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四月、入社時に「契約書」を確かめよう! 求人詐欺への対処法

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

新年度が始まり4月から新社会人として働き始める新卒や転職者にとっては、就職先が「ブラック企業」でないかを心配する人も多いだろう。「ブラック企業」という言葉はここ数年で広く知られるようになったが、特に最近では「求人詐欺」と呼ばれる手法が蔓延している。

「求人詐欺」とは、求人票に本来よりも高い条件を提示することで、労働者を騙して採用するという手口である。例えば、入社してみると、知らないうちに給料や雇用形態がもともとの約束とは違っていたり、求人票よりも低い給料が書かれている新しい契約書を持ち出してきて「サインしろ」と迫ってきたりするケースがある。

実は、「求人票」と「契約書」は内容が違ってもよいことになっており、国も「求人詐欺」を取り締まっていないのが実情なのだ。

だから、4月の入社時に渡されることの多い「契約書」や「就業条件明示書」は要注意だ(もしどちらも渡されない場合には、それ自体が違法行為である)。

4月に入社して、「逃げ場」がなくなったところで真実の契約書が渡される。社会人はすぐにやめてしまうと「履歴書に傷がつく」ので、そこにつけ込むやり方なのだ。つまり、就職や転職を成功させた方も、実はすでに騙されている可能性があるのだ。

話が違っていたら、すぐに対応を始める必要がある。また、これから内定を取り始める就職活動中の学生たちも、あらかじめ備えておく必要があるだろう。

ただ、まずは、安心してほしい。会社の行う「求人詐欺」に対しては、入社時にきちんと対応すれば、会社の罠に引っかかることなく、むしろ、その責任を取らせることが可能になる。

本記事では「求人詐欺」が広がった背景と、これに対する実践的な解決法を紹介していこう。

なぜ求人詐欺が広がっているのか

「求人詐欺」に対する苦情が、厚生労働省には年間に12000件以上寄せられているという。また、実際に相談している人は氷山の一角だから、もっと膨大な数の被害者がいると思われる。私は年間に2000件以上の労働相談に関わっているが、ここ数年で「求人詐欺」の相談は劇的に増えた。

今では、「詐欺」とは無関係の労働相談を探すのが難しいほどだ。それだけ、今の求人票には嘘が蔓延している。考えてみてほしい。一つの企業で「嘘の好条件」が書かれていれば、同業他社もそれに引きずられざるを得ない。結局「市場の競争原理」で条件の上乗せが拡散していってしまうのである。

また、「売り手市場」で募集をかけてもなかなか人が集まらない「人手不足」も背景にある。本来、人手不足であれば、他社よりもよい条件を提示しなくては人が集まらなくなるので労働条件は上がるはずだ。しかし、低い条件のまま採用したいブラック企業は「求人詐欺」を行うことで、見かけ上は高い賃金を提示して騙して囲い込むという手法を編み出した。

求人詐欺でよくみられるのは、残業代を最初から給料に含んでおき基本給を高く見せるという「固定残業代」を使う手法だ。基本給20万円だと思って入社したのに、実際には基本給15万円+残業代5万円だったという詐欺以外の何物でもない求人が巷にはあふれている。リクナビやマイナビのような就職ナビ、大学が紹介している求人の「月給」には、実は嘘をついているものが多数含まれているのだ。

大学も、就職ナビも、ハローワークも、「採用」には協力してくれるが、実際の「契約」についてはノータッチだ。だから、「契約」の時に、求人と違う内容を会社が出してきても、まったくわからないのが実情なのだ。

そして、この「固定残業代」の背後には、「ブラック士業」と私が呼んでいる社労士や弁護士など労務管理の「専門家」の関与がある。彼らは会社に対して「求人詐欺をしても国から罰せられることはない」とアドバイスをしている。しかも、社員が騙されてことに気づいても、「履歴書に傷がつくのを恐れて、すぐには辞めないだろう」ということも見越して、詐欺を指南しているのだ。

さらに、今や、「ブラック士業」のアドバイスを受けた「ブラック企業」のみならず、ブラック企業とまではいえない「普通の企業」も求人詐欺を行っている。先ほども述べたように、他の企業が求人詐欺を行っているところで自分の会社だけ本当のことを書いてしまうと、「求人詐欺」企業にばかり人が集まり「損してしまう」ので、普通の企業も求人詐欺を行うという状況がある。

求人詐欺に遭ってしまった時の対処法

しかし、騙されてしまっても、諦める必要はない。もし求人詐欺に遭ってしまったとしても、自分が最初にもらえると思っていた給料分を取り返すことが可能だ。実際に、私たちのところに来た相談者の中には、数百万円の残業代を取り返したケースがいくつもある。きちんと対応すれば騙された以上の分を会社に支払わせることができるのだ。

そもそも「求人」と「契約」は違う

では、どうすれば騙された分を取り返せるのか。まず求人詐欺の問題を考えるにあたっての大前提として、労働契約とは働く人と会社の「合意」によるものだということを確認したい。

このことが重要な理由は、後に違う内容で「合意」してしまうとそちらが契約の中身になってしまうからだ。仮に求人票に24万円と書かれていたとしても、契約書に15万円と書かれていてそれにサインしてしまうと、15万円で「合意」したことになる。

もし、自分の考えていた内容と異なる労働条件を提示されたら、すぐに合意しないことが大切だ。

「求人詐欺」に遭ってしまっても残業代を請求できる理由

ただ、「契約書」を結んでも、まだ対処は可能である。というのも、冒頭で述べた求人詐欺でよく使われる「固定残業代」の契約書は、実はほとんどの場合、違法だからである。

そもそも、固定残業代は、(1)何時間分の残業が含まれているのか、(2)それがいくらとなっているのか、(3)固定残業代分を超えて残業した場合に追加で支払うことが書かれていて実際に支払っているか、の3点が全てはっきりしていなければ無効になると過去の裁判で示されている。

例えば、「5万円(固定残業代)」という記載は、何時間分の5万円かが分からないので無効になり、「基本給20万円(10時間分の固定残業代を含む)」という求人は、10時間分がいくらかが分からないのでこれも無効になる。

そして、「10時間分の固定残業代を含む」という契約で、50時間の残業をした場合は、追加で40時間分の残業代を払っていなければ、賃金未払いで違法にあたる。

つまり、固定残業代だからといって、いくらでもタダで残業させたりもできない。きちんと残業時間の記録をとっておけば、このごまかされた分を、後から請求することができるのだ。

賃金債権の時効にかかる期間は2年間だから、騙されても記録をとりながら2年間働きつづけ、履歴書の傷を癒してから、退職金代わりにすべて差額を請求する。こんなやり方も可能だというわけだ。

求人詐欺の被害実例

では、企業が具体的にどのように「求人詐欺」を行い、若者を騙しているのかをNPO法人POSSEに寄せられた実際の相談から見てみよう。

宮城県に住む20代の男性は、「月給24万円〜」という求人をみて応募し採用された。しかし、入社時にサインを求められた契約書には次のように書かれていた。

基本給     153,500円

職能給      22,500円

営業手当     60,000円 

地域手当      7,500円

調整手当     20,000円

固定給総額合計 263,000円

一見すれば、もともとの24万円よりも高いように見えるが、この内「営業手当 6万円」は固定残業代だと説明された。さらに、高くなっているのは諸々の手当がついているためで、基本給は結局15万3500円ということだ。もし、「月給24万円」ではなく、「月給15万円」と書かれていたら、男性は応募していなかった可能性が高い。

そして、男性は毎日8:30から22:00までの長時間労働を強いられた。毎日4.5時間、1ヶ月では約100時間の残業がある計算だが、「営業手当」の6万円以外に残業代は1円も支払われなかった。

残業代を取り返す計算方法

この男性のように、「固定残業代だから」という違法な理由で支払われていない残業代を取り返すには、まず次の3つのステップを踏んで、残業代の未払いがいくらかを割り出す必要がある。

(詳しくは拙著『求人詐欺 内定後の落とし穴』(幻冬舎)も参考にしてほしい。求人詐欺の実態や手口、業界分析、対処法を「ハウツー」としてまとめてある。これから就職・転職活動をするうえでも、役立ててほしい)

(1)月給を時給になおす

(2)残業時間にあたる時間分の時給を算出する

(3)残業時の時給と残業時間をかけて、未払い額を計算する

まず、(1)として月給○○万円を時給××円になおすことが必要だ。ここで、計算の元になる「月給」には、固定残業代や手当など全て含んでよい。上記のケースでは、月給を263,000円として、これを1ヶ月の労働時間で割り時給を計算する。細かい計算は省くが、1ヶ月の労働時間は最大でも173.8時間と法律で決められているため、分からなければこの数字を使えば良い。

263,000円÷173.8時間=時給1513円(1円未満は四捨五入)

(2)の計算は簡単で、(1)で割り出した時給に1.25を掛ければ良い。これは、残業している時間は、通常の1.25倍支払わなければいけないと法律で決められているからだ。そのため、

時給1513円×1.25=時給1891円

となり、これが残業をしている時間の時の時給になる。

最後に、(3)で、残業時の時給に、実際に残業した時間を掛ける。ここで言う「残業」とは、1日8時間以上、1週間で40時間以上働いていた分を指す。これは自分で数えていくしかない。

男性が、1日あたり4.5時間の残業を月に22日行っていたとすると、1ヶ月あたり99時間の残業していた計算になる。これを、(3)の式にあてはめると、

時給1891円×99時間=18万7209円

となり、大まかな計算だが、これが男性の1ヶ月あたりの未払い残業代である。ちなみに、男性は6ヶ月この会社で勤務していたので、全体の未払いは単純に6を掛けると、112万3254円とかなりの金額になる。

証拠を残して、専門家に相談

残業代を割り出すことができれば、後は会社に対して請求するだけだ。そこで重要になるのが、証拠の存在である。契約がどういう内容であったか、そして自分がどれだけ働いていたかをできるだけ詳細に示すことができれば、会社が反論する余地はなくなる。自分がどの内容で「合意」したのかを示すために、求人票や求人広告をコピー・プリントアウトして残しておき、契約書もコピーを保管しておくべきだ。

また、面接で給料がいくらになるか告げられる可能性もあるので、面接の内容を録音しておくことも有効だ。なお、自分が聞こえている内容をこっそり録音することは、盗聴にはあたらず裁判でも有効な証拠として認められている。

さらに労働時間の記録を残すためには、タイムカードをコピーしたり自分で毎日手帳にメモしたりするとよい。上記のケースの男性は、同居しているパートナーに退社時間をLINEで報告していたので、毎日何時まで働いていたかを割り出すことができた。

そのようにして算出した未払い残業代を実際に取り返すには、いくつかの方法がある。一つは、法律的に解決する方法だ。裁判という手もあるが、労働審判という3ヶ月で終わるため比較的負担の少ない手続きを使うこともできる。いずれも法的な拘束力があるため、会社は要求を無視することはできない。

また、労働組合を通じて解決するという方法もある。1人でも加入できる労働組合が全国にあり、それらを通じて、会社に請求を行い必要に応じて会社と交渉することで、解決につなげることができる。弁護士を雇う必要もないので、費用はさほどかからない。

ただ、どういった解決方法を使うにしても、自分で判断するのはなかなか難しいかもしれない。まずは、POSSEやユニオンといった専門的に労働相談を受け付けている窓口に相談し、それぞれの状況にあった解決策を探るのがベストだろう。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

日本労働弁護団

03-3251-5363

http://roudou-bengodan.org/

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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