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『やすらぎの郷』 女優と道ならぬ恋をした千坂浩二監督のモデルとは

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

帯ドラマ劇場『やすらぎの郷』(テレビ朝日 月〜金 ひる12時30分  再放送 BS朝日 朝7時40分〜)

第12週 59回 6月22日(木)放送より。 

脚本:倉本聰 演出:唐木希浩

夜中の3時は夜か朝か

夜中3時に、ノックをする音が。

姫こと九条摂子(八千草薫)が菊村栄(石坂浩二)を訊ねてきた。彼女にとってはもう朝らしい。

突然、やって来た姫は、とぼけた話を延々する。

寝てる間は心臓が停まっていると思っていた姫。

付き人の夕子に、こんな時間(夜中の3時)に電話しようとする姫。

ガラケーの使い方を知らない姫。

一方、ガラケーとスマホが違う話を得意げにする菊村。ヤフオフを知らなかったくせに。

とぼけた姫の相手をしながら、認知症になった亡き妻・律子(風吹ジュン)のことを思い出して涙ぐむ菊村。

いろんな出来事があっても、必ず、妻・律子のことに戻る。やはり菊村と妻のことが、このドラマの主軸なんだと痛感する。主題歌「慕情」の歌詞がまさにそうだから。

石坂浩二と名前の似ている千坂浩二監督

”天使と認知症”とが紙一重であるようになってきた姫は、シノ(向井理)のことがなぜ好きなのか、そのワケを語る。

死ぬほど好きで、いまでも心のどこかにしまってある人・千坂浩二監督に面影が似ているからだった。

監督は結婚していたが、「我慢できなくて盗んじゃったの」という姫。

「盗んじゃったの」という台詞が、八千草の言い方含めて、かわいらしいし、ヘチマコロンの香りの思い出を語るところも洒落ている。

『やすらぎの郷』は時々、香りの話が台詞に出てくる。例えば、小春(冨士眞奈美)も、46話で、リキュールを飲みながら、「この香りだ、あンたの香り」と言っていた。ちょっとした言葉にセンスがあって、素敵なドラマだ。

シノに面影が似た千坂監督。ふつうに考えると、八千草の夫だった谷口千吉監督から「千」の字を借用したと思える。だが、千坂浩二と石坂浩二、そっちのほうが似ている。そこから勝手に妄想を膨らませると、監督のモデルは、石坂浩二とも縁が深いある監督ではないだろうか。その人物は、八千草薫ではなく、及川しのぶ役の有馬稲子が、著書で、若い時、著名な映画監督と不倫関係にあったことを書いて、それが彼ではないかと世の中を騒がせたことがある。著書には、その監督が映画に誘ってくれたことからつきあいがはじまったことが書いてある。姫も、千坂監督に映画館につれていってもらったと言う。むむむ……。

17話で、菊村が、スターやタレントは人から隠れる、役者は人を観察している、という話を井深凉子(野際陽子)としながら、「物書きには物書きとして守らなければいけない鉄則というのがあるんだ」「たとえ100万人を感動させられても、ひとりを傷つけちゃいけないってことさ」と言っている。作家の仕事が、周囲を観察して、発見した様々なことを書くものだが、例えば、思いつきで書いたことでも、誰かを傷つけてしまうことがある。菊村にもそういう体験がかつてあったし、『散れない桜』もそうなる危険性を秘めていたから、一度は封印されたのだ。

倉本聰自身もきっとものを書く上で、菊村の鉄則を意識しているだろうけれど、どこまで書くか書かないか、作家にとってそれは常にギリギリの線上にある。そんなとき、創作の場合、いろいろな要素を混ぜ合わせて別物にする方法がある。シノのモデルが、二宮和也なのか、向井理そのものなのか、はたまた他にいるのかということや、姫の道ならぬ恋エピソードは、八千草薫が「岸辺のアルバム」(77年)で、不倫する妻を演じたことと重ねているのかもとか想像して楽しむことができるのと同じように、千坂浩二は、いろいろなエピソードをシャッフルして出来た創作上の人物なのだと思うが、ひとを傷つけちゃいけないとドラマで語られるように、あまり深掘りするのはやめておこう。

倉本聰は、『やすらぎの郷」を通して、井深凉子に『散れない桜』(ノンフィクションを元にしたフィクション)を僕ならこう書く、と示しているかのようだ。

野際陽子の死といい、『やすらぎの郷』は、虚実皮膜の度合いの強いドラマである。

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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