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異種目から学ぶということ

林壮一ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
撮影:筆者

 中央大学非常勤講師で、同大学サッカー部のコーチを務める高橋龍之介(30)は、谷口将隆のトレーニングを見学した数日後、ワタナベジムを再訪問しボクシングを体験した。

 日本が初めてワールドカップ出場を決めたフランスW杯最終予選でVゴールを決めた“野人”こと岡野雅行は、現役時代、キャンプ前にボクシングジムに通っていたそうである。異種目からサッカーにプラスになることを学ぼうとする高橋の貪欲さも、野人と同じように確かなものだった。

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 午前7時前にワタナベジムに到着した高橋は、同年代の安川翼トレーナー(32)から、マンツーマンで指導を受けた。もちろん、ジャブからである。鏡の前でのシャドウボクシング、ミット打ち、サンドバッグ打ち、スピードボールと、安川が組んだメニューを、ひとつひとつこなした。

撮影:筆者
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 1時間強のボクシングトレーニングを体験した高橋は、数週間後、そのレッスンを振り返った。

 「初めてボクシングを体験してみて、自分の頭の中でイメージしている動作と実際に動かしている体の動きの違いを修正するのに苦労しました。その反面、こうした苦労こそが、スポーツをすることの楽しさや技術向上、そして今いる場所よりも上のステージにチャレンジする可能性を高められるといったこと、またスポーツや教育をする上でのコアというか原点を再認識する事ができました。

 具体的にはその局面に100%集中し、今何が起きているのか、そして何をしなければならないのかを瞬時に考え、次の動きから改善していくといった事の重要性を、改めて認識させられました」

 サッカーでは上半身を高強度で使う事が少ないため、数日間は、上腕三頭筋と広背筋筋肉痛になったと笑った。

撮影:筆者
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 ボクシング体験を、ほんの僅かでも中大サッカー部で選手と向き合う際に生かせればいいですね、と筆者が告げると高橋は深く頷きながら応じた。 

 「そうですね。先ほども述べましたが今回のボクシング体験で目の前で起こる場面に100%集中して、今何が起きているのか、そして何を改善しなくてはいけないのかを瞬時に考えて、次の動きから改善していくといった事の重要性を再認識させられました。

 私は常々、現在の選手又は学生はトレーニングや課題を自らやっているのではなく、やらされている。また、やらされているという感覚すらも持たずにただ流れ作業のように行動する選手や学生が多いと感じます。この様な現象が起きている一つの要因として、今この瞬間の自分自身の現状、状況が理解できていないのではないのかなと考えます。

 今の自分自身の現状、状況が分かっていなければ修正につながりません。それはスポーツのコーチ、教師などの考え方、伝え方が原因ではないのかと私は感じるのです」

撮影:筆者
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 中大卒業後、オランダとドイツでプレー。ドイツではコーチとしてのキャリアをスタートさせ、かつ大学院生としてアメリカ生活を経験した高橋は、日本という国を外から見詰める癖が付いている。

 「私は海外で長く生活をしてきて、手取り足取り優しく色々な事を教えられた記憶がありません。分からない中で、自分で答えを作り出すために現状を理解し、改善し、考えて解答を作り出してきました。しかし、最近日本に帰ってきて感じることは、大人(スポーツコーチ、教師)が選手や学生に考える時間を与えずに、直ぐに答えを与える。またその答えにフレキシブルさがないといった事です。そんな事例を実に多く、目の当たりにしました。学生や選手の成長を止めているのは、そういったことに起因しているのではないかと、今回のボクシング体験を通じて今一度認識しました。

 選手や学生に輝いてもらうため、成長してもらえるように私も日々努力をして頑張りたいと思います」

撮影:筆者
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 一方、サッカーコーチと触れ合った安川も語った。彼は中高時代にサッカー部に所属し、左サイドハーフだった。ワタナベジムのトレーナーとなって、2年目を迎えたところだ。

 「高橋さんは、自分ができていないことに関して丁寧に向き合っていましたね。何ができていないかをしっかり考えて、僕に質問していました。

 アスリートは、自身が選んだ競技が上達すればするほど、使う筋肉が決まってくるので、今回のように別競技を習うのは選手にとって、とても良いことだと感じます。3階級制覇王者のワシル・ロマチェンコも、ダンスやレスリングなどやっていたと聞きます。

撮影:筆者
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 高橋さんの選手に考えさせることが重要というコメントについては、心から共感しますね。自分は新米トレーナーなので、何でもかんでも教えたくなってしまいますが、選手とコミュニケーションを取りながら、自分で考えて練習に取り組んでもらえるようになってもらいたいです」

 安川はこうも言った。

 「競技は違えど競技人口の違いから、トップ層のサッカー選手のフィジカルレベルはボクサーより優れているのではと推測します。今後も、情報交換させていただきトレーニングの参考にしたいものですね」

撮影:筆者
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 その言葉を耳にした高橋も話した。

 「正直すごく嬉しいです。やはりサッカー専門だからと言ってサッカーだけをプレー、勉強だけしていても向上するのには限度があるでしょう。また、違うスポーツを通して体の動き、考え方などが自分の専門のスポーツに還元できる可能性が大きくあります。

 安川トレーナーがこの様に専門外の知識を得ようとする事はとても素晴らしい事で、私も安川トレーナーの様にアンテナを広くひろげていきたいと思いました」

 米国の学生スポーツは、シーズン制だ。高校レベルまでは、秋にアメリカンフットボール、冬にバスケットボール、春にテニス等、一人のアスリートが複数の競技を掛け持ちする。そして自分の特性を把握し、最も適した競技は何かと自問自答できる環境がある。

 残念ながら、日本は幼少期から一つのスポーツに集中しなければ生き残れない土壌ができ上っている。

 筆者は2人の若きコーチが交流することで、何かが生まれるようなワクワク感を感じた。

ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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