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ここから630m! 成田空港の第3ターミナルは本当に遠いのか? という疑問

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長
第3ターミナルへの誘導通路。ここから630mの文字が・・・

京成・JR線を空港第2ビル駅で降りたってLCC専用の第3ターミナルを目指します。

第2ターミナルビルの地上階に出るとバス乗り場のすぐわきに「Terminal3 630m」の表示があります。

大きな荷物を持った出発前の旅行者が「ふ~」とため息をつく場所です。

630mといえば都会では電車の駅ひと駅分。

山手線なら巣鴨から駒込や上野-御徒町とほぼ同じ距離。

ちょっと考えてしまう距離でもあります。

既に電車を降りてからここまで2~300mは歩いてきていますから、軽く1kmは歩くことになります。

巣鴨駅のホームに立って、向こうに見える駒込駅まで歩けと言われたら確かに気が引けますね。

でも、歩いてみると思ったほど遠くはないというのも事実で、なぜならばこの630mの表示は第2ターミナルのほぼ中央からの距離を示していて、第2ターミナルビルを抜けて第3ターミナルへの連絡通路に差し掛かるところで「あと500m」。ビルとビルとの間の実質距離は500mということになります。

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ほら、もう2割も進んでしまいました。

で、いよいよ連絡通路に差し掛かるのでありますが、この通路にもいろいろなポスターが掲示されていて、見ているだけで何となく楽しい。

ポスターは種類が限られていますから同じポスターを何度も何度も見ることになるのですが、こういう貼り方をしてあると立ち止まらなくても内容が把握できるから不思議です。まるでサブミナル効果を体験できるひと時です。

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そうこうしている間に半分以上来てしまいますし、あとはエスカレーターに乗って角を曲がると第3ターミナルの入口ですから、正直申し上げて数字の印象ほど大した距離感ではありません。

エアポートおじさん的には万歩計の歩数を稼ぐことができますからどちらかというとうれしい距離ですし、舗装も歩きやすく柔らかい素材のようですから第2ターミナルから第3ターミナルへの道は、お散歩道としてちょうどよい距離ではあります。

もちろん荷物が多い人は大変でしょうけど、そういう人のためにはシャトルバスが運転されていますし、歩行者の通路にはところどころにお休みスペースや自販機なども設置されています。外の通路なのでエアコンはありませんが、夏の猛暑の時期には霧吹き装置を付けて気温を下げる工夫もありますから、サポート体制としても考えられていると思います。

では、なぜ、第3ターミナルは遠いという印象があるのか

第3ターミナルはLCC専用ターミナルとして2015年4月にオープンしました。

それまで、日本航空、全日空をはじめとする大手航空会社や老舗の外国航空会社が乗り入れしてきた空港に、格安の航空会社が入ってくる。その格安の航空会社は、当然格安の施設使用料金で運航するわけですが、既存の大手航空会社にとっては自分たちの商売を奪われる可能性があります。同じターミナルを使わせるのであれば、当然自分たちが今払っている施設使用料金や着陸料金も値下げしろという話にもなります。

空港を管理運営する成田空港株式会社(以下NAA)にとって、既存の航空会社は長年のお得意様ですから機嫌を損なわせることは許されません。そこで苦肉の策として登場したのがLCC専用の第3ターミナルを建設して、格安航空会社を1か所に集めて管理しましょうという考え方です。

そういう経緯がありますから、「駅から遠いですから早めに来ないと飛行機に間に合いませんよ。」「安いお客様は、多少不便でも我慢してください。」ということで、わざわざ「遠い」というイメージを植え付けるかのように、あえて通路に距離を書いて強調しているということなのです。

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NAAのサイトにある第2ターミナル案内図です。

本館側(手前側)でも、図右側の67、68番ゲートまでは出国検査後500m以上歩くことになります。

サテライトと呼ばれる以前シャトル電車で移動していた側になると98・99番ゲートまではそれ以上になるでしょう。

第2ターミナルの入口から見れば、もしかしたら1kmの歩行距離が待っていることになります。

第1ターミナルもサテライト側は遠いですから、既存の航空会社の便でも結構歩かされます。

LCCだから遠いということにはならないんですね。

でも、LCCが発着する第3ターミナルの「遠さ」だけが強調されているのです。

羽田空港も遠いですよ

成田ばかりではなく、羽田空港も空港ビルの入口に到着してから飛行機に乗るまでが実に遠い。

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全日空が発着する羽田空港第2ターミナルです。

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860m?

一瞬わが目を疑います。

もちろんこの数字は最近オープンしたサテライトと呼ばれる46~48番ゲートまでの連絡バスの乗車を含んでいますが、この地図の先端にある67~69番ゲート、54~56番ゲートへは保安検査場通過後15分近くかかるという表示がありますから、600mは優に超えています。

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こちらは日本航空が発着する第1ターミナル。

うっかりすると見落してしまいますが、910mの表示が。

「えっ?」でしょう。

実は第1ターミナルは到着旅客が出発旅客と同一フロアーを通る構造になっていて、乗継のお客様はこの表示に従って延々と歩くことになるのです。

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第1ターミナルの場合、1~24のゲートがありますが、図の向かって左側の若い番号のゲートは九州、西日本方面。向かって右側の20番台のゲートは東北、北海道方面の便が使用する傾向があります。大阪、福岡、沖縄、札幌といった幹線の飛行機は中央寄りのゲートから発着し、B737が飛ぶようなローカル路線は両端に発着する傾向があります。

直行便が飛んでいないような路線の場合、羽田空港で乗継をするのはたいていローカル路線同志。ということは、ともすれば1~4番ゲートから20~24番ゲートへの乗継というのもあり得るわけで、そういう乗継旅客は延々と1kmの距離をテクテクテクテク、下手をすれば係員に急かされながら歩くことになりますから、筆者も経験がありますが、タイトな乗継は実にリスキーなのであります。

ということで、今の時代、どこの空港でもチェックインカウンターまでの距離ばかりでなく、チェックインが終わってからの距離も長い。

成田の第3ターミナルは150番ゲートあたりだと保安検査場のすぐ裏ですからほとんど歩きません。

だから、特に成田の第3ターミナルが遠いというわけではなくて、いまどきの空港はどこもお客様をたっぷり歩かせるのであります。

安いんだから我慢しなさい

さて、話を成田空港の第3ターミナルに戻しましょう。

開港以来高い施設使用料金を払ってきた既存の大手航空会社に対して、LCCの就航を認めることは、ある意味既存のルールを壊すことになります。

一昔前まではB747ジャンボジェット1機の離発着に対して100万円にも及ぶ着陸料を徴収し、発着枠を維持するためには最低でも8割の運航を求めてきたのが国と空港公団時代からのNAAです。

成田空港の発着枠は限られていて、一つの権利のようになっていました。

その権利を守るためには、分け与えた発着枠の回数分、きちんと飛行機を運航してください。

これが空港側のスタンスでした。

アメリカ同時多発テロや湾岸戦争などで需要が落ち込む中、航空会社が欠航や減便を申請すると、「そんなことをしたら発着枠の権利を失いますよ。」と言わんばかりの態度で、航空機の運航を求めてきました。

既存の大手航空会社は、この発着枠を守るために、赤字覚悟で飛ばしたくない飛行機を飛ばし続けていたのです。

この空港側と航空会社側の力関係が一転したのが2010年の羽田空港の国際化です。

これにより首都圏の国際空港が成田一つではなく羽田との2空港体制になったことで、航空会社側に「選択」の余地が生まれました。

と同時に、成田空港はLCCを受け入れることで、大手航空会社が成田から羽田へ移転した後の成田空港の在り方を考えなければならなくなったのです。

そこで登場したのが前述のLCC専用ターミナルである第3ターミナルの建設。

つまり、既存の航空会社に対する言い訳として、遠さを強調するようなターミナルを建設し、さらにその建物自体も陳腐な安普請(やすぶしん)とすることで、「安いお客様はそれなりの扱いです。」ということを大手航空会社にアピールしているのです。

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▲第3ターミナルは搭乗口を含めて天井の構造がむき出しです。

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▲ビルに直結する搭乗ブリッジがありません。

お客様はゲート通過後、いったん階段を降りて駐機場を歩き、再度タラップをあがります。

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▲到着旅客は吹きさらしの建物の外を歩き手荷物受取場へ向かいます。

駐機場との間は金網1枚で、当然エアコンもありません。

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▲手荷物受取場も天井板がなく、いかにも安普請です。

いくらLCCの会社側が安い使用料金を求めているとはいえ、新千歳をはじめとする行った先の空港では天井の板ぐらいついています。

何もここまでしなくてもと思いますが、まるで「安いんだから仕方ないでしょう。我慢しなさい。」と言わんばかり。

こういうメッセージをNAAから感じるのは筆者ばかりではないと思います。

国鉄時代を思い出す

この成田の第3ターミナルを見て思い出したことがありました。

今から40年以上も前の話で恐縮ですが、東京地下駅が開業して外房線、内房線に新型特急列車が走り始めた1972(昭和47)年のことです。

この時に登場した新型特急電車183系は、リクライニングシートが標準装備になりました。

レバーを引くと背もたれが倒れるリクライニングシートは、今では珍しくもありませんが、それまではグリーン車のみの装備で普通車にはありませんでした。

その初めての普通座席のリクライニングシートが実に面白い構造だったのです。

レバーを引くと背もたれが倒れるのは良いのですが、実は背もたれの位置が固定されないのです。

だから、ちょっと体を動かすとバタン! と戻ってしまいます。

車内のあちらこちらから、バタン! バタン! と背もたれが戻る音が聞こえてきます。

筆者の父が車掌さんに向かって「これ、故障してるの? 戻っちゃうんだけど。」と質問すると、車掌さんはにっこり笑って、「故障じゃありません。もともと固定しないんです。そういう作りなんです。」と答えました。

「それはおかしいねえ。」と父。

すると車掌さんの口から、「お客さん、固定できたらグリーン車との差がなくなるじゃないですか。だから、それで良いんですよ。」という言葉が出ました。

昭和47年の夏休み。筆者が小学校6年生の時の家族旅行での一コマですが、今でもその会話をはっきりと覚えているぐらいですから、車掌さんの口から発せられた言葉はかなり衝撃的だったのでしょう。

「グリーン車との差が無くなる。」つまり、「安いんだから仕方ないでしょう。我慢しなさい。」ということだったのです。

国鉄形183系特急電車(総武本線)
国鉄形183系特急電車(総武本線)

例えば背もたれのレバーに切り込みを入れて、そこに引っかけて固定できるようにするだけの、たったそれだけのことだと思いますが、「安い客にはこんなもんで良い」ということで、あえてやらない。

これが国鉄流のサービスの考え方でしたが、成田の第3ターミナルの安普請を見て、「う~ん、ここにも国鉄の名残があるなあ。」と筆者は感じるのです。

そう思って調べてみると、成田空港の社長さんをはじめ幹部の皆様方は、元国鉄や運輸省の人たちが名を連ねていますから、なるほど、まあ、そういうことなのでしょうね。

成田ばかりでなく、関空や那覇などにも、同じ血が流れているのかもしれません。

成田空港の現状

さて、今の成田空港はどのようになっているか。NAAが公表している数字を見てみましょう。

2011年度と2018年度を比較してみます。

航空機発着回数 187,200回 → 256,800回 137%

国際線旅客数 26,925,000人 →  35,870,000人 133%

国内線旅客数 1,926,000人 → 7,305,000人 378%

2011年から2018年にかけて全体で37%増加しています。

大手航空会社の主要路線が羽田へ移行してしまった状態でもこれだけ数字が伸びているのですから、昨今のインバウンド時代を表す数字です。

でも、もっと興味深いのは国内線の旅客数で、実に378%、4倍近くになっているのです。

国際旅客に比べると数字自体は小さいですが伸び率は著しい状況です。

成田空港の伸びシロは国内線にあるということが分かります。

そして、その国内線のほとんどがLCCのお客様。

安普請とはいえ、LCCのターミナルは毎日とても賑わっています。

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チェックインカウンターもフードコートもいつもたくさんの人。

この第3ターミナルは年間利用者500万人を目処につくられたものですが、すでに飽和状態になっていることは目に見えています。

今後、「安いんだから我慢しなさい」のお客様が、成田空港の主流になっていく時代が見えてきているようです。

さあ、いつまでも安かろう悪かろうを続けている時代ではありません。

これからの成田空港に求められるのは、LCCのお客様をセカンドクラスの範疇に置くことではなく、できることをきちんとオファーすることではないでしょうか。

ただし、お客様が今更成田空港にそういうことを望んでいるかどうかは別問題ですが。

ということで、630mを歩いて到着してしまえばコンパクトで実に使いやすい成田空港の第3ターミナル。

夏休みのご旅行はLCCで。

浮いた飛行機代の分のお金を現地で使って地方創生に貢献しましょう。

皆様、成田空港の第3ターミナルをどんどん利用してください。

そして成田空港への往復は在来線最速の160km/h運転を誇る京成スカイライナーで。

チコちゃんも言ってた新幹線の次、日本で2番目に速い電車です。

日暮里から30数分で到着ですから、本当に速いですよ。

機会を見て、スカイライナーもレポートしますのでご期待ください。

※本文中の写真はすべて筆者が撮影したものです。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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