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それでどういじめ被害者を支援し、加害者加担社会を変えるか?3・「いじめを司法に委ねる」ことの重要性

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
内閣府・令和3年度子ども・若者白書・p.64

私立学校A校でのあまりに不適切な対応のために、長年苦しんできたいじめ被害者の保護者であるDさんの事例を前回とりあげました。

それでは、私立学校に子どもを通わせる保護者はどうすれば良いのでしょうか?

私立学校だけではありません、公立学校でも国立附属校でも同様の事態は起きる可能性があるのです。

1.私立学校におけるいじめ対応の課題

公立学校でのあたりまえが、私立学校でもできないのはなぜなのか?

Dさんのお子さんが、性暴力被害に遭ったことを保護者に打ち明けたあと、Dさんはその事実を学校に伝えました。

校長・副校長はじめ学校側も大きなショックを受けたそうです。

Dさんのお子さんは現在は、長い不登校期間を経て復学し、学校側は卒業にむけて個別学習の支援をしてくれているそうです。

しかし初動のミス、校内連携のなさ、適性のない校医を雇用し続けたこと、県への報告・相談を行わず被害者が受けられる支援も紹介できないなど、A校の対応があまりにも不適切だったことは確かです。

この背景には、教育委員会が監督する公立学校とは異なり、県が弱い監督権しか私立学校に行使できないという事情もあります。

もちろん教育委員会が腐敗していれば、川口市事件のように市の担当者ぐるみでいじめ隠蔽するケースもあります。

しかしその場合、関係者の対応が不適切であれば、公務員は処分の対象となります。

これに対し私立学校では、いじめを隠蔽しても、たとえば校長や教員が処分される、私学助成を減額される、募集停止とするなどの強いルールは法令化されていません。

もちろん私立学校もさまざまです。

私学経営も楽ではない中で、経験豊かなカウンセラーや家族支援を行うスクールソーシャルワーカーを雇用し、生徒や保護者に丁寧な支援やケアを行う学校もあります。

いじめや不登校の問題解決のためには、できれば私立学校に対して都道府県からの専門家チーム派遣支援などを行い、家族や被害者のケア、加害者の行動やその背景にある家族の課題の改善など、継続支援できる仕組みを私自身も子ども若者支援の専門家と一緒に提言したことがあります。

(末冨芳・田中俊英,2017,「高校内居場所カフェから高校生への支援を考える」末冨芳編著『子どもの貧困対策と教育支援』明石書店,pp.284-285)

私立学校への罰則だけで問題は解決せず、どの学校も子ども若者にとって安全安心な場であることを実現することが重要だからだと考えるからです。

2.私立学校在学生の子どもを守るために

(1)弁護士保険、いじめ保険等への個人加入は前提

私立学校では公立学校と異なり、教育委員会の監督はありません。

だからこそ学校によって大きな対応の格差が発生します。

もっとも残念ながら公立学校や国立学校でも同様でしょう。

私も加入していますが、子どものトラブルもカバーできる弁護士保険やいじめ保険への加入は、これからの時代の保護者のあたりまえだと考えています。

低所得世帯や、まずは法律の専門家の話を聞いてみたい場合には国が設立した法的トラブル解決の総合案内所である法テラスへの相談も可能です。

ひとたび子どもがいじめの被害者や加害者になった場合、加害者や学校を損害賠償のため訴えたり、逆に被害者から訴えられることもある最悪の事態を想定しなければならないからです。

また軽微なトラブルであっても、いじめ問題は加害者の保護者や場合によっては学校側も感情的になる場合があります。

法律のプロである弁護士による代理人交渉は、交通事故と同様に冷静な対応を可能にすると言えるのです。

また、深刻ないじめ事件の場合には、裁判の中で事実関係や加害者や学校の責任が確定されることは、学校の隠蔽を不可能にします。

そのような意味で、いじめ事件は司法に委ねる、ということは私自身は私立学校だけでなく教育委員会・公立学校や国立大学付属校のあたりまえにしていくべきだとも考えています。

またいじめ裁判の基本ですが、被害者や家族の被害記録は有力な証拠として採用され裁判の結果に影響します。

つらいことでしょうが、お子さんから聞き取ったこと、事件の内容、いつどのようなストレス症状に苦しんだかのメモは、なるべくで良いので、年月日・時間等の記録をとり保存しておきましょう。

加害者側や学校側が、事実をゆがめて証言することがありますが、それが虚偽や捏造であることを証言するためにも正確な記録が求められるのです。

(2)いじめが犯罪に相当する場合には軽微な犯罪であっても警察に被害届を出しましょう

いじめ事件は司法に委ねることが重要なのは、実は警察に被害届を出さないと弁護士保険やいじめ保険は利用できないことが多いからです。

警察に被害届を出すと、ただちに捜査が開始されるのではないか、かえって加害者側の校内犯罪やいやがらせが増してしまうのではないかとおそれる被害者や家族もいるかもしれません。

しかし実際には、捜査対応は、被害者の意向がある程度反映されます。

窃盗などの軽微な犯罪である場合で、学校側の対応を待ってほしい場合にはその旨を警察に伝えましょう。

また警察に被害届を出すことで、記録が残り、学校が隠蔽した場合に、裁判上の有利な証拠となりうる場合も想定されます。

またこの記事のトップの図に示したように、いじめ事件が捜査の対象となり、加害者が補導され少年司法の中で矯正教育の対象となることも決して珍しいことではありません。

少年司法に詳しい方ならご存知のとおり、いじめ加害者の補導や矯正教育は、懲罰ではなく、加害の要因ともなっている生育環境の困難さや被害者の苦しみの理解への希薄さを改善するために「被害者の視点を取り入れた矯正教育」を実現するための重要なアプローチの1つでもあります。

もちろんDさんのお子さんのような深刻な性暴力が早期に発覚していれば、加害者はすみやかな捜査と補導の対象となった可能性も高いです。

子どもを守るのは親しかいないという原則に立ち返れば、性暴力や窃盗はむろんのこと、オンラインでの中傷などの軽微な犯罪を含め、警察に被害届を出すことが重要です。

いじめ(学校内犯罪)で重大な負傷や疾病(心理的疾患含め)を受けた場合には、犯罪被害者支援制度の対象となる場合もあります。

だからこそ、いじめを司法に委ねるという判断は、重要なのです。

いじめ事件はいったん発生してしまえば、学校側と保護者・子どもは、法的には係争する可能性がある関係となります。

学校に子どもを通わせるということは潜在的にはそうしたリスクをはらむものなのです。

だからこそ、いじめ対応では学校を100%信用せず、いじめ保険加入等で万が一にそなえ保護者が子どもを守るための準備をしておき、いざというとき、いじめを司法にゆだねるアクションをとることが重要です。

念のため申し上げておきますと、私立学校でも公立学校でもいじめの発生を防ぐために適切な教育活動をし、いじめがおきたときに適切な対応を取られる学校の方が多いことを私は信じています。

それでも、学校や教育委員会が不適切な対応をする可能性はあるのです。

万が一に備えるマインドと行動は、子どもを学校に通わせる保護者にとっても重要なものなのです。

おわりに

いじめ被害者へのケアや支援があまりに不足する日本

学校や校医がDさんやお子さんに与えたダメージはあまりに深刻です。

Dさん自身は校医以外にも、校医に紹介されたカウセリング医に一時通い、高額の料金を支払ったそうです。

日本スポーツ共済振興センターの災害共済給付の対象外の、保険適用されない高額治療であり、いじめ被害者やハラスメント被害者等をターゲットとしたビジネス目的の精神科医だったそうです。

疑問を感じ、Dさんはその精神科医への通院はやめたそうですが、カウンセリングと称して多額の金銭負担を弱ったいじめ被害者やハラスメント被害者に負わせる精神科医の姿勢には不信しかなかったとのことです。

Dさんに、いじめ被害者やその家族に必要なケアや支援は何ですかと聞いたところ、経済的支援といじめ被害者に関わる医師や専門職から悪質な人々を排除する仕組みをあげられました。

いじめや不登校の当事者や家族は、精神的に深く傷つき、また心も弱り切っています。

A校の不適切な対応の中で、いじめ被害者のケアをする校医、専門医、あるいは不登校対応をするはずの校内コーディネーターの心無い対応に傷ついてきたDさんだからこそ、いじめや不登校に苦しむ子ども若者やその家族を傷つけたり経済的に搾取しようとするような悪質な支援者が近寄らないでほしいとの思いが強いことを、私も理解しました。

現在のいじめ防止対策推進法の仕組みは、被害者が自殺に追い込まれたり、心身を深く傷つけるいじめに対応しようと学校側に多くの義務を課すものになっています。

その仕組みは重要であるものの、被害者や家族のケアや支援の仕組みは脆弱ではないかという疑問はあります。

また私立学校にとってはザル法とも呼ばれる実態があります。

この問題については、引き続き私立学校でのいじめ被害の課題や、いじめ防止対策推進法の意義と課題、そして改善策、加害者への少年司法制度を利用した加害行動の改善アプローチなどを考えていきたいと思います。

これらの課題は大きくいえば、いじめを含む学校での犯罪や人権侵害について、その予防や対応を含め教育と司法とのよりよい連携についても考えていくことでもあります。

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

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