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開始2時間で74手! 注目の棋聖戦第3局は渡辺明棋聖、藤井聡太七段ともに研究十分で異例のハイペース

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 7月9日9時。東京都千代田区・都市センターホテルにおいて第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第3局▲藤井聡太七段(17歳)-△渡辺明棋聖(36歳)戦が始まりました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 満天下の注目を集める本局は、最初から最後まで、動画で中継されています。

 もし1989年に現在のようなインターネット中継がおこなわれていたら、竜王戦七番勝負・島朗竜王-羽生善治六段戦や、棋聖戦五番勝負・中原誠棋聖-屋敷伸之四段戦なども、将棋ファンは朝から夜までずっと観ていたことでしょう。

 本局の対局場は都内の都市センターホテル。近年、何度かタイトル戦がおこなわれているところです。

 昨年の王位戦七番勝負第7局も都市センターホテルで指されています。

 昨年の感動的な木村一基王位の誕生。それから時を経て、現在はその木村王位に藤井七段が挑戦しています。

 王位戦、棋聖戦、その他多くの重要な対局が続いていく藤井七段。ハードスケジュールの中でも底しれぬ実力を発揮して、棋聖位獲得まではあと1勝と迫っています。

 8時42分頃、藤井七段が対局室に姿を見せます。本日の和装は、渋い色目の緑の羽織でした。部屋の入口に近い下座に着き、信玄袋から扇子やハンカチを取り出して、座の近く、畳の上に置きます。そしてポットから冷たいお茶をグラスに注ぎ、口元のマスクをずらして、お茶を飲みました。

 8時48分頃、渡辺棋聖入室。かつては現在の藤井七段のように、次代をになう大器と見られた渡辺棋聖。現在は王者として、若き挑戦者を迎え撃つ立場に回りました。

 昨年の7月9日は、ちょうど渡辺棋聖誕生となった日でした。

 8時52分頃、両対局者ともに駒を並べ終え、静かに開始の時刻を待ちます。

 本局の立会人を務めるのは青野照市九段(67歳)。現役棋士では2番目の年長者となります。

 先日は最年長の桐山清澄九段(72歳)が現役続行を決めるという快挙がありました。

 9時。立会人の青野照市九段が声をかけます。

青野「定刻になりましたので、藤井挑戦者の先手番で始めてください」

 両対局者は「お願いします」と言いながら深く一礼。対局が始まりました。

 将棋の番勝負では、先手番は交互に入れ替わります。本局では藤井七段が先手。まずはいつも通りお茶を飲んだ後、飛車先の歩を突きました。

「矢倉がなくなりました。これは角換わりが見られるのではないでしょうか」

 とABEMA解説の高見泰地七段。第1局では、藤井七段は最初に角道を開け、矢倉で臨みました。本局では角換わりか、それとも相掛かりか。

 渡辺棋聖もまた、飛車の頭の歩を手にして、一つ前に進めます。ここで報道陣が退出。カメラのシャッター音も消え、対局室に静寂が戻りました。

 3手目。藤井七段は角道を開けます。以下は現代将棋界の最前線である角換わりへと進みました。両対局者ともに実戦経験豊富であり、また研究十分です。

 対局の進行の早さに関しては、いくつかのパターンが見られます。近年では、両者の想定が合致すれば、消費時間を節約して飛ばし、驚くほどに先まで進むことがあります。本局はそうした進行となりました。

 藤井七段は桂を成り捨て、渡辺陣に生じたスキに角を打ち込みます。かつてのタイトル戦であれば考えられないような早い進行です。対して渡辺棋聖も時間を使わずに応じていきます。

 60手目までは4月17日におこなわれた竜王戦2組準決勝▲佐々木勇気七段-△松尾歩八段戦と同じ局面です。その一局は終盤で千日手となりました。

 61手目。藤井七段は2筋の歩を突きます。ここで前例から離れました。▲佐々木-△松尾戦では歩をあとで突いて、相手が同歩と応じる展開にはなりませんでした。本局のように先に突いておけば、後手は同歩と取ることになります。

 藤井七段は角を切って金と刺し違え、攻めを続けていきます。渡辺棋聖はあえて藤井七段にと金を作らせる順を選びます。これも研究なくしては、すぐには指せない順でしょう。

 67手目、藤井七段が6筋に歩を成った局面。角換わりでは後手番を持って指すことが多いという解説の森内俊之九段は、次のように語っています。

森内「この局面は考えたことがありますけども、けっこうこのあと、すごく複雑になるんで」

 これだけ中盤の奥深くまでそれぞれの棋士によって研究されているのが、現在の将棋界の状況のようです。

 藤井七段は銀を取ることができました。駒割は▲金銀△角桂の交換。損得勘定は難しいところです。

 渡辺棋聖は藤井七段の2筋の歩の突き捨てを利用する形で、四段目に進んだ歩を土台にして桂を跳ね、その利きにと金を作ります。

 10時45分の時点で70手まで進みました。すでに夜戦の佳境のような雰囲気です。

 そろそろ一段落する頃合いか・・・と素人目に筆者が思ったところで、藤井七段はわずか4分の考慮で、と金を取り払います。渡辺棋聖は取れる金をすぐに取らず、藤井玉上部で歩を突き捨て、空いた空間に歩を打って、王手をします。

 この局面で11時を過ぎました。持ち時間4時間のうち、消費時間は藤井43分。渡辺32分。ここまでおそるべきハイペース。このあとはいったい、どうなるのでしょうか。

 棋聖戦五番勝負の対局は昼食休憩をはさみ、夕方から夜にかけて決着するのが通例です。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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