議論がケンカにならない理由 北欧ノルウェー選挙から
北欧ノルウェーは9月13日に国政選挙を迎える。
新型コロナワクチン接種率は、1回以上が87.4%、2回接種完了者が51.8%(8/15日付、ノルウェー公衆保健研究所FHI)。首都オスロでは市民が買い物や散歩を楽しんでいる。
各地では政党が選挙スタンドを設置し、市民と党員が政治の議論をしたり、政治の知識を深めている(私はこの場所を『選挙小屋』と呼んでいる)。
選挙小屋では政党が飲食物や文房具、政策パンフレットの無料配布もおこなう。
今年はコロナ対策のために、飲食物の配布にはある程度規制があり、ワッフルやパンなど包装されていない食品は見当たらない。
どの政党も、コロナ禍でも選挙期間中の市民とのコミュニケーションには変化や難しさは感じていないそうだ。「孤独を感じていたから、話したいという人がむしろ多い」という声もあった。
選挙小屋の周りで発生する、楽しそうな政治のおしゃべり
北欧各国で共通するのは、選挙小屋や議論会場で生まれる「政治の議論カルチャー」だ。雰囲気はもはや「おしゃべり」に近く、楽しそうだ。
「選挙小屋」も「政治の議論カルチャー」も、北欧モデルのひとつといえるだろう。
私は日本の方によく質問される。
「どうして北欧では政治の議論がしやすそうなのか」「楽しそうなのか」と。
その回答のひとつは、北欧現地の人々がよく口にする言葉で答えるなら、
- 「パーソナル(個人的に)受け取らない」
- 「個人攻撃として捉えない」
- 「話しているテーマと相手の人格は分ける」
という議論テクニックを訓練して体得しているから、といえる。
「でも、それはどうすればいいのですか」と次に聞かれやすい。
だがこれは時間をかけて体得するものだ。現地の人が学校・家庭・部活動など、様々な場所で学んで体験しながら身につけるテクニックなので、日本語で数行で説明して、明日から実践して議論レベルが上がるというものではない。
それでも北欧の議論カルチャーの背景が少しでも理解できるように、この選挙期間中にいろいろな考えを聞いて、書き記そうと思う。
「私たちは考えが違う、ということにはお互いに合意できますね」という言葉の呪文
オスロのグリーネルロッカ地区の公園で、私はある光景を見た。
中道右派「保守党」の選挙小屋で、保守党の党員と市民が熱く議論している。
相手の市民は明らかに保守党の反対派で、2人は「何が民主主義か」ということを話していた。
最終的に保守党の党員の男性は「『お互いに同意していない』ということにだけは、私たちは合意できますね」と締めくくった。
「話ができて、良かったよ!」。市民はそう言って満足そうに立ち去った。
「私たちは考えが違う、ということにだけは私たちは意見が一致しますね」
これはノルウェーでは私はもう何百回と聞いたセリフだ。
議論だからといって、互いに勝ち負けを決めたり、相手を言い負かそうとする必要はない。違う立場の人の考えを聞いて、「う~ん、私たちの政策意見は合いませんね~。そういう考え方もあるんですね。『考えが違う』という点にだけは意見が一致しますね!」と笑っているシーンはよくある。
自分が感情的になったり自分が傷つくことを抑え、考えが違う相手も尊重し、とりあえずこの日の着地点とさせ、議論をケンカのような雰囲気にもっていかせないなど、さまざまな効果がある言葉のテクニックともいえる。
この保守党の男性はクヌートさんといって、保守党オスロのグリーネルロッカ地区の地方議員だ。
「あんなに反対意見をどんどん言われても、イライラしたりしないんですね」と私は聞いた。
「私は彼に保守党に投票してもらいたいですから。保守党から距離をさらに置いてもらいたくはありません。あの人はもう他の政党に投票したらしいけれど」
「反対意見を言いたくて話しかけてくる人は毎回の選挙で同じ人だったりします。ケンカにはならないですね」と取材で答えるクヌートさん。
その後、私はノルウェーでよくある光景を見た。
クヌートさんが、対立政党の党員と仲良くおしゃべりしているのだ。
与野党も議論後は一緒にビール
相手は「左派社会党」のボランティア党員だった。この人はトーマスさん。
2人はよく一緒にビールを飲んでいるという。
右派と左派の党員が、議論後は何もなかったようにビールを飲む。
各地で見られる光景だ。これができるからこそ、普段から政治の話もしやすいのだろう。
「では、どうしたらこうなれるのか」と改めて聞くと、現地の人はあまりにも普通にしていることなので、きょとんとする人が多い。
トーマスさん(左派社会党)
「私たちはこの地区の議会に一緒に座っている時は政治の議論をします。議会が終わったら、政治の話は終えて、最近の生活や人間関係はどうだいという話をします」
「議論して雰囲気が悪くなること自体が、そもそも重要ではありませんね。『私たちは意見が違いますね』ということに私たちは合意するのです」
「政治に熱心であることが大事で、みんな同じ街に住んでいて、街が良くなることを願っていることには変わりありません。議論して、投票する。それが民主主義!」
北欧で政治が議論しやすい背景には、「民主主義」という言葉を市民が日常生活で多用していることもあると私は感じている。
一致している考えにも気づくセンス
クヌートさん(保守党)にも聞いた。
「私たちはたくさんんのことに意見が一致していないともいえますが、たくさんのことにも意見が一致しているともいえます」
この言葉もポイントで、ノルウェーでは政策を議論する時に、各政党が一致していることにもメディアや市民は注目する。各政党も他党との同じ点と違う点は聞けばさらさらと答える。
違いばかりではなく、与野党の共通点を互いに認識することも大切にされているのだ。
人格攻撃・否定ではなく特定のテーマの議論だと両者が認識する
クヌートさん「ノルウェーの政治では『テーマと個人を分ける』ということが重要です」
私「どうしたらそれは可能でしょうか?」
クヌートさん「相手と話すしかありません」
「『私たちは特定の政治、課題について議論している』ということを互いにはっきり認識しながらね。個人と議論内容を分けるのです。」
取材中、隣で話を聞いていた保守党の若いボランティア党員の男性が輪の中に入ってきた。彼は18歳で高校を卒業したばかりのハンスさんだ。
「個人とテーマを分ける」は学べる
ハンスさん(保守党)
「中道左派を支持する同い年の人とは、それでも親友になることは難しいです。でもお互いに話し合うことはできるし、普段は恋愛の話などをして交流できます」
「議論が終わったら、政治は脇において、他の話をします。政治の話になることもありますが、ケンカにはなりません。お酒が入るともちろん議論が熱くなってしまいますが、テンポを低く保つことを学ぶことはできます」
クヌートさん
「国政ではなく自治体の政策についてのほうが、個人とテーマを分けやすいかもしれません。あとは、特定の政策ではなく、もっと広い目線で見た国内事情の話なら議論しやすいと思いますよ。例えば『ノルウェーでは、なぜ大多数がEU非加盟国でいたがるのか』という問いなら、ひとつの政策についてではなく、もっと背景を理解する話し合いになるでしょう」
クヌートさんは今は56歳だが、前から政治の議論はノルウェーではしやすかったそうだ。
ノルウェー政治=意見が違う相手との議論
隣にいる18歳のハンスさんを見つめてクヌートさんはこう話す。
「彼は保守党の青年部にいるでしょう。つまり、『政治カルチャーを学ぼう』という姿勢が強いということです。『ノルウェーの政治はどのように機能しているのか?』を学んで理解しようとしている」
「その問いの答えは、『議論』です。意見が違う相手との議論、それがノルウェー政治のカルチャー」
「時間をかけて議論カルチャーを学んで体験する市民が多いほど、国の議論カルチャーは成熟するでしょう」