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ホテルの「朝食サービス」を手堅い事業に育てる島根・松江の飲食企業の狙いとは

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
地元の食材で組み立てた朝食は旅行者にとって貴重な思い出となる(筆者撮影)

島根県松江市に本拠を置く株式会社RC・クリエイティブグループ(代表取締役社長/中村友樹、以下RCと表記)は、飲食店をはじめクラブ・ラウンジの経営、運転代行、水産物の加工販売など、飲食業をベースに多角的に事業を展開している。第36期となる2023年7月期で年商8億円(グループ全体)となった。その同社では、2021年12月よりホテルの「朝食サービス」の運営受託に取り組むようになり、一事業として位置付け、全国的に展開しようとしている。

松江市の人口は2023年12月末で19万6021人(住民基本台帳登録数)、2023年は1年間で424人の減少となっている。島根県の県庁所在地であり、西日本では支店経済の中核都市。その中にあって、全国の地方都市が共通して抱えている「人口減少」の懸念は、松江の経営者にとっても同様である。

RCが営む世界は「人」を対象としており、新たに事業化したホテルの「朝食サービス」は、「人」に関わるビジネスの課題を解決する意義が大きく、この分野の商売にとって参考にしたいポイントが存在している。

ホテル内営業でノウハウを積む

RCの会社設立は1989年6月。創業者は同社現会長の中村善次氏(69歳)である。中村会長は、大阪生まれの大阪育ち、学生時代に飲食業を立ち上げたという起業家である。では「なぜ松江なのか?」。それは当時の中村会長に「松江は競争が少ないだろうから、商売を大きくすることができるのでは」という予想があったから。大阪から複数の仲間と一緒に松江に移住したということで、いきなり二つの飲食店で商売に取り掛かり、今日に至っている。

現在の中村社長(38歳)は、中村会長の子息で、松江で生まれ育ち、関西の大学に進み、情報分野大手の大阪支社で営業マンを務めていた。その後、父から再三「松江に帰ってきてほしい」と請われて、事業を継承する決意でRCに入社したのが2011年11月のこと。本部にいて資金繰りに奔走し、並行して飲食店を運営する、という具合にマルチに実績を積んだ。2019年6月に代表取締役社長に就任。

中村社長によると「私が入社した当時から、事業再編を進めていて、新しい事業を切り拓く必要性があった」とのこと。祖業である飲食店経営では、ホテル内で営業している飲食店が、夜の居酒屋営業の一方で、朝の時間帯でホテル宿泊客に向けた「朝食サービス」を行っていた。それが同社のノウハウとなっていた。中村会長は「ホテルに構えた店舗で、フルタイムに盛業させる」ことを方針としていたが、中村社長は「時間帯別に変化するマーケットに対応するべきだ」という考えを抱いていた。そして「朝食に特化した」という事業は、手掛けている企業がほかになく「RCにとって大きな差別化になる」と、その機をうかがっていた。

祖業である飲食店経営では、ホテル内に出店した和食店で夜は居酒屋営業を行う一方、宿泊客に向けて朝食サービスを行い、この分野のノウハウを築いてきた(筆者撮影)
祖業である飲食店経営では、ホテル内に出店した和食店で夜は居酒屋営業を行う一方、宿泊客に向けて朝食サービスを行い、この分野のノウハウを築いてきた(筆者撮影)

2020年に入り、松江市より西へ35キロ離れた出雲市の駅近くにホテルの建設計画が立ち上がった。同ホテルでは、飲食部門の運営を外部に委託する方針で、RCでは同ホテルの「朝食サービス」を受託することの名乗りを上げた。そして、メニューづくりについてホテル側と検討を重ねて、2021年12月のオープンと同時に同ホテルの「朝食サービス」を運営するようになった。

スタートした当時はコロナ禍の真っ最中である。飲食店経営は苦難を強いられていたが、後述するホテルの「朝食サービス」特有の事業構造が、RCにとって大きな支えとなった。

短時間就労の需要が多いことに気付く

「朝食サービス」に際して、ホテルから依頼されたことは「地元の食を大切にして、観光のお客に『出雲らしさ』を感じていただきたい」ということ。ここでは、和食と洋食の二つの定食で提供するが、使用している地元産食材の由来を、テーブル上のPOPスタンドで詳しく説明している。

洋食でも地元の食材をふんだんに使ってバラエティ豊富なメニュー構成にしている(筆者撮影)
洋食でも地元の食材をふんだんに使ってバラエティ豊富なメニュー構成にしている(筆者撮影)

ホテルの宿泊プランには「朝食付き」が設定されているが、このうち朝食は2000円で設定している。メニューは和食と洋食のセットの2種類。和食の需要が多い。ビュッフェ形式でカレーやそば、パン、さらにデザートでは定食のプリンのほかに、最中を手づくりで楽しむことが出来るようにしている。

RCでは松江の本社にセントラルキッチンを設けていて、技術を要する調理はここで行っている。ホテルの厨房では「切る」「焼く」だけで、効率よくセッティングできるようにしている。勤務時間は5時から11時まで。とはいっても、9時過ぎに朝食をとる人は少なくなることから、厨房の人員も少なくて済む。

このホテルの収容人数は約120人。取材をした2月3日は出雲観光の閑散期にあたり、この日の朝食は30食。この場合、厨房の人員は2~3人で運営が出来る。忙しいときは100食を超えて、この場合は4~5人で対応する。人員の確保は人材マッチングサービスの業者に依頼している。

中村社長によると、「朝食サービス」を手掛けるようになって、短時間就労の需要がたくさんあることに気付いたという。属性や年代はさまざま。学生も多く、朝5時から9時まで就労して、その後学校に行くというパターンが見られる。

「投資」がなく「売上」が読める事業

中村社長によると、ホテルの「朝食サービス」は、運営を受託した事業者はホテルの方針に従ってメニューを提供する仕事であるが、一般的な飲食業にはないメリットが数多く挙げられるという。

まず、運営を受託した事業者にとって大きな「投資」を必要としない。使用する食器などはホテル側のものを使用する場合もある。

一日の「売上」が読める。30食の場合はざっくりと6万円。100人を超えると20万円以上。「コロナの最中に飲食事業は壊滅的だったが、ホテルの朝食サービスに大いに助けられた」(中村社長)という。さらに、お客様を獲得するための「宣伝」が必要ない。 

朝食付きプランの「予約」があった段階で、ホテル側がRCから朝食を買うことになることから「キャンセル」はない。飲食店の場合、例えば30人の宴会予約があると、その準備のための労力は大変なことで、キャンセルになると、ダメージはものすごく大きい。しかしながら、「朝食サービス」にはそれがない。

お客から「あそこのホテルの朝食っていいね」というコメントをいただくことが、ホテル側の願いをかなえること。そこで、ホテル側のニーズをしっかりと満たすことによって、さらにチャンスが訪れることになる。

RC・クリエイティブグループが「朝食サービス」の運営を受託しているホテルの一例。ビュッフェコーナーも設けてメニューを充実させている(筆者撮影)
RC・クリエイティブグループが「朝食サービス」の運営を受託しているホテルの一例。ビュッフェコーナーも設けてメニューを充実させている(筆者撮影)

飲食業のノウハウが活かされる新しい形

あってはならないことだが、「朝食サービス」の勤務は朝早いことから「遅刻」ということは起こり得ること。宿泊客が朝食のお金を事前に支払っているにも関わらず「朝食が食べられない」ということになると、ホテル側に大きなダメージをもたらすことになる。

RCでは現在、ホテルの「朝食サービス」を、島根・松江、島根・出雲、鳥取・米子、兵庫・神戸と7カ所で行っていて、事業所が点在していることから、厨房での就労状況のガバナンス(=管理)のために監視カメラを設置していている。

基本的には、施設ごとにアルバイトリーダーを設けて、仕入れもシフトコントロールもきちんと出来るような体制を整えている。そして、RCの現場担当者とホテルは朝食サービスを通じて共同体的な意識を抱いていて、本当に緊急事態となって、ホテルの従業員に手伝ってもらったこともあったという。

「朝食サービス」の内容は、ホテル側からの委託内容によって変化する。この事業の第一弾となった出雲の場合は前述の通りだが、インバウンドの多い神戸の場合はビュッフェ形式で品数を多くして提供している。いずれにしろ、委託内容はケースバイケースとなり、それが「朝食サービス」のノウハウを豊かにしていくことになる。

島根県松江市に本拠を構えてさまざまな事業を推進するRC・クリエイティブグループ代表の中村友樹氏(渡辺紘奈撮影)
島根県松江市に本拠を構えてさまざまな事業を推進するRC・クリエイティブグループ代表の中村友樹氏(渡辺紘奈撮影)

また、これによって得られたこととして「雇用」の可能性の拡大が挙げられる。これまで飲食業が就労先として敬遠されがちだった要因として「長時間労働」があった。しかしながら、「朝食サービス」の就労時間は 早朝から昼までなので、就労する個人のもう一つの目的である育児やダブルワークといったことに充てることができる。こうして雇用機会が広がることになる。

RCにとって、「朝食サービス」を開始した当初と比べると、売上は5倍程度になっている。1カ月の売上は1000万円、1年で1億2000万円のペースとなっている。現状は7カ所だが、年内中に10カ所、来年には15カ所程度に拡大したい意向だ。

「これからはホテルの朝食に加えて、食のニーズがありながら運営に困っているところ、例えば大学の飲食施設などから運営委託を受けるという可能性もあるのではないか」

このように中村社長は語り、飲食業として培ってきたノウハウを活用する展望を描いている。

東京・有楽町で営業する居酒屋「主水」は、昨年10月に開催された「第16回居酒屋甲子園全国大会」で準優勝に輝いた(筆者撮影)
東京・有楽町で営業する居酒屋「主水」は、昨年10月に開催された「第16回居酒屋甲子園全国大会」で準優勝に輝いた(筆者撮影)

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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