗議の声を上げることはは必要と考えます。審査への影響がどれくらいあるかはわかりませんが、Change.org等での署名活動も意味があるかもしれません。また、当然ながら、特許庁の審査段階での情報提供(刊行物等提出)制度の活用も重要です。今回の「ゆっくり茶番劇」については、出願公開が商標速報botでフィードされていたにもかかわらず、ツイッター民に完全にスルーされていたのが謎でしたが、フィードの時間が午前3時頃であったことが関係しているとの説があります。