東方Projectが神社と初の正式コラボ 「聖地」神主明かす、受け継がれし神田明神のDNA
元は弾幕シューティングゲームで知られる『東方Project』。同人サークルの「上海アリス幻樂団」を主宰するZUN(ずん)さんが1996年から30年近くにわたり制作を続けている作品で、2023年9月現在では、「上海アリス幻樂団」のものだけでも25作品が発表されています。
特にアニメを中心に、作品の移り変わりが激しい中、20年以上人気が続く数少ないコンテンツといえます。『東方Project』や「上海アリス幻樂団」という名前を知らなくても、「ゆっくりしていってね」と機械音声で読み上げる生首だけのキャラクター、「ゆっくり霊夢」と「ゆっくり魔理沙」なら知っている人もいるかもしれません。この2人のキャラクターはYouTubeの解説動画でとても良く使われています。
原作が同人で、権利関係を緩くしてあるのが特徴です。そのためファンが制作した多くの二次創作物の展開が盛んです。「ゆっくり霊夢」と「ゆっくり魔理沙」もその一つで、他にもファンによって更なるゲーム化や、アニメも多数制作されています。その自由度の高さから、『東方Project』のキャラクター達は誰でも使える、ある種の共有財産になっています。こうしたことからも、国内だけでなく世界中に根強いファンがいる作品となっています。
東方初の神社とのコラボ
『東方Project』の多くの作品では、主人公で博麗神社の巫女の博麗霊夢(はくれい・れいむ)と、その相方である霧雨魔理沙(きりさめ・まりさ)の2人が中心となって、妖怪達が引き起こす異変を解決するストーリーとなっています。
そのため、実在する神社仏閣をモチーフにした題材も少なくありません。例えばProject第7弾の『東方妖々夢』では、西行法師終焉の地として知られる大阪府河南町にある弘川寺。第10弾の『東方風神録』では、長野県の諏訪大社や、岡谷市の洩矢(もりや)神社を題材にしたキャラクターや「スペルカード」と呼ばれる必殺技が登場します。
他にも数多くの神社仏閣や、そこに伝わる数々の伝承を題材に創作しているため、元ネタを特定したファン主導で「知らないうちに『聖地』になっている」ことが起こりやすい作品ともいえます。一方で、制作時にどこか一つの神社だけを舞台にしているわけではないため、実はこれまで神社と正式にコラボをしたことがありませんでした。
そして第1弾の『東方靈異伝』から27年が経ち、初めて神社と正式にコラボすることになります。コラボ先の神社は東京都葛飾区にある「五方山 熊野神社」で、ファンからは第11弾の『東方地霊殿』とゆかりのある神社とみられています。「五方山 熊野神社」は999~1003年の長保年間に安倍晴明が創建した、葛飾区最古の神社として知られています。
コラボの経緯と内容
『東方地霊殿』には霊烏路空(れいうじ・うつほ)というキャラクターが登場するのですが、この空というキャラクターは全国の熊野神社の主祭神の使いとされる八咫烏(やたがらす)をモチーフにしています。
そのため、この空ファンにとっては全国の熊野神社に詣でる動きがあったのですが、中でも「五方山 熊野神社」の五角形の中に八咫烏がいる紋章が、作中4面の地霊殿ステージの背景に登場するステンドグラスの八咫烏の紋章とそっくりだと話題になっていました。
「五方山 熊野神社」の宮司を務める、千島俊司さんはこう振り返ります。
「少なくとも5年以上前から当社の八咫烏の紋章を撮影して帰られる方がいらっしゃったと思います。最初は何が目的なのかわからなかったのですが、数年前にお声をかけたところ、『東方地霊殿』というゲームに登場する紋章と似ていると教えていただきました」
そこで、神社として何かファンをもてなすことができないかと思い、千島さんは神田明神(東京都千代田区)でコラボグッズや、毎年8月の「納涼祭り」を長年手がけている友岡康祐さんに相談します。そこから1年以上の時間をかけ、初の公式コラボが実現した形になりました。
コラボでは、お守りや絵馬といった授与品のほか、缶バッジやアクリルスタンド、御朱印帳やタペストリーなどといったグッズが販売されます。熊野神社におけるグッズの授与は、神社の「熊野祭」期間中の9月22日(金)からになりますが、9月16日(土)から10月2日(月)にかけて、秋葉原のソフマップAKIBAアミューズメント館の6階「アニメガ×ソフマップ」でもグッズが販売されます。この他、グッズを製作した企業「クラックス」の公式通販サイトで通販も実施されます。
熊野神社と神田明神の繋がり
千島さんがコラボの相談をした神田明神は、これまで『ラブライブ!』や『バンドリ!』、『ご注文はうさぎですか?』や『ホロライブ』など数々の作品とコラボしてきている歴史があります。そして神田明神は、実は千島さんの元職場にあたります。千島さんはこう説明します。
「実は神田明神の戦後の歴代宮司がこの『五方山 熊野神社』の宮司を兼任しておりました。私も10年ほど神社の宮司と兼任という形で神田明神にお仕えしておりました。その時からアニメやアイドルなどとコラボして共存する様子を間近で見ていましたので、熊野神社も『東方』のキャラクターとコラボすることになんの抵抗もなかったですね」
元々神田明神にいたのもあり、作品とコラボする際に誰に相談すればよいかがわかっていた強みがありました。そのため、「五方山 熊野神社」の専任になっても比較的スムーズにコラボを進められたといいます。まさに神田明神の出身者がそのアニメやゲームとのコラボのノウハウを他の神社に広げた形ともいえます。
安倍晴明巡る様々なご縁
「五方山 熊野神社」は安倍晴明が創建した経緯から、元々陰陽師ファンも詣でる神社だったと千島さんはいいます。2015年7月にフィギュアスケートの羽生結弦選手が『SEIMEI』という曲をフリープログラムで使用した際には、多くの羽生結弦ファンが神社を訪れたといいます。
陰陽道をもとに創建されたことから、境内が魔除けの五角形の形をしているのも特徴です。そして、近年ではこの五角形繋がりで、ある作品のファンも訪れていると千島さんは話します。
「サッカー漫画の『ブルーロック』のファンの方も訪れるようになっています。元々熊野神社の八咫烏は日本サッカー協会のシンボルになっているのですが、この繋がりと、『ブルーロック』の監獄が五角形をしていることから、当社を選んでお参りされているようです。『東方』も五角形の中に八咫烏がいる紋章がきっかけでしたし、晴明さんによる不思議なご縁を感じますね」
千島さんは今後、「『ブルーロック』など『東方』以外の作品ともコラボを積極的に進めていきたい」と話しています。
「五方山 熊野神社」のように、神社側が知らないうちにファンが「聖地巡礼」していることは珍しくありません。このような動きに上手く立ち回れる神社が少しでも増えればいいなと思います。
(写真は全て筆者撮影)
(c)上海アリス幻樂団