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安倍首相演説に「辞めろ」コール報道の社会的影響

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
東京都議会選挙最終日 自民党の街頭演説(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

首相演説に「辞めろ」コール。この作戦は成功か、失敗か。

新しい記事7/4「「こんな人たち」と「辞めろ帰れコール」の心理学

■安倍首相演説に「辞めろ」コール

東京都議会選挙最終日、秋葉原で行われた自民党の街頭演説で、「辞めろ」「帰れ」コールの嵐がわき上がったと報道されています。

首相の演説が始まっても「辞めろ」「帰れ」コールはやまない。これに対し、首相が「人の演説を邪魔するような行為を自民党は絶対にしない」「憎悪からは何も生まれない。こういう人たちに負けるわけにはいかない」と反論する一幕もあった。

出典:「辞めろ」「帰れ」コールの嵐 首相、都議選初街頭演説:朝日新聞デジタル7/1 Y!

東京新聞編集局のツイッターでは、この時の様子を動画でツイートしています。

「安倍首相辞めろー!」というヤジというよりも、声を合わせて繰り返す「安倍辞めろーコール」「帰れコール」に聞こえます。朝日新聞も「「辞めろ」「帰れ」コールの嵐」と報道しています。このツイートの音声録音を行なった場所では、演説の声が聞き取りにくくなるほどです。

■ブーメラン効果/心理的リアクタンス(反発)

人は、誰かを説得して意見や態度を変えたいと願います。そこで、様々な方法を取ります。スピーチしたり、CMを流したり、パフォーマンスを行なったりします。成功すれば、大きく人々の意見が変わっていきます。ところが失敗すると、効果がないどこか逆効果になることがあります。これを心理学では、心理的リアクタンスとか、ブーメラン効果と呼んでいます。

足の不自由な人が飛行機のタラップを手だけで登らされたと聞けば、ほとんどの人は飛行機会社に怒るでしょう。時には、マスコミが動き、世論が動き、大きな社会運動になることもあるでしょう。ところが、この人がわざとこのようなパフォーマンスを仕掛けたと感じると、怒りは別の方向に向いてしまうこともあるでしょう。

人は、良い情報、役に立つ情報を欲しがります。新しい物や新しい情報に飛びつくこともあります。珍しい情報を仕入れて少数派として流行の先端をいきたいと思うこともあれば、多数派の中に入って安心したいと思うこともあります。

たとえば荒れる株主総会で、反対派の鋭い意見がたくさん出て会場の空気を支配すれば、まだ意見を決めていなかった人も反対の方向に流れるでしょう。さらにその様子が報道されれば、世間も同じように考えることもあるでしょう。

しかし、大勢が声を合わせての辞めろコール、帰れコールはどうでしょうか。たしかに、辞めろ、帰れコールが沸き上がったりすれば、その場にいる普通の人はその声に反対でも静かになるでしょう。よほどの度胸がなければ、言い返せません。コールした人々は、勝利を感じるかもしれません。

しかし、人は不本意に意見を押さえつけられると、心理的な抵抗感がわきます。こうなると、ブーメランのように、コールしている人の思惑とは逆方向に人々の意見が動いてしまうこともあります。さらに不器用な説得で逆効果になることもあります。不正な方法で説得されそうになったと感じれば、人々の意見はむしろ正反対に向くでしょう。

たとえば横暴な王様の命令には逆らいたくなる気持ちです。刑事ドラマで犯人を探している時に「オレじゃないぞぉ!」と絶叫している人が犯人に見えるようなものです。

■どちらが正義と感じるか

演説現場が実際にどのような状況だったのかはわかりません。人々は、報道を通して知るしかありません。「巨大な権威である総理大臣に立ち向かう人々」は、勇気ある正しい人に見えるでしょう。ところが、社会が認めない手段を彼らが使っていると感じてしまうと、今度は世の中の秩序を乱す悪者に見えてしまうこともあるでしょう。

朝日新聞の記事ですら、その後半に「憎悪からは何も生まれない。こういう人たちに負けるわけにはいかない」という首相の言葉が紹介されています。こうなると、正義は安倍首相の側にあると感じてしまう読者もいるでしょう。

右でも左でも、強固に自分の意見を変えない人々がいます。信念を持って投票する人をしっかり決めている人は、何があっても変わらないでしょう。意見を変えないだけではなく、心理学的に考えると、いったんそのような強い意見を持てば、全てがその意見に沿って見えます。そう感じます。

好きなアイドルの言動は全て正しく見えて、嫌いな人の言動は全部悪いことのように見えるのと同じです。ボクシングでも、フィギュアスケートでも、人は応援している人が勝っているように見えるものです。

問題は、そんな強い意見を持たない無党派層、浮動票の人々です。今回の辞めろコール、帰れコールは、すでに一部マスコミが報道し(大マスコミがこぞって報道するかどうかはわかりませんが)、ツイッター上のトレンドに「#安倍辞めろ」が載るほどに話題になっています。

この報道を見て、「こんなに多くの人が安倍首相に怒っている」と感じれば、自民党ではない党に投票しようと思うでしょう。しかし、「このコールのやり方は間違っている」と感じれば、コールしている人に反発してブーメンラン効果が起きるでしょう。

ネット上で「#安倍辞めろ」でツイートしている人は、安倍首相の辞任を求める人よりも、今回のコールの嵐を批判している人が多いようにも見えます。

今回のコール作戦は、成功だったのでしょうか。失敗だったのでしょうか(コールを最初から予定していたか偶発的だったかはわかりませんが)。

政治には、安定が必要でしょうし、また同時に野党側の主張や活躍も必要です。それぞれの主張が正しく有権者に届き、各有権者が冷静な判断ができることを願っています。

*続報を受けて新しい記事を書きました。7/4

「こんな人たち」と「辞めろ帰れコール」の心理学

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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