モリカケの公文書改竄、偽証まかり通る日本とは大違い 公文書と異なる議会証言した英内相辞任
「もし大臣が存在を否定している文書を官僚が持っていたら」
[ロンドン発]公文書の記録とは全く異なる内容を議会で証言していたアンバー・ラッド英内相が4月29日、違法移民の国外退去目標について下院議員を「不注意」でミスリードしたとして引責辞任しました。英閣僚の辞任はこの半年間で4人目です。
ラッド内相は欧州連合(EU)離脱交渉を主導するテリーザ・メイ首相の側近中の側近で、穏健離脱(ソフトブレグジット)派の要だっただけに、イギリスのEU離脱に「黄信号」が灯っています。
公文書の隠蔽(いんぺい)、改竄(かいざん)、破棄と偽証が半ば公然と行われている日本と異なり、イギリスではラッド内相が「知らなかった」と議会で言い張っていた違法移民の国外退去目標に関するメイ首相への私的書簡が英紙ガーディアンにスクープされたことが内相辞任の決定打となりました。
先のエントリー「亡国のモリカケ問題『日本の官僚は大臣でなく納税者に仕えよ』イギリスの元上級官僚が語る」で日本在住の元英上級官僚、アンジェラ菊川さんが話していた通りの展開になってきました。
「もし私が、大臣が存在を否定している文書を持っている官僚であったなら、自分の上司に報告します。その上司は、事務次官に報告する義務があり、事務次官は、大臣が行動規範に違反していることを内閣府に報告する義務を負います」
公文書が持つ絶対的な意味
保守党と労働党の政権交代による二大政党制が定着しているイギリスでは官僚が政治家と一線を画す「政治的中立性」が厳格に守られ、行政執行の継続性を担保する公文書は絶対的な意味を持っています。
政治家は都合が悪くなると、自分の立場を守るためウソをついたり、ごまかしたり、隠したりすることが少なくありません。それにいちいち振り回されていては公正な行政執行はおぼつきません。安倍晋三首相への忖度(そんたく)がもたらしたとされる日本のモリカケ問題を見ても、公文書軽視や官僚の政治的中立性の欠如の弊害は明らかです。
縁故主義と情実政治が蔓延(まんえん)するからです。イギリスの内相辞任問題をおさらいしておきましょう。
第二次大戦でナチス・ドイツにようやく勝利したものの大英帝国は崩壊。多くの若者を失い、疲弊したイギリスは1948~71年、植民地だったジャマイカやトリニダード・トバゴなどカリブ諸国から大量の移民を受け入れます。彼らが乗ってきた船の名前が「大英帝国ウィンドラッシュ」号だったため「ウィンドラッシュ世代」と呼ばれています。
子供たちは親のパスポート(旅券)でやって来たので、その大半は自分の旅券を取得していませんでした。ちなみに同時期、英連邦から受け入れた移民は約50万人にのぼるとみられています。
移民規制の強化
しかし移民の年間純増数を10万人に抑えることを公約に掲げていたデービッド・キャメロン政権下の2012年にルールが変更されました。ウィンドラッシュ世代はイギリス国内で働き、国民医療サービス(NHS)で診療を受け続けるために旅券を含めた身分証明の提出を求められました。
メイ首相が内相だった10年に彼らの入国カードはすべて破棄されていました。今さらイギリス人であることの証明を求められ、それができなければ国外退去の憂き目に遭うカリブ諸国出身の移民はかんかんです。
国外退去される恐れのある移民は数千人にのぼったため、イギリス国内外から批判が高まり、ラッド内相は「ぞっとするような」扱いを受けたウィンドラッシュ世代に陳謝しました。メイ首相も関係するカリブ諸国の首脳に個人的に謝罪しました。しかし問題はこれで収まりませんでした。
ばれた内相の「ウソ」
ラッド内相が議会でウソの説明をしていた疑いが強まったからです。
4月25日 ラッド内相がウィンドラッシュ問題を調査する議会に対して「国外退去目標はない」と説明。しかし自主的な国外退去目標が存在していたことが判明
26日 ラッド首相が議会で「国外退去目標に気づいていなかった」と釈明
27日 ガーディアン紙が国外退去目標に言及したメモが昨年6月に官僚からラッド内相に渡されていたことをスクープ。昨年度の強制国外退去目標を1万2800人に設定したことなどが記されていた。しかしラッド内相はこのメモを見ていないと否定
29日 ガーディアン紙がメイ首相に宛てたラッド内相の私的書簡(昨年1月)をスクープ。書簡の中には今後数年間で強制国外退去を10%以上増やす目標が明記されていた。ラッド内相が辞任
内務省の官僚が公文書をガーディアン紙にリークしたのは間違いないでしょう。公文書は行政執行の継続を担保するだけでなく、官僚の政治的中立性と政治の不当介入から官僚の立場を守るために必要不可欠な制度です。
しかしラッド内相という右腕を失ったメイ首相の政権運営はどうなるのでしょう。
暗雲の中のEU離脱交渉
来年3月のEU離脱に向け、今年10月に北アイルランドとアイルランドの国境問題や2年程度の移行期間をめぐる交渉が大詰めを迎えます。メイ首相がEU単一市場・関税同盟・欧州司法裁判所(ECJ)からの完全離脱を主導しているのに対し、最大野党・労働党や保守党内の穏健離脱派は関税同盟への残留を唱えています。
メイ首相は閣外協力を仰ぐ北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)、保守党内の強硬離脱(ハードブレグジット)派、穏健離脱派という「不安定の中の安定」を保ってきました。政権交代が怖くて、誰も離れることができないという極限状況がメイ首相を支えています。
ラッド内相を切ったことでメイ首相は事態を上手く収拾できるのか、予断を許しません。ちなみに大手賭け屋ウィリアム・ヒルによると、今年中にメイ首相が辞めるというオッズは3.25倍、来年が2.63倍だそうです。
(おわり)