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今年のクマは冬眠するか?穴もたずグマがもっとも危険

田中淳夫森林ジャーナリスト
冬眠しないクマが増えているという。(写真:ロイター/アフロ)

 環境省は、クマによる殺傷被害を受けた人数が、今年(4月以降)は10月末の時点の速報値で180人になったと発表した。2006年に統計を開始して最多である。

 クマが多く人里に出没するから被害が増えるわけだが、今後、クマはどのような行動を取るのだろうか。11月は、東北や北海道のクマならば冬眠に入る時期なのだが……。

 その点に関して、専門家も意見が分かれるようだ。

 一つは、十分な栄養を得られていないから、冬眠に入るのを遅らせて、まだまだ人里をうろつくのではないかという予想。

 本来クマは、冬眠前に十分に栄養をとって皮下脂肪を蓄積する。そして5カ月から長くは7カ月も穴の中でじっとして過ごすのだ。しかし、栄養が足りないままでは冬眠が不可能になるから、餌を求めて徘徊し続けるというものだ。

 一方で、餌が十分にないのに動き続けては、よりエネルギーを消耗してしまうので、早めに冬眠に入り節約モードに移るのではないかという推測も出ている。

 体格の大きなクマが山の中を徘徊すると、かなりのエネルギーを消耗する。それも冬に入れば寒くなるから体温維持により多くの脂肪を燃焼させねばならない。それを避けるために早めに穴ごもりするかもしれない。冬眠中は体温も下がり、動かないことでエネルギーの損失を減らすことができる。

 ただし、そもそも栄養が足りないのだから、いよいよとなると冬の最中か、早めの春に起きて餌を求めて動き出すことも考えられる。あるいは穴の中で餓死してしまう可能性も十分にあるだろう。

冬眠しないクマは凶暴か

 さらに今年は暖冬予想が出ていることから、まだ動けると判断して、冬眠せずに冬の間も餌を探す活動を続けるかもしれない。

 実は、こうした「穴もたずクマ」の例は結構あるそうだ。そんなクマは、非常に凶暴になる可能性が高い。1915年に北海道で起きた「苫前三毛別事件」は、ヒグマが開拓民8人を襲って殺害し食べた凄惨な事件だが、起きたのは12月。すでに雪が積もっていて、本来は冬眠に入っている時期だった。

 なお、今年は東北を中心に多くのクマが捕獲されたが、その中には子グマを連れていた母グマが相当数いたという。母グマがいなくなった子グマは、単独行動となるが、冬眠せずに徘徊する可能性がある。こうしたクマが里に出てくることもあるだろう。子グマとはいえ、出会えば危険な存在だ。

 今のところ、どの地域のクマがどういう行動を取るか、まだ誰も確実なことは言えない。クマの生態、それも冬眠に関しては、あまり研究されていないのだ。

 ここでは哺乳類全般とクマの冬眠について基礎的な点を紹介しておく。

 まず冬眠というと、ヘビやカメ、サンショウウオのような変温動物の爬虫類・両生類が行うイメージが強いが、哺乳類約5000種のうち、冬眠する哺乳類は183種類確認されている。決して少なくないだろう。ちなみに鳥類は、9000種のうち1種類だけだ。

 変温動物の場合は、細胞を凍らせないようにしてほぼ生体活動をストップさせるが、恒温動物の哺乳類では、体温は下げても一定の温度を保つ。だから多少のエネルギーは消費してしまう。その代わり、ほとんど眠り続け、排泄もしないのが普通だ。動かないことでエネルギーの消耗を避けている。

冬眠中に出産するクマ

 ただクマの場合は、一般的に眠りが浅い。体温は下がるが、周期的に上がると言われる。また冬眠中でも、何かあると起きて動き出す。冬眠穴を覗いて、襲われた研究者もいるそうだ。しかし体温を上げ動けば体力を消耗する。だから冬眠明けのクマの体重は、冬眠前の30%から50%も減少している。

 また妊娠しているメスのクマは、冬眠中に出産し、授乳も行う。そして5月ごろまで穴の中で子育てを行うのである。

 だが出産し授乳できるのは、皮下脂肪を十分にため込んでいるから可能なのであって、もし栄養が足りていなければ、出産も子育ても不可能になると思われる。

 冬眠しない、あるいは出産できないクマが増えれば、翌年は子グマが少なくなる。クマの生息数は一時的に減るだろう。

 ただ山の幸は、凶作の年の次は豊作になりがちだ。木の実がたくさん実れば、また増える。こうして数の増減を繰り返すのが自然の摂理である。

 もしかしたら、凶作の今年、人里に出て人がつくった農作物や、柿や栗の実などを食べることで生き長らえたクマは、山に餌が少なくても、人里に出たら餌があると学習してしまうかもしれない。その餌は美味しく栄養価も高い。

 すると、来年以降も山の幸の多寡とは関係なく、積極的に里に出る行動につながりかねない。そうなると、厄介なことになる。クマの大出没を今年だけの現象と気を緩めない方がよいだろう。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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