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衆議院議員選挙に立候補するには費用がいくらかかるのか、選挙とお金のリアルな話

大濱崎卓真選挙コンサルタント・政治アナリスト
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 毎年のように騒がれる「政治とカネ」の問題が、今年も注目を集めています。去年は河井案里参院議員の選挙違反事件に際し、自民党本部から1億5千万円という膨大な金額が供出されたことが話題となりました。また、最近では誕生したばかりの菅内閣で初入閣の閣僚に政治とカネの問題があるのでは、との週刊誌報道が出ています。国会議員というと相当なお金持ちというイメージを持たれる方も多いと思いますが、実態としてはかなり生活の厳しい議員や資金繰りに困窮する議員が多いこともまた事実です。そこで今回は、衆議院議員総選挙で当選するために必要となる費用について紐解いていきたいと思います。

選挙期間中の出費で1,500〜2,000万円程度

 我が国においては、衆議院議員であれば25歳以上、参議院議員であれば30歳以上の日本国籍を持つ者であれば(公民権が停止されているなどごくわずかな例を除き)誰でも立候補をする権利(被選挙権)を有しています。それでも、2017年の衆議院議員総選挙に立候補した人数は、たったの1,180人。そもそも立候補する人の数が限りなく少ないのが実情です。衆議院議員総選挙の場合、小選挙区制のために政党に所属していない議員が当選する可能性は少ないことや、後に説明する供託金が高いことなどが立候補者数の少ない要因と言われています。では実際にどのぐらいの費用がかかるのでしょうか。

 供託金とは、立候補に際して立候補者が法務局にお金を供託するもので、簡単に言えば「エントリー料」のようなものです。当落にかかわらず一定の票数以上(このボーダーラインを「供託金没取点」と呼びます)を獲得すればこの供託金は全額返還されますが、下回れば供託金は1円も返ってきません。衆議院議員総選挙の場合、供託金は小選挙区、比例代表でそれぞれ300万円。小選挙区で出馬して比例重複した場合には600万円かかります。当選が確実視される候補者でも一時的には供託という形で手元から消えるお金ですから、用意しないわけにはいきません。ちなみに、衆議院小選挙区の供託金没取点は「有効投票総数の10%」と定められています。

 次に、選挙用品です。一般的に「選挙」といってイメージをされる選挙ポスターや選挙カー、選挙ビラや選挙はがきは、実は国から費用の補助が出ます。これは「選挙公営」と呼び、候補者間同士の選挙運動の機会均等を図ることを目的としています。ポスターやはがきといったツール毎にそれぞれ最大枚数や単価が細かく決まっており、選挙区によってポスター掲示場の数なども異なることから一概には言えないのですが、おおよそ300〜400万円程度が選挙公営として公費で負担されます。ただし、先述の「供託金没取点」を下回ると、この公費負担もなされないために、最終的には候補者が自ら負担することになります。また、これらの公費だけでツール類を十分まかなえるかというとそういう訳ではなく、選挙ビラの折り込み費用や看板の設置工事費用、はがきの宛名印刷などの費用は自己負担する必要があります。そのため、選挙期間中の印刷物等の費用は公費分を入れれば500万円以上、自己負担のものだけでも200万円以上はかかることになります。

 更に、人件費です。選挙カーの運転手だけは公費負担制度がありますが、それ以外はすべて自己負担です。ウグイス嬢や事務員などの給料にも日額上限が細かく定まっており、おおよそ100万円ほどがかかるとみて間違いないでしょう。それ以外の選挙運動をしてくれる人には公職選挙法上お金を払ってはいけないこととなっており、仮に払うと運動員買収という犯罪にあたります。一方、ボランティアとして来て下さる方の交通費などを負担することは問題ないため、こういった交通費などで数十万円はかかることがあります。

 選挙では選挙事務所を借りる必要があります。応接スペースや事務スペース、休憩スペースがセパレートされていて、駐車場があり、かつ人目につきやすい駅前や国道沿いの物件となると、店舗営業の立地から見ても好条件の物件で、賃料は高くなる傾向にあります。実際に借りる期間は1ヶ月程度とはいえ、敷金や礼金をきちんと払ってしまうと数百万円もかかるケースもあります。ある程度良心的な契約でまとめてもらったとしても、これまでの実体験から100〜200万円程度はかかることが一般的です。さらに机や椅子、棚や金庫といった什器類のレンタルに加えて、電話回線工事などの内装工事を行うと、これに加えて150万円程度の費用は覚悟しなければ成りません。

 これらを併せれば、供託金や公費負担分など最終的に候補者に戻ってくるお金を除いても600〜800万円程度は見込む必要があり、仮に供託金没取点を下回った場合の自己負担分まで考えると1,500〜2,000万円程度が選挙期間中にかかることがわかります。

選挙期間前にも1,000万円近くの費用がかかる

 それに加え、「選挙期間中」と先ほど断りを入れた通り、実は選挙期間前にも相当な費用がかかります。

 例えば、衆議院議員総選挙の場合、これまでほとんどの選挙は任期満了ではなく「解散」を理由に行われてきました。国会で解散詔書が読み上げられた時点で衆議院議員は失職することとなっていますから、実は選挙の時点で「現職」という候補者はいないことになります。そうなると、当然ですが「衆議院議員」と書かれているポスターや名刺などは使えないことになりますから、短期間のこととはいえ印刷物の刷り直しが発生します。例えば名刺ひとつでも解散から当選までの間に使うのは「前議員名刺」と呼ばれるものです。この名刺を使うのは衆議院議員の任期(最大4年)のうちたったの1〜2週間ですが、とはいえ選挙前の大事な時期に名刺を配らないわけにもいかず、「衆議院議員」名刺を配ることは(事実と異なるために)違反となるわけで、刷り直しが必要になるのです。

 ポスターも同様です。街中には様々なポスターが貼られていますが、選挙前になると「2連ポスター」と呼ばれる、政治家が2人以上写ったポスターに切り替えなければなりません。衆議院議員総選挙の場合には所属する党の党首・党役員と候補者との2連ポスターが作られますが、これも解散をした日の翌日からは、候補者単体のポスターを選挙区内に貼り続けることが違反になるからです。街中のA1ポスターは1枚あたり数百円程度するもので、貼付枚数によっては張り替え作業だけで数十万円かかることもあります。その他、短期間とはいえ刷り直しが必要な印刷物だけで100万円近くはかかるでしょう。

 

 そして最も費用がかかるのは、選挙前のビラや機関紙号外と呼ばれるものでしょう。公職選挙法の取り決めで、選挙期間中に選挙区内で配布できる文書には種類や枚数に厳しい制限があります。そのため多くの候補者は選挙期間前に、「候補予定者」としての自身の政策や実績を、ビラや政党機関紙の号外という形で頒布します。例えば衆議院の小選挙区はおおよそ人口40万人を目安に構成されていますが、世帯数が18万世帯として印刷1枚4円、ポスティング(もしくは新聞折り込み)1枚5円とすると、小選挙区全体にビラを入れるだけで約150万円近くの費用がかかることになります。これを短期間に繰り返すことで、費用は300万、450万と倍々ゲームのように膨れ上がります。

 さらに、政党所属議員の場合には決起集会などのイベントも通例行われてきました。最近はコロナ禍で選挙のやり方が大きく異なりつつあり、こういった大規模イベントをどこまで開けるのかも難しいところですが、これまでであれば1,000人規模の集会を開くことが出来るホールや設備などの借用、垂れ幕や配布物の準備、党員や支援者への郵送などでの案内などで1回100万円単位の費用がかかります。選挙区が広い場合や収容人数の都合からこういったイベントを複数回実施すれば、当然回数分の費用がかかることになります。

 これらの金額を足すと、選挙期間前の時点から500〜1,000万円近くのお金がかかることになります。これらの費用は直接選挙のために使ったものではないために、「選挙会計」とは異なる「政治団体収支報告」という別の会計に報告されます。そのため、「選挙会計」に計上された1,000万円程度の金額だけをみて意外と安いものだという認識を持つ方も多いのですが、実態としては選挙前と選挙中を併せて2,500〜3,000万円程度の支出をするのが一般的だと言えるでしょう。

選挙会計には「収入の部」もあるが

 公職選挙法では、選挙に立候補した候補者は金銭として寄附を受け取ることができると定められています。もちろん金額などに制限があるほか、原則としてこの寄附は収支報告として公開されることになっています。ここまで多くの支出に焦点を当ててきましたが、はたして収入はどの程度あるものなのでしょうか。

 現職(直前に解散しているので厳密には前職)の衆議院議員が選挙に出る場合などでは、地元の業界団体や資産家、コアな支援者などが「陣中見舞い」という形で金銭を寄附することもしばしば見られます。ただし、その金額は寄附する方によっても大きく異なり、1万円程度から数十万円のような陣中見舞いまで様々です。また、選挙前に政治団体に寄附をするケースなどもあり、多種多様な寄附が集まると言えます。これに加えて政党の公認候補の場合には公認料が出されることもあります。例えば、「公認料」制度が存在しているとある政党では、公認が決定している候補者に対して選挙直前に公認料として1,500万円が供出されるという取り決めがあります。一方、財政状況などからこういった「公認料」制度が無かったり、反対に「公認申請料」などと称して候補者から政党にお金を納めさせるような政党も存在します。このあたりは政党の懐事情や候補者の擁立状況などによって大きく変わることもあります。

 話を選挙費用に戻した上でこれまで述べてきたことをまとめると、当選回数の少ない候補者の場合は支出で2,500〜3,000万円程度、収入で数百〜2,000万円程度というのが、衆議院議員総選挙にかかるお金の一つの目安になると思います。地理的事情や選挙戦略、選挙区の候補者擁立状況や支援者の数などによってこの金額はいくらでも上下しますが、大事なのはこれだけのお金をかけても当選が保証されているわけではないということです。それだけの準備と費用をかけなければならない選挙制度・供託金制度にも課題は多いため、今後は選挙戦全体にかかる費用を出来る限り抑えて、より多くの立候補者が増えるような環境づくりが求められるようになるかもしれません。

選挙コンサルタント・政治アナリスト

1988年生まれ。青山学院高等部卒業、青山学院大学経営学部中退。2010年に選挙コンサルティングのジャッグジャパン株式会社を設立、現在代表取締役。不偏不党の選挙コンサルタントとして衆参国政選挙や首長・地方議会議員選挙をはじめ、日本全国の選挙に政党党派問わず関わるほか、政治活動を支援するクラウド型名簿地図アプリサービスの提供や、「選挙を科学する」をテーマとした研究・講演・寄稿等を行う。『都道府県別新型コロナウイルス感染者数マップ』で2020年度地理情報システム学会賞(実践部門)受賞。2021年度経営情報学会代議員。日本選挙学会会員。

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