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オオカミよりも柴犬を放て。獣害対策に有効な「放し飼い」

田中淳夫森林ジャーナリスト
「忠犬」の放し飼いは獣害対策に有効(写真:イメージマート)

 謎多いニホンオオカミの素性がわかってきた。

 ニホンオオカミは、日本列島(本州、九州、四国)に生息し、100~120年前に絶滅した(最後に確認されたのは、1905年奈良県の東吉野)。これまで大陸に住むハイイロオオカミの亜種とされていたが、詳しい系統はわかっていなかった。

 総合研究大学院大学(神奈川)を中心とする研究チームは、各地の標本から9頭のニホンオオカミの遺伝子情報を取り出して解析し、他種のオオカミやイヌ属の動物と比べた研究が「bioRxiv」に発表された。

The Japanese wolf is most closely related to modern dogs and its ancestral genome has been widely inherited by dogs throughout East Eurasia

 それによると、ニホンオオカミは他のオオカミとは遺伝的に異なるユニークな亜種で、現代のイヌにもっとも近いことがわかったのだ。

 しかもDNAの共有率を調べた結果、シェパードやラブラドール・レトリーバーといった西欧の犬種とはほとんど共有していず、日本の柴犬やオーストラリアのディンゴなどと、最大で5.5%のDNAを共有していた。

 オオカミに似た外見のシェパードよりも、小型種の愛らしい柴犬がもっともニホンオオカミに近いと聞くと、ちょっと意外な気がするが、同時に面白さと可能性を感じるのである。

獣害対策に「忠犬」を

 というのは、長野県南木曽町を訪ねた際に「忠犬事業」なるものを見かけたからである。これは獣害対策の一環で行われているもので、訓練をしたイヌを放し飼いして、里の田畑に出没する野生動物を追い払うというもの。南木曽町では、主にサルの追い払いのため2005年度から行っている取り組みだと聞いたが、そこで放されていたのが柴犬だったのだ。

長野県南木曽町の山間集落で見かけた看板(筆者撮影)
長野県南木曽町の山間集落で見かけた看板(筆者撮影)

 私は獣害対策にもっとも有効なのは、イヌの放し飼いではないかと思っている。柵の設置や人間の見回り、そして罠や銃で駆除するのも必要だろうが、体力気力、技術の習得などを考えると日常的ではない。それよりも、生きたイヌが里に出現した野生動物に合わせて臨機応変(吠える、追いかける、かみつく、人を呼ぶ……)に対応できる方が効果的ではないか。とくにサルは、その知能の高さから駆除や追い払いは非常に難しいが、イヌは執拗に追いかける。

ニホンオオカミに近いのは柴犬

 獣害対策に「オオカミを放て」という意見がある。欧米の例にならうものだが、シカやイノシシの天敵であるオオカミが野山に生息したら獣害を抑えられるという発想だ。しかしニホンオオカミは絶滅しているのだ。だから亜種のハイイロオオカミを持ち込もうというのだが、今回の研究で、ニホンオオカミはハイイロオオカミからかなり離れた別亜種であることがわかった。それよりも柴犬など日本の犬種の方が近いというのならもってこいではないか。

 しかもオオカミを野生化させるという荒唐無稽さに比べて、訓練した飼い犬の放し飼いの方がより安心だ。

 これまでも耕作放棄地にウシやウマ、ヤギなどを放牧することで野生動物を寄せつけない試みはされている。いずれも一定の効果を上げているが、これらの動物は誰でも飼える動物ではない。世話も結構大変だ。

 その点、もっとも身近で、飼育に抵抗感もなく、何より効果的なのがイヌなのではあるまいか。イヌは夜行性だし、野を走り回って出没する動物を追うことは、イヌの本能にも合致する。

 実際に、戦後すぐまではイヌの放し飼いが当たり前で、それが里へ野生動物を近づけなかったという。だいたい「忠犬ハチ公」のようなエピソードは、渋谷の街中でもイヌを放し飼いできた時代だから生まれたのだ。

 それができなくなったのは、1953年に狂犬病予防法が制定されたことが大きい。狂犬病の恐れから放し飼い禁止が義務づけられたからだ。またノライヌ(往々にして放し飼いされていた飼い犬も含まれた)の駆除も進められた。

 だが2007年に動物愛護管理法の基準が改正されて、訓練したイヌなら放し飼いにすることが法的に可能となった。

 イヌを訓練して、人に危害を加えないようにするのは必要だが、サルのほかシカやイノシシを追うようにしつける。また行動圏を決めて、それ以上遠くには行かないように覚えさせることも可能だろう。あるいは柵で囲んだ田畑の中で放し飼いするような手段もある。イヌは自分のテリトリー意識が高いから、侵入者には敏感に反応するはずだ。

コミュニケーション相手にも

「忠犬事業」は、農林水産省がイヌのしつけにかかる費用などを補助しつつ、集落単位で取り組むものである。全国に広がっているが、なかには中断・終了させた地域もあるようだ。個別の事情は把握していないが、イヌに対する好き嫌いや、放し飼いに抵抗を持つ人もいるのだろう。また来訪者が放し飼いされているイヌを警戒するような事情もあるのかもしれない。

 しかし、私はもっと普及させる価値があるように思える。

 それに、もう一つの効果として、イヌを飼うことによる癒しやコミュニケーション相手としての価値もある。過疎化・高齢化が進み限界集落でも、イヌを飼えば、近年問題になっている人々の「孤独」の緩和にもなるのではないか。また防犯にも役立つだろう。

 近年は飼われるイヌやネコをコンパニオンアニマル、家族であり伴侶と捉える動きがある。ただ一方的に可愛がるだけでなく、人間の生活を助ける存在としても存在する。「忠犬事業」にも、その可能性があると期待したい。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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