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仮想シミュレーション。大学日本一の天理大学にどう勝つか。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
接点を制し、藤原(写真左)と松永(背番号10)が自在にゲームを操る(写真:松尾/アフロスポーツ)

 特異な状況下でおこなわれたラグビーの大学選手権は、天理大学の初優勝で幕を閉じた。

 チームは8月中旬から約1か月間、クラスターの発生により活動を制限。それでも12月中旬から選手権に突入すれば、関東の流通経済大学、明治大学、早稲田大学をそれぞれ78―17、41―15、55―28と大差をつけて下した。

 関西勢の大学日本一が36年ぶりだったこともあり、いまも話題は収まらない。主力メンバーが社会人チームへ合流すれば、その知らせは間もなく液晶画面や紙面を埋める。

 本稿では、大学ラグビー史においても語り継がれるであろう2020年度の天理大学への敬意を表し、「どうすればこのチームに勝てるか」をシミュレーションする。具体的には以下の手順を取る。

1、同大学の予想先発メンバーの特徴を分析し、作戦を立案する。

2、他大学から「1」を遂行しうる登録メンバー23名を編成。

「1」では、特徴を「脅威」「死角」に分類し、それぞれへの「対処法」を羅列する。さらに「2」は、実際のレギュレーションなどを踏まえ下記の条件で編成する。

外国人枠は現行ルールにのっとりオン・ザ・ピッチ3名

山沢京平(明治大学)ら、今季怪我などで出番の限られた選手は除く

1、同大学の予想先発メンバーの特徴を分析し、作戦を立案する。

 ベースボール・マガジン社の『ラグビーマガジン別冊盛夏号2010 ラグビークリニックVol.22』に、「世界一の視点! ワールドカップ優勝コンビのラグビー塾」がある。

 本企画は、現イングランド代表監督で元日本代表ヘッドコーチのエディー・ジョーンズらが2010年夏に横浜で実施した講習会を再編集している。

 ここでは2007年のワールドカップフランス大会を制した南アフリカ代表のジェイク・ホワイト監督(当時)とともに、同代表でテクニカル・アドバイザーだった通称「エディーさん」が参加者と討議。「対戦相手への対策」に関し、普遍的な考えを話した。

「分析というものは、何かその試合だけのスペシャルプレーのようなものを編み出すことではありません。相手が勝つ方法を三つ挙げて、それを無にするにはどうすべきか、次に相手の弱みを突くにはどうすればいいのかを考えることです」

 相手の脅威を最小化し、相手の死角を突く意識を具体的に述べている。ここで「三つ」としているのは、実際には複数ある相手の強みをあえて抽象化する意思の表れだろう。

 ジョーンズと親交のある林雅人氏(元慶應義塾大学監督、現キヤノン コーチング・コーディネーター)は、別な場所でこんな趣旨を語ったことがある。

「試合を分析する。課題が40個あったとする。ここで、そのうち三つを修正すれば残りの37個も自然と改善されるという三つを見つけるんです」

 本稿では、2020年度の天理大学ラグビー部の「三つ」を以下に設定する。

A、ブレイクダウン(接点)

B、攻守でのリロードの速さと多彩な攻撃オプションの相乗効果

C、スクラム

 以下、上記の詳細と対策を示す。

A、ブレイクダウン(接点)

特徴

 チームを率いる小松節夫監督曰く、「接点を前に上げる」。攻守両面において、低い姿勢の1人目(ボール保持者およびタックラー)が少しでも前進するや、その接点へ2人目以降の選手が素早く駆け込む。攻防の境界線を勢いよく前にせり上げ、次の局面にも勢いを与える。

 その意識がBで触れる多彩な攻め、守備時のカウンターラックを生み出し、いずれも得点機を支える(ここでの要注意人物はロックのアシペリ・モアラ!)。

対策

 守備では相手を向こう側へ倒し切るファーストタックルで「接点を前に上げる」を防ぐこと、その後の素早い起き上がりで次に備えることが必須。さらに、ターンオーバーを狙える局面以外では、ひとつの接点へ働き掛ける人数は最小化したい(さもなければ、Aの持ち味がより活かされる)。

 攻撃では、鋭い出足の防御ラインの背後へパスを通し続けたい。したがって、タックルされながら(もしくはタックラーをひきつけながら)球をつなげる選手の存在は助かる。

 なお、準決勝、決勝で天理大学が失点した場面では長くフェーズを重ねられていることが多い。挑戦者にとっては我慢がキーワードになりそう。

B、攻守でのリロードの速さと多彩な攻撃オプションの相乗効果

特徴

 素早いリサイクルと複層的な陣形形成を経て、適宜、ラン、パス、キックでスペースを突く。強くて速いアウトサイドセンターのシオサイア・フィフィタをあくまで選択肢のひとつとして活用できる。フィフィタ自身もグラバーキック、ロングパスと、得意の突破以外のプレーで好機を作れる。

対策

 Aへの対策の延長で、スクラムハーフの藤原忍、スタンドオフの松永拓朗に自由な状況判断を許さない。

 関東学院大学を率いて通算6度の大学日本一に輝いた春口廣氏は、2006年度の大学選手権決勝を制する際に早稲田大学の強力なバックス陣をこう見立てていた。

「矢富(勇穀=スクラムハーフ)へのプレッシャーが曽我部(佳憲=スタンドオフ)へのプレッシャーに、曽我部へのプレッシャーが五郎丸(歩=フルバック)へのプレッシャーになる。ラグビーって、そういうものでしょう?」

 実際、肉弾戦での激しさがそのイメージを具現化した。今度も、フィフィタを止める以前にフィフィタに球を持たせないことが先決か。

C、スクラム

特徴

 岡田明久コーチの指導する型は8人が密接に固まり、背中を地面と平行に保つ(「学生たちには(背中と足で)テーブルを創れと言っています」と岡田コーチ)。低い姿勢の最前列勢が相手の懐へ潜り込むや一気に直進する。理想通りに組めば相手ボールをターンオーバーできる。

対処

 右プロップの小鍛治悠太は、早稲田大学に勝った後に「正直、最後の最後まで『あ、これ絶対勝てるな』とは思えなかったです。一辺倒のスクラムではなかった。駆け引きがあった」と述懐。つかみ合うタイミングを巧妙にずらされ、得意の間合いでは組めなかったようだ。戦前、早稲田大学の陣営は「ヒット勝負」と述べていた。

 むろん、混成チームがスクラムを凌駕するのは根本的に難しい。スクラムの回数を減らす意識も共有する。

 かたや、天理大の数少ない死角は以下に定める。

a、リザーブを含めた総合力

b、ラインアウト

 以下、上記の詳細と対策だ。

a、リザーブを含めた総合力

特徴と対策

 総じてメンバーを入れ替えた後の失点が多く、指揮官もその点は暗に認める。今季は例年より試合数が限られていたとあり、控え同士のコンビネーションが磨かれる前に頂点に立ったようにも映る。今回の混成チームでは、16番から23番の隊列を重視。防御の死角へ駆け込んでパスをもらえるランナーを投入し、先発選手の疲れや控え選手のわずかな連係ミスを突く。

b、ラインアウト

特徴と対策

 小松監督も大学選手権の準決勝に向けて「(ラインアウトは)苦戦するでしょう」と吐露し、対する明治大学の片倉康瑛の圧を受けていた。決勝ではサインの見直しによって獲得率を保ったが、身長190センチ以上の選手はおらず高さ勝負には苦慮しそう。敵陣深い位置へ蹴り込み、相手ボールラインアウトからのターンオーバーを得点に繋げたい。

2、他大学から「1」を遂行しうる登録メンバー23名を編成。

 全般的にタックルの強さや運動量を重視し、ロックには長身選手を並べた。接戦を制するのに必要な16番以降のラインナップでは、消耗が激しくなりそうなフォワードの選手を通常より1人多く並べた。

1、坂本駿介(日本大学)…試合開始早々からスクラムでフル出力。

2、藤村琉二(日本大学)…坂本とともに強力なパックを醸成。

3、大賀宗志(明治大学)…ワークレートが高く、スクラムでも相手に嫌がられているとの証言多し。

4、レキマ・ナサミラ(東海大学)…相手ボールラインアウトで圧をかける。タックル回数も多く、防御で期待される。

5、タマ・カペネ(流通経済大学)…ラインアウトではメインジャンパーになれるうえ、守ってはタフなタックルを連発できる。攻撃中はタッチライン際で待ち、好機を生みだす。

6、相良昌彦(早稲田大学)…ミサイルのタックルを連発できる。

7、山本凱(慶應義塾大学)…自陣ゴール前でジャッカルを決めるイメージ。グラウンド中盤でのビッグタックルにも期待。

8、丸尾崇真(早稲田大学)…決勝戦での1対1の局面で当たり勝っていた希少な戦士。スピード豊かとあってトライも期待できる。

9、鈴村淳史(筑波大学)…正確なボックスキックとショートサイドへのアタック。

10、高本幹也(帝京大学)…好判断が際立つ司令塔。鋭い出足の防御の裏へ速いキック。

11、和田悠一郎(同志社大学)…裏へのキック、ワンバウンドで捕球し、追っ手をスワーブで振り切ってフィニッシュ。タックルがいい。簡単にタッチの外へ出されない。直接対決でも活躍。

12、ニコラス・マクカラン(帝京大学)…懐の広い走り。オフロードパス。

13、長田智希(早稲田大学)…防御時の危機察知能力。狭い区画への走り込みは直接対決でも光った。

14、河瀬諒介(早稲田大学)…倒れない強さをグラウンドの端側で活かす。ハイパントキャッチでも活路を見出す。

15、奥谷友規(関西学院大学)…防御をすり抜けるカウンター。ゴールデンブーツ。

16、原田衛(慶應義塾大学)…早い段階でフィールドに出て持ち味のタックル、ジャッカルで奮闘。

17、紙森陽太(近畿大学)…スクラムでは低く強い姿勢を取る。天理大学とは関西で対戦経験豊富とあり、準備段階では「知恵袋」となりうる。

18、細木康太郎(帝京大学)…突破力とワークレートが際立つ。Xファクター。

19、片倉康瑛(明治大学)…ラインアウトマスター。

20、箸本龍雅(明治大学)…フットワークが際立つ突破役。ピンチでの防御も光るとあり、終盤からバックロー勢を引き締めそう。

21、サイモニ・ヴニランギ(大東文化大学)…反則のリスクこそ気になるが抜群のスピードとフィジカリティは魅力。ラストワンプレーでの決勝トライに寄与するイメージ。

22、田村魁世(同志社大学)…スクラムハーフのバックアップ兼スタンドオフのインパクトプレーヤーとして。持ち前のスペース感覚は直接対決時も光った。

23、イノケ・ブルア(流通経済大学)…快速フィニッシャー。終盤は外国人枠の割合を「フォワード2:バックス1」から「フォワード1:バックス2」に。

 ラグビーはチームスポーツだ。個人技だけで勝敗を分けるゲームはトップレベルになるほど稀。一発勝負においても、「組織としての練度」「当該の試合への準備」「出場選手の資質」との掛け算の値が高い方が凱歌を奏でられる。

 その意味では――最後の最後にちゃぶ台をひっくり返すようで恐縮だが――今度の形式で「大学日本一の天理大学にどう勝つか」の仮説を立証するのはかなり、難しい。

 本稿で記されたコンバインドチームが白星を得るには「組織としての練度」、つまり一定期間のチーム練習が不可欠で、その実現にはあまりにリアリティがないためだ。

 裏を返せば、2020年度の天理大学は付け焼刃の対策で打ち崩せる類のチームでは決してなかった。

 今季こそウイルス禍で足止めを喰らうも、中核をなした4年生の多くが1年時からのレギュラーだった。阿吽の呼吸がある。

 死角をえぐる技巧と運動量を活かすラグビースタイルも、1993年にコーチ就任の小松監督ら首脳陣がブラッシュアップを繰り返してきた産物だ。

 2020年度の天理大学は、勢いではなく歴史で勝利を掴んだのである。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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