今、日記文化はどうなっているか?下北沢BONUSTRACKでのイベント「日記祭」で日記の現在を考える
去る2022年12月11日、日記をたのしむイベント「日記祭」が開催されました。
主催は、日記専門書店の「日記屋 月日」。この書店も面白いので後述します。
第2回となる今回は、株式会社はてなの協賛や、MIDORI(株式会社デザインフィル)の協力という新しい力を得ながら、全体として日記の現在がわかるイベントになっていました。
会場は、世田谷区代田のBONUS TRACK。下北沢駅と世田谷代田駅のちょうど中間。小田急線の線路が地下化されたことに伴って生まれた土地を再開発した場所です。
こんにちは。デジアナリスト・手帳評論家の舘神龍彦(たてがみたつひこ)です。
この記事では、日記という文化が、今どうなっているのかを、「日記祭」の展示やシンポジウムの内容を通じてお伝えします。
日記が製本して売られている!
で、結論から言うと、今、日記という文化は確実に面白いです。
日記なんて、というとアレですが、このイベントを体験する前は、単に日常のよしなしごとを綴っている、とても地味な文化という印象でした。
そして参加後はそんな先入観は、軽く覆された、いや吹っ飛んだと言っていいでしょう。
それぐらいこの「日記祭」から見えたものは、想像を絶していました。
一番びっくりしたのは、自分で書いた日記を製本して売っている人がたくさんいたことです。自らで店を構えているひとが20人、「月日」での委託販売が19人。
人数はともかくとして、そもそも「日記って製本して売る物なんだ」という驚きがありました。それも、ブログなどから起こした、もともとデジタルなものもあれば、手書きの文字のものもありました。
日記は書いても人に読ませるものではなく、それ故赤裸々な内容の文章になる。公開を目的としたものでなければ、どうしてもそうなるはずです。それがなぜか売られているわけです。これが今回の最大の驚きだったかもしれません。
日記専門書店「月日」
この「月日」も面白かったです。「不条理日記」(!)から、「高松宮日記」はては「ソロー日記」にいたるまでの古今、内外の日記や日記関連書が高い位置まである店内の書棚を埋め尽くしているのです。
また、名刺大で、日付記入欄のある「月日カード」、普通の縦書きのノートをかんたんに日記帳にできる「月日スタンプ」なども販売されています。
日記は古い文化のはずですが、こんな形で編集され、イベントにもなっている。それがとても今日的だと感じました。
おそらくその背景にあるのは、やはりというべきかインターネット。とくにブログの文化でしょう。
トークショーで語られた日本の日記文化のはじまりとパネラー自身の日記観
今回、このイベントに行く目的の1つが、トークショーでした。
11時15分からの「人はなぜ日記を綴るのか」では、近代文学・思想の研究者であり、日記も対象としている田中祐介氏と、「日記屋月日」を立ち上げた内沼晋太郎氏が対談。田中氏によれば、日本においては、学校教育の中で、明治時代から日記の指導というものがあったそうです。それはどうやら近世から近代に時代が変わりゆく中で、個人の内面、すなわち自我の内面が、文字によって外在化し顕在化されることでもあったそうです。また、指導の結果、「よりよい指導結果という目的」を書く側が指向。それが内面化されて、日記に反映されることもこともあったようです。
内沼晋太郎氏自身は、日記専門書店をはじめるにあたって、日記をはじめたとのこと。書き続けることで効能として自己肯定感をもったそうです。
ちなみに内沼氏は、日記専門書店以前にも、下北沢駅のそばに書店「B&B」を開店(現在はBONUS TRACK内に移転)。同店は、著者を招いたトークイベントを活発に開催されることでも知られています。また、出版社や、古書店「バリューブックス」の経営でも知られる方です。
内沼氏は仕事で使っているNotionを日記にも使っているそうです。
デザインフィルの連用日記は10周年
日記といえば、最初に連想されるのはやはり日記帳でしょう。
そして協賛であるミドリ(デザインフィル)の日記帳も出展されていました。
とくに10周年を迎えた同社の日記帳シリーズ「扉」は、3年、5年、10年の各タイプの記入見本が並んでいました。それぞれ書き手のプロフィールを想定した内容の見本はイラストなども使われています。いわゆる文字だらけの日記というイメージよりもずっとカジュアルです。
この辺はデジタルなブログよりもずっと手軽で自由度も高いのかもしれません。見本だけでなく手に取って購入できる物販のコーナーも設けられていました。
日記文化を通じて、現代の書く文化のいろいろな形がみえたイベント
「日記祭」を通じて見えたのは、現代における個人的な書き物のいろいろな形です。
もともとの日記は、公開されることは想定されていませんでしたが、教育の中での指導によって、書く人の内面の変容が促されました。また、今回の協賛でもある「はてな」に代表されるブログは、原則的(※)にネット上、つまり全世界に公開される日記です。※設定で限定公開などにしない限り
そして、アナログな日記を受け止めるハードウェアたる日記帳も、健在です。健在どころか、連用日記のシリーズは好評を博して作り続けられています。ミドリ(デザインフィル)だけでも数十種類の日記帳があるそうです。市場にある各社の日記帳の合計種類はこの数倍はあると思われます。また日記を受け止めるのは日記帳だけでもありません。世界に冠たる文房具王国である日本の各種ノートもまた、日記帳として使われている例はいろいろあるでしょう。
ブログの形の日記。それを製本して販売されている物。研究者と日記専門書店店長の対談。そしてアナログな日記帳各種。
日記は深い。
私は今まで日記のことは単なる個人の述懐の記録で、それ以上のものだとは考えたこともありませんでした。
ところが、気がつけば(私が知らなかっただけですが)、日記専門書店もあり、個人の日記が製本され販売されているのです。
もう一つ趣深かったのは、これが、BONUS TRACKという場所で開催されたことです。地下化された鉄道(TRACK)の跡地に、日記という歴史のある文化の、新しいさまざまな形があらわれる。文化の奥深さを構造として体現した形のように思えたのです。