鬼滅の刃とジブリ作品 ヒットの共通点は? 本当の社会現象化の意味
観客動員数が1000万人を突破した「劇場版『鬼滅の刃』 無限列車編」。アニメファンや子供だけでなく、ファミリーも捕まえ、普段はアニメを見ない層にもリーチしています。本当の意味での社会現象がもたらす恩恵は大きなものがあります。
◇多数の客席を埋めるパワー
「鬼滅の刃」は、「週刊少年ジャンプ」(集英社)で2016年から今年5月まで連載された吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)さんのマンガが原作です。優しい少年・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)は、鬼にされた妹を元に戻す手がかりを探すために戦う……という物語です。劇場版では、鬼を倒す「鬼殺隊(きさつたい)」の一員になった炭治郎が仲間と共に、行方不明者が出る列車に乗り込みます。
多くの記事でヒットの理由に触れられていますが、アニメ関係者や当事者でさえ戸惑うほど前例にないヒットで、説得力のある説明は大変です。「アニメの出来が良かった」「声優の熱演」など確かにそうですが、他の作品も同じですし、そこに優劣や違いがあるように見えません。作る側は懸命に良いものを作るのみです。そして、出来の良さは劇場に足を運んで初めて分かることです。熱心なファンは積極的に足を運ぶとして、それ以外の層には「興味を引いて足を運ばせる」ということが重要になります。
新型コロナウイルスにより有力な公開作品の不在、スクリーン数の増加という利点があったというのも一理あります。それでも、チャンスをものにする圧倒的なパワーがなければ、映画館の席数が余るだけのことです。そして「鬼滅の刃」には、多数の席を埋めるだけのパワーがあったということです。
◇ジブリ作品との共通点は
さて社会現象には、「同世代に広がる」「世代を超えて広がる」ものがあります。前者にはドラマがありますね。ビジネスを題材にした「半沢直樹」、NHKの大河ドラマは、「子供たちの話題になる?」といわれたら厳しいところでしょう。子供も大人も見て、会話が成り立つ世代を問わないコンテンツといえば、スポーツ観戦です。しかし、憧れのスーパースターの存在や日本代表の快進撃があって社会現象になります。
そんな中で、世代を超えて楽しまれるコンテンツの一つが、ジブリ作品です。ジブリの劇場版アニメの興行収入は上位を占め、テレビで何度も再放送されて高視聴率をマークしています。「鬼滅の刃」も同じでして、劇場版の快進撃はそうですし、テレビアニメの再放送で15%以上の高視聴率をマークできるのも似た構造です。サブスクで「鬼滅の刃」はヒットしましたが、ジブリ作品も同じようにサブスクがあれば、圧倒的な人気になることに異論を唱える人はいないでしょう。
ジブリ作品の人気は、作品の質の高さに加え、公開直前に宣伝を兼ねた番組が多く放送されることも後押ししています。過去のジブリ作品を見た人たちが「ジブリの新作が公開されるんだ」と気付き、劇場に足を運んで高い興収に結びつける構図です。そして「鬼滅の刃」も劇場版の初日の圧倒的な興収(46億円)を受けて、ニュースだけでなく、情報番組で「鬼滅の刃のヒットの理由」を取り上げていました。結果としては、宣伝のような形になっていますから、ここでもジブリ作品と似た構図になります。
◇多少の“毒気”も
「鬼滅の刃」の劇場版は、小学生以下が見るには保護者の助言・指導が必要となる「PG12」で、残酷な表現がありますが、ジブリ作品にも観客を怖がらせるようなシーンはいくつもあります。「崖の上のポニョ」で波の表現に怖がって泣いた子供がいたとか、「千と千尋の神隠し」で動物になる両親、カオナシを怖がる子もいるでしょう。「もののけ姫」も苦手な人は多いのではないでしょうか。
作品がかもし出す圧倒的な説得力は、心を動かしますし、出来の良さの「あかし」なので当然です。そして多少の“毒気”がある方が、作品のパワーや魅力が増幅する面もあります。
対する「鬼滅の刃」の劇場版も、人の心を揺さぶるという点では、強烈です。炭治郎の怒りと、もう一人の主人公・煉獄杏寿郎(れんごく・きょうじゅろう)の凛とした姿。涙もろい人であれば、このシーンを見て泣くのも無理はありませんし、世代関係なく語りたくなるものがありますし、むしろ子供よりも大人、子より親の方が伝えたくなるものがあるはずです。残酷な表現があるから「死」への恐ろしさが感じられ、最後のシーンの説得力が増しているのもポイントです。子供がショックを受けるシーンがあるのも確かでしょうが、“毒気”の意味を感じ取れる子も多いのではないでしょうか。
また「鬼滅の刃」でアニメを知ったライト層が、アニメに抱く肯定的なイメージの変化も大切です。人は自分の知らないものを過小評価し、知っているものを肯定的に評価する傾向にあります。親近感を持たない層へのアプローチも大切です。
◇不可能とされた深夜アニメの社会現象化
約10年前、深夜アニメ発の劇場版アニメから小規模のヒットが出ていたころの話です。アニメ番組を担当する名物プロデューサーに取材をすると、深夜アニメでは一般層に広がらないから本当の意味で社会現象になりえないこと、ネットで作品の人気が一極集中する傾向に危機感を抱いていました。これはアニメに限らないことでして、趣味の多面化、コンテンツの乱立、個人的な考えの浸透、テレビが「一家に1台」から「1人1台」になり、携帯電話(スマートフォン)の普及も背景にあると言えます。
その見立ては当時としては慧眼(けいがん)でしたし、現在でもその通りです。しかし、深夜のテレビアニメ番組単体では絶対不可能だったことを、ネットのサブスクというサービスが可能に変えたのです。そして「鬼滅の刃」の大ヒットは、未来の大ヒット作が生まれる可能性があることを示唆しています。
「鬼滅の刃」のヒットのニュースを見て、アニメに全く興味のない70代の母が「『なんちゃらの刃』って、最近ニュースで見るんだけど……」と私に尋ねてきました。また同じくアニメはディズニーしか見ない40代の妻から「鬼滅の刃って面白いの?」と聞かれました。「残虐表現が嫌いだから見ない」と言いながら「何だか気になる」という理由で、原作マンガを熱心に読んでいます。知人からも「劇場版は面白かった?」と聞かれました。
70歳から小学生までが同じ作品名を口にするというのも、なかなかない話であります。そして本当の意味での「社会現象化」というものがどれだけのパワーを持つか「鬼滅の刃」は教えてくれましたし、ビジネスでも、ビジネス以外でも恩恵をもたらしました。そしてヒットの思い出は未来の話題にもなるわけで、「2020年の鬼滅の刃はすごかったね」と10年後、20年後にネタにできることも、恩恵だと思うのです。