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映画の未来?ロサンゼルスのIMAX VRシアター体験レポート

梅津文GEM Partners株式会社 代表取締役/CEO

このところハリウッドでは、映像技術の「次」としてVR(Virtual Reality)が注目を集めています。映画ファンの中にも「映画館での映画鑑賞の定義が変わる」といった期待をする人も多いようです。

先日、3月下旬にロサンゼルスに出張に行った際に、IMAX社が提供するIMAX VR 体験センターを訪問する機会がありました。「映画館」の定義はどう変わるのか?という視点でレポートしたいと思います。

IMAXといえば、映画館で映像・音響・空間などを高水準の技術で提供し、美しい映像と臨場感を体験できる上映システムとして浸透しているブランドです。それを提供するIMAX社が新しく押し出しているのがVRで、2017年1月に”IMAX VR Experience Theater"をロサンゼルスにオープンさせました。すでに15000枚のチケットが販売されたそうです。

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映画館風の入口は「未来の映画を観に行く」という演出感があります。

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中に入るとチケット売り場。映画館というより美術館のようなチケットカウンター。チケット購入の前に、タブレットで免責条項への同意を確認されます。

客層は10代、20代前半でしょうか。スケボーをやっていそうな男の子とその彼女のようなカップル、グループ、若い男性の2人連れなどを見かけました。たいして混んでいなかったので、10分ほど待てば好きな作品を選べました。

上映作品数は8作品。どれも上映時間は5~10分の長さで、チケット価格は7ドル程度です。

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上映作品のパネルがこのように壁にあって、これも映画館風です。スターウォーズのVFXの制作で有名なILM社の作品も。まず、かわいいウサギと一緒に雪山をそりで降りる、"Rabbids VR Ride"を購入しました。

比較のためにもう一つ体験しようと考え、"The Walk"も選びました。これは、日本では2016年に劇場公開されたロバート・ゼメキス(Robert Zemeckis)監督の映画『ザ・ウォーク(原題:The Walk)』をモチーフにしたVR体験コンテンツです。映画『ザ・ウォーク』は、1974年にニューヨークのワールドトレードセンターで空中綱渡りに挑戦したフィリップ・プティ(Philippe Petit)の実録ドラマです。

私は駅のホームの端に立つことすら怖いほどの猛烈な高所恐怖症なのですが、旅先ではあえて高いところに行く観光やアトラクションにトライするようにしています。それもあって今回は「ザ・ウォーク」を選びました。

ほかに映画をモチーフにしたものといえば、キアヌ・リーブス主演の映画『ジョン・ウィック(原題:John Wick)』をベースにした"John Wick Chronicles"もあり、人気でした。

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VRのカテゴリ説明が表示されたパネル。上から「初心者向け」「カジュアルな体験」「激しいアクション」という体験における動き度合いと、「運動量が多い」「年齢制限あり」。

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チケットを買ったあとは、上映時間までこのエリアで待ちます。まるで病院の待合室のようでした。奥にあるのが入口。係の人に呼ばれ、それぞれ中に入っていきます。

中にはたくさんブースがあり、ブースごとに体験できるコンテンツが異なります。ブース内には、一人分ないし二人分のゴーグルやヘッドフォンといったギアが設置されています。

思わず声が出るリアルさ

まずは"Rabbits VR Ride"からです。これは「ウサギと一緒に雪山をそりで滑り降りる」という「乗り物系」なので椅子に座ります。天井と線でつながったゴーグルとヘッドフォンを付けます。

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時間は5分ほどで終了します。360度氷に囲まれた中をそりで駆け巡り、物にぶつかるとゴツン、と椅子が動く。ジェットコースターみたいな感じです。画像の解像度は決して高いとは言えません。アナログテレビよりも解像度が低いような印象です。それでも「感覚」としてはとてもリアルで、「うわっ!」「ひやー!」という声が思わず出るほどです。リアルさというのは視覚だけではないのだと思いました。いずれは映像の解像度もデジタル放送や映画館並みになるのでしょうか。そうだとしたら、本当にリアルな体験になるだろうなと思いました。

このコンテンツには観客が受け身で見せられる「ストーリー」があります。脚本があるのです。ストーリーテラー主導型というか。そりで雪山の高いところからうねうねと凄いスピードで降りて行き、湖にドボンと入ったり、トンネルに入ったりという。でも、どこに行くかはコントロールできないのです。能動的にやれるのは、見渡すことだけです。後ろを見たり、横を見たりするだけ。空も見えるし、後ろの景色も見える。しかし、あくまで観客は受け身です。

すでに映画館では「椅子が動く」「風が吹いてくる」「水しぶきが飛んでくる」というアトラクション感覚で楽しめる「4D」上映が人気となっていますが、このVRは「見える映像が360度になった4D」です。現在の映画体験の延長であり、このタイプは人気のコンテンツ製作者が踏み切ればすぐに実現されそうな感じがします。

次はいよいよ、映画『ザ・ウォーク』をモチーフにしたVR体験コンテンツです。

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写真の中央の線は、映画に登場する綱渡りのワイヤーに見立ててあります。このように、コンテンツによって施設が違います。こういった作りこみが必要な上映はハードの投資がかさみますね。映画のように、いろいろなものがどんどん出る、という日が来るのは結構遠そう。

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風がびゅうびゅう吹いているのを演出するために、バックパックのようなものを背負います。ブルブル動くのが怖かったです。装着は係の人が手伝ってくれます。

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ゴーグルを付けて……さあいくぞ!

写真の左端のモニターにはゴーグルの中で見えているものが映し出されています。この時は真向かいにワールドトレードセンターが見えています。

VRだけど、現実じゃないから、いけるはず!

と思ったのですが、行けない……行けない……手を含め、体中から脂汗がたらたらと垂れてきました。怖い!本当に怖い!まったく動けなくなりました。

係の方が「できるよ!がんばれ!」と励ましてくれたのですが、「無理!」と叫んでゴーグル外しました。周囲で見ていた人にはクスクスと笑われてしまいました。

係の方が「本当にいいの?」と言うので、「私にはとても無理」と答え、一度はそのまま帰ろうと思いました。しかしそこでふと、「仮に、このロープから足がはみ出したら、現実のように、地面に落ちてしまうのか?」と聞いたら、「ロープから足を踏み外して高層ビルのてっぺんから地面に落ちるという演出はない。ただ、ロープの上にいる揺れをバックパックからの「風」で感じるだけ」とのこと。だからハイハイしてロープの上を進んでいこうとしても落ちない。それを聞いて、もう一度気を取り直して足を踏み出しました。

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なんとか行って帰ってくることができました。行って帰ってくるだけなのですが、本当に怖かったです。風の音がヘッドフォンから聞こえるとともに、背中のバックパックがブルブルと震えて、落ちないけれど、下を見ると「高い!」という感覚です。

係の方曰く、ロープから落ちる演出があるバージョンもあるらしいのですが、「あまりに怖すぎる」という声があり、現在ではその演出がないバージョンを展開しているとのこと。

終わってからは「怖すぎるのって『R指定』とかになるのかしら?」なんて冗談を言う余裕もでました。実際にこれは「13歳以上」という年齢制限がありました。

そう、これはうさぎのそり滑りと違って、鑑賞者の能動性が求められます。自分が動かないと何も起こらないんですね。これは映画的というより、ゲーム的です。設定はあるけど脚本がない。観客主導型です。「映画をモチーフにした体験型アトラクション」として楽しめるなと思いました。

IMAXのVR体験シアターはニューヨーク、ロンドン、上海など世界各地にオープンが予定されているとのこと。日本でも早くオープンされることを期待したいものです。3月にラスベガスで行われた興行主向けのコンベンション「シネマコン」においても、この夏公開の『Mummy』 (トム・クルーズ主演、ミイラ退治の映画)のVR体験ブースがありました。

ストーリーテラー主導型、観客主導型、VRは「来る」のか?

この二つのVR体験を比較すると、うさぎの雪山そりすべりの「ストーリーテラー主導型」は映画に近い。脚本がある。一方の「ザ・ウォーク」みたいなものは「観客主導型」です。ゲーム的。映画ビジネス界隈においてもVR、VRと言われていますが、さて、いつ「来る」のか?

こういった映像最新技術で映画ファンに広く浸透したものといえば3D、そして4D。3Dは技術的には以前から存在していました。「3D映画」が一般化したのは2009年から2010年初めごろ、ジェームズ・キャメロン監督の映画『アバター』の公開が、人々の映画体験のイメージを革新したことがきっかけでした。

4Dが「面白いらしいね!」という感触を映画ファンが持ったのは、それから6年ほど経った2015年ではないでしょうか。そのきっかけは『ジュラシック・ワールド』でしょう。

ザ・ウォークのような「観客主導型」はちょっと映画体験と違うので、これは「来る」かどうかわからない。でも、上記の「ストーリーテラー主導型」は椅子に座ってゴーグルとヘッドフォンを付けるだけなので、ハード面で言えば、4D上映施設にゴーグルとヘッドフォンを設置するだけで完成しそうです。しかし4D上映施設は限られている。スタート当初の3Dがそうだったように。

その課題解決とともに、あとはVRという技術を体験したいという「ギークのニーズ」を超えて「みんなが見たい」と思うストーリー、コンテンツが来るのを待つだけです。

次に「来る」のもまた、ジェームズ・キャメロンでしょうか。

GEM Partners株式会社 代表取締役/CEO

1997年東大法学部卒業後、警察庁入庁。NYUロースクールで法学修士を取得した後、マッキンゼーのコンサルタントに転身。2008年映画好きが高じて飛び込んだ映画業界でデータ分析・マーケティングサービスを提供するGEM Partnersを設立。ミッションは、映画・映像ビジネスに関わるすべてのデータを統合・分析し、出合うべき映画のすべてに、人々が出合える世界をつくること。人生を変えた映画は、『嫌われ松子の一生』。

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