「エルピス」そして「silent」。話題作で存在感を示す安井順平を支える“芸人力”と先輩の言葉
フジテレビ「エルピス ―希望、あるいは災い―」「silent」と話題のドラマで存在感を見せているのが安井順平さん(48)です。これまでにもNHK朝の連続テレビ小説「ちむどんどん」やフジテレビ「アバランチ」など注目作に出演してきましたが、元芸人という経歴ゆえのアドバンテージ。そして、指針となった先輩俳優の言葉とは。
芸人としての力
多くの皆さんに見てもらっている作品に出していただき、多くの反響があったことは、本当に、本当にありがたいことだと思っています。
ただ、これは僕個人の日々の思いというか地の部分だとも思うんですけど、ドラマに出ていて何か爪痕を残そうとか、自分をアピールしようという思いが全くありませんでして。
出していただいているドラマのシーンの一部になれたら。その思いだけで毎回のぞんでいるもので、反響があったならば、もちろんうれしいんですけど、何か特別なことをしたわけではないので、自分としては「やったぜ!」という感覚にはなれないと言いますか(笑)。そんな感じで一つ一つの作品にあたっている感じです。
今は俳優としていろいろな作品に出演させてもらっていますが、もともと芸人になりたくてこの世界に入りました。コンビでの活動を経て、残念ながら芸人は続けることが難しくなってお話をいただいたのが俳優の道だったんです。
今も「俳優の安井さんです」と言われることに気恥ずかしさというか、慣れない感じもあるんですけど、自分の中では芸人の時とそこまでやっていることが変わったとは思っていない。それがリアルな思いでもあります。
お笑いではフリートークで人としての面白さが求められる場面と、作品としてのネタの面白さが求められる場面があると思うんですけど、僕の場合は芸人の頃から作品への思いを軸に活動してきました。
ネタはほとんどコントだったんですけど、それが面白いと言われることが一番うれしい。だから、どんな時でもコントはやり続けていました。
日々何かの役になりきる。そこに力を注ぐ生活は、お芝居をすることになっても芸人時代と変わっていない。芝居の“出口”が笑いだけではなくなったというだけで、今も芸人時代の延長線上でやっている感覚があるんです。
役としては大きくない役で、特にバックボーンまで描かれていない役をいただくことも多々あります。
そんな時でも、コントを作っていた時のクセみたいなものなのか、その人がどんな人間なのか。これまでどう生きてきたのか。そこを自分で勝手に考えて「そういう人なら、この時にこうするだろう」という理由を自分の中で作ってから芝居をするという部分は強いかもしれませんね。自分の中でつじつまを合わせるというか。
あと、周りの方から「間が独特だね」と言われることがあって、それも芸人としての時間を経てきたからかなとは思います。
相手が何と言ってくるか分からない状況で、自分に投げられた球を見た上で瞬時に打ち返さないといけない。この「あらゆる球を受けてから返す」という間が、今の自分にプラスになっているならば芸人をやっていたおかげだと思います。
先輩からの言葉
そういう言葉で逆に自分のカタチみたいなところを再確認するところもありますし、いただいた言葉で本当に学ばせてもらったこともありました。
先輩の手塚とおるさんからいただいた言葉なんですけど「仕事の話が来た時、自分のジャンルじゃないとか、やりたくないと思った時こそチャレンジすると良いと思う」と。
2014年に読売演劇大賞優秀俳優賞をいただいた時のパーティーで言っていただいたんですけど、本当に考えさせられた言葉でした。2~3年はできなかった。
その意味は分かる気はするし、実際にその時も「そうですよね」とお答えはしたんです。ただ、実際に本当にできるかというと、なかなか一歩が踏み出せない。とはいえ、頑張ってトライしたこともあるんですけど、やってみて「良かった」と思えることも一方「やらなきゃ良かった」と絶望することもあったんです。
この「やらなきゃ良かった」のダメージがすごく大きかったので、なかなか踏み出せなかったんですけど、徐々に違う思いも出てきたんです。
映像の世界は非常にサイクルが早い。しかも、僕が映像作品で主役をするならば「しまった…」というチョイスをした時の傷も深くなるかもしれないけど、実際にはそんな場面はないわけで(笑)。
自分の中では大きな“傷”と思っていることでも、見ている方からすると、もう次のクールには忘れていることがほとんど。
だったら、多少ケガしても別に構わない。それを少しずつ感じるようになってきて、そこからは一歩を踏み出せるようになったと思います。
そして、それをやっていくと、各局のスタッフさんから「知ってますよ」と言ってもらう機会が増えてきたんです。仕事の数自体もそうですし、自分の中では「違うかな」と思う役にも挑戦する。そのことで自分が決めた“枠”よりも外の人にも見てもらえるようになったのかなと。
周りの認知度が上がれば上がるほど、仕事はやりやすくなっていく。手塚さんが言ってくださった言葉の意味を5年ほどかけて理解していけた気がしています。
そんなこともありますし、本当にベタですけど、みんなに知られる俳優にならなきゃなとは思っています。
そのためにも映像にも出られるならたくさん出た方がいいし、見てくださっている方から「安井さんが少しでも出ている作品は面白い気がする」と言っていただけるような存在になれればなと思っています。
一方、昔、笑福亭鶴瓶師匠がおっしゃっていた言葉もずっと頭に残ってまして。「どうやったら売れるんでしょう?」と尋ねられた鶴瓶師匠がサラッと「旬にならんことや」と言われたんです。
もちろん、少しでも旬になれるだけですごいことではあるんですけど、話題だけが独り歩きするというか、話題がこちらの力を追い抜いていくようではダメなんだろうなと。
だからこそ、着実に積み重ねをしていくしかないですし、映像も、舞台も、両方しっかりとできるよう何とか頑張っていきたいと考えています。
…ま、旬になってからもさらに期待を上回っていけるポテンシャルがあれば、それが最高なんですけどね。明石家さんまさんみたいにずっと“食べごろ”の方もいらっしゃいますから(笑)。
ただ、それは自分にはできないカタチだろうし、自分ができる積み重ねをこれからも続けていこうと思っています。
(撮影・中西正男)
■安井順平(やすい・じゅんぺい)
1974年3月4日生まれ。東京都出身。ワタナベエンターテインメント所属。95年、杉崎政宏とお笑いコンビ「アクシャン」を結成。2002年に「アクシャン」の活動に区切りをつけ、ピン芸人として再スタートする。07年、劇団イキウメ主宰の「散歩する侵略者」に客演。14年には読売演劇大賞優秀俳優賞を受賞する。来年2月3日公開の映画「生きててごめんなさい」にも出演する。