亡国のモリカケ問題「日本の官僚は大臣でなく納税者に仕えよ」イギリスの元上級官僚が語る
[ロンドン発]モリカケ疑惑で「官邸のご意向」「首相案件」と書かれた文書が次々と発覚し、安倍晋三首相の内閣支持率はNNNの世論調査でついに26.7%まで急落しました。野党が崩壊し、安倍1強に支配される首相官邸は絶対的な権力を行使するようになり、官僚は「PM(Prime Minister=首相の略)の指示」に逆らえなくなりました。
その一方で首相のご威光を笠に着て、出世の階段を駆け上り、セクハラを行う不届きな官僚も出てきました。首相と官僚は一心同体であるべきなのか、それとも一定の距離を置くべきなのか。イギリスでは「ダウニング街10番地(首相官邸)」と「ホワイトホール(日本の霞が関に当たる官庁街)」は微妙な距離を保っているように見えます。
イギリスでは19世紀半ばに情実任用の弊害を排除するため、資格任用制(専門能力の有無によって採用する制度)と政治的中立性(政権が交代しても行政を継続するため官僚が政治的な中立性を保つ制度)を根幹とする現代的な官僚制が確立しました。日本でも同じように資格任用制と政治的中立性が掲げられているのに、どうしてこうも違うのでしょう。
イギリスで官僚として16年働き、現在は日本で暮らすアンジェラ菊川さんにお話をうかがいました。忘れてはならないのは「官僚は大臣ではなく、納税者に仕える公僕だ」ということです。
――日本では官僚の「政治的中立性」が十分に確立されていません。あらゆる政治家があらゆるレベルで官僚に接触し、さまざまな圧力をかけているように見受けられますが、イギリスの官僚事情はどうなっていますか
「もちろん『グレーゾーン』はありますが、全体としてイギリスの官僚は政治的に中立です。政治家と官僚の関係を統治するルールは極めて厳格です。官僚が政党に加わるルールもまた極めて厳格です。私はほぼ20年間、官僚として働きましたが、その間、政治家が官僚に直接、接触し、圧力をかけたという話は聞いたことがありません」
「そんなことをする政治家は、非常に大きなリスクを取ることになります。もし官僚が苦情を言う、もしくは、それを問題にすれば、その政治家に対して何らかの処分が取られなければなりません。加えて官僚が許可なく政党の選挙活動をしていたことが分かったら懲戒処分を受けることになります」
――イギリス官僚の政治的中立性の現実について教えてください
「先程、申し上げたようにグレーゾーンはあります。たとえば、かなり高い地位の同僚が 『大臣室(Minister's Office)』から電話である特定の問題についてどうなっているのか尋ねられたことがあります」
「直接の圧力はありませんでしたが、同僚は電話を受けていなければおそらくしなかったことをするよう圧力をかけられました。私の経験ではこれはかなり稀なケースです」
「さらなるグレーゾーンは近年、官界で大臣が聞きたいことを言う文化がいくつかの分野で広がっているということです。官僚に直接の圧力はかかりませんが、大臣の助けになるような情報を提供することによって『助け』ようとするかもしれません」
「もし時の政府が、難民認定数が下がっていることを示したがっているなら、官僚は実際よりも良い状況を示すためスピンをかけた(都合の良いところだけにスポットライトを当てた)数字を示すかもしれません。政府は良い仕事をしていることを見せるために記者ブリーフィングでこうした数字を使えます」
「昔は、官僚はこうしたことはしなかったでしょう。しかし今はそのようなことをする人がいます。真っ赤な嘘ではないが同時に絶対的な真実でもない。こうした『グッドニュース』文化でカギとなる役割を果たしているのは(首相官邸に政治任用された)特別顧問(Special advisors)です」
「官僚と特別顧問の関係は時に 非常に『緊密』なものになり得ます。より伝統的な官僚の多くは特別顧問を好みませんが、彼らと近い関係を築く官僚もいます。特別顧問は事実上(政治家と官僚の)媒介者になります。大臣が政治的な圧力をかけているとは言えないが、特別顧問はそうしているかもしれない」
「彼らは極めて直接的に圧力をかけるかもしれない、官僚をいじめることで。その代わりに一緒に飲みに出かけたり、秘密を共有したりして非常に友好的な関係を育てることによって圧力をかけるかもしれません」
「それでも全体的には、大半の官僚はルールに従うようにしようとし、そうしています。私も特別顧問から連絡を受けたことがありますが、そのようなゲームに参加しないことを明確にすると去っていきました」
「特別顧問を批判するのは簡単です。しかし、その一方、彼らが何者でその仕事は何なのかを誰でも知っています。彼らは官僚を操ろうとし、そうすることが彼らの仕事なのです。それに負けないのは官僚の責任です」
「さらに官僚制度の外側からの任用が増えることによって政治的中立性が損なわれています。新たなスキルを導入するためとして近年、外部からの任用が急激に増えています。問題なのは高い地位のポストに任用される人たちが多いのですが、この仕事のルールを理解していないことです」
「特にそれらの人たちは大臣に会って感激します。官僚はその早い時期から大臣に慣れます。大臣たちと働くことに慣れ、大臣が交代するのを見慣れるようになります。次第にそれがルーティーンになります」
「外部から入ってくるとこうした経験がなく、大臣と働くことによって威圧されるように感じ、大臣が欲していると思うことは何でもしたり、言ったりしたい傾向が出てきます。しかしこれは官僚の役割ではありません。イギリスでは官僚の役割は『権力に対して真実を伝える』ことです」
「その結果、高い地位の人々が、しばしば産業界で非常に高いレベルのキャリアのあった人たちですが、わかっていません。私はこのような人の一人と働きましたが、おそらく私のキャリアの中で最も難しい期間でした」
「彼は大臣と飲みに行ったことを自慢します。大臣がほしいのは政治的なものだ、もしくは、それは私たちがすることではないと言おうとしても、私たちは扱いにくいとの非難にあいました」
「この人物は異を唱える人は無能だと純粋に信じ込んでいました。結局のところ、それが産業界の物事の進め方なのです。なさねばならぬことをボスが決めたら、誰もがそれに従うのです。彼は大臣を『ボス』とみなしますが、もちろん物事はそんなに単純ではありません」
「政府の政策を実行するのと権力に対して真実を伝えることの間を歩くには微妙なバランスがあります。しかし『ボスが望むことをする』のが仕事だと考えている人にどのようにしてそれを言うのでしょうか」
「政治家は官僚が外部者を嫌うのと同じ理由で外部からの人を好んでいると感じました。こうした外部者は官僚的にはナイーブ(うぶ)で操られる恐れがあります」
――安倍首相は官僚の人事権を握っていました。もし官僚が首相の意向に反したら、左遷されるでしょう。「忖度(そんたく)」という日本語があります。イギリスの官僚文化の中にも同じような心理が働きますか
「イギリスの『グッドニュース』文化がまさにそれに当たります。直接の圧力はなく、政治家は人事について権限を持っていません。しかしここにもやはりグレーゾーンがあるのです。大臣たちは彼らが望んでいることをはっきりさせます。一部の官僚はそれが不可能な時でさえ、無理を承知でできますと言うでしょう」
「このような官僚は良き官僚として知られるようになります。それほど従順でない人たちは『難しい』官僚という評判を得ます。自然にこれが昇進制度に浸透していきますが、それは間接的です」
「もし自分の立場にこだわり、扱いにくい官僚になっても一般に左遷されたり、直接、圧力をかけられたりすることはありません。もちろん陰口を言われることはありますが」
「大臣の求めることを推し量るという考え方はあります。『グッドニュース』文化に取り込まれた官僚はそうするでしょう。彼らは大臣が心に思っていることを知っていると感じ、大臣の代わりに決められると感じます。こうした官僚は大臣からは『良き』官僚とみなされます」
「これはそれらの人の昇進のために役立つかもしれませんが、間接的なものに過ぎません。私の経験ではイギリスの政治家は一般に官僚の昇進には介入しません」
――イギリスの官庁街ホワイトホールにはセクハラやパワハラ文化は存在しますか
「ホワイトホールの官僚の行儀は非常に良いと思います。お互いに敬意を持って接しています。しかし、もちろん例外もあります。法執行の現場では、例えば刑務所や警察で働く官僚は非常に異なる経験をする可能性があります」
「この分野では、私の経験ではセクハラはあまりありませんが、いじめの文化はありました。特に刑務所ではこの問題は広がっています。それは組織的な文化でした」
――公文書の扱いはどうですか。日本では作成した公文書が彼らにとって都合が悪ければ、嘘をついたり、隠したり、改竄(かいざん)したり、ひどい時には破棄したりしていたことが明らかになっています。国会でも官僚が真っ赤な嘘を証言しています
「ここにもグレーゾーンがあります。イギリスには情報公開法があります。しかし多くの抜け道があります。政策に関する議論は公開の対象外です。国家安全保障や大臣への助言に関する書類も非公開です」
「官僚は情報公開法を強く意識しています。文書を作成する時、情報公開請求されて、公開される可能性があるかどうかを考えます。情報公開法で公開に応じなければならないことがあるかもしれない場合、書類を作成するのを避けるため、口頭で議論が行われたことを数多く知っています」
「政府が文書の存在を否定したケースも知っています。文書の破棄は起こりそうもないことで、真っ赤な嘘をつくことも極めて稀でしょう」
「政府が書類を破棄したり、内容について嘘をついたりしようと思っても、官僚制度の中で文書の扱われ方が決まっていることが障害になります。もし大臣にブリーフの文書を書きたいのなら、誰に写しが渡されるか、どのように保管されるか、一連のプロトコルがあります」
「たとえばある政策分野のリーダーなら、自分のスタッフが文書を正しく保管し、適切な人物に写しを配布しているか確かめるでしょう。それゆえ大臣はそれが高い秘匿性を求められる(議論されることもない)ものでもない限り、文書を破棄するのは不可能だと悟るでしょう。大臣が文書を破棄しようとした場合、その書類を受け取った人すべてがその存在を100%否定する必要があります。大臣はそんなリスクを犯すことはできないでしょう」
「もし私が、大臣が存在を否定している文書を持っている官僚であったなら、自分の上司に報告します。その上司は、事務次官に報告する義務があり、事務次官は、大臣が行動規範に違反していることを内閣府に報告する義務を負います。私が仕えた事務次官のほとんどは、そんな事態が起きたなら、そうするでしょう。もちろん例外はあるかもしれませんが」
――日本とイギリスの官僚の違いは何ですか
「イギリスの官僚制度は変化していますが、概して政治的中立性を保っているとまだ感じています。加えて各省の事務次官は『権力に対して真実を伝える』文化を実践しようとし、そうしています。私の経験では事務次官は政治家に威圧されるのではなく、政治家をいかに『マネージ』するかを身につけます」
「私の日本での経験は限られていますが、私の印象では政治的中立性の欠如が大臣たちにものすごい権力を与えています。もし官僚がそういう状況に置かれているのなら、誰が大臣に真実を伝えるのでしょう。おそらく誰もいないでしょう」
「その代わり大臣が聞きたいと思うことを大臣に言うでしょう。こうしたタイプの『集団思考』がウィルスのように広がるのは危険です。それは独立した思考と異議を排除し、『首を縦に振るだけの犬』が集まった組織に堕してしまうことを意味しています」
「多くの問題がありますが、イギリスの官僚の大多数は自分たちの役割を大臣ではなく納税者に仕えることだと見ています。それが日本に当てはまるか私には確かではありません」
――日本はどのように政治家と官僚の関係を改革していくべきだと思いますか
「私が思うに、日本はどちらかを選択する必要があります。システムはまず透明であるべきです。イギリスのような政治的中立性を保つのか、それともアメリカのように新しい政府が上級官僚を任用するモデルに基づくのか。中途半端な制度では何の役にも立ちません」
「イギリスの官僚制度にもグレーゾーンがあるのは残念です。この2~3年のうちにイギリスの官僚は政治的な圧力や中立性の欠如が絡んだ危機かスキャンダルに見舞われる可能性が高いと考えます。その時、制度をリセットして厳格な政治的中立性に回帰することになるでしょう」
【アンジェラ菊川さんの略歴】
イギリスの元上級官僚。内務省や内閣府、労働年金省などで16年勤務。行政の執行や政策、プロジェクトのマネジメントを担当。現在は日本在住
(おわり)