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11月5日に大津波に襲われた 冷たい海水からどのように命を守るか

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
大津波で船から流された救命いかだが浮いていたらぜひ乗り込みたい(筆者撮影)

 今日、11月5日は津波防災の日です。そして世界津波の日(World Tsunami Awareness Day)でもあります。今日、もし大津波に襲われたら、冷たい海水からどのように命を守ったらよいでしょうか。

海水温の状況

 本日5日16時現在の全国の沿岸部の海水温(表面)の分布を見てみましょう。おおよそごくごく平均的に見れば20度前後と言ったところでしょうか。

 当然、日本列島の北と南では海水温は大きく変わります。北海道知床半島の先端付近では12度、東京湾で19度、日本海新潟沖では20度、和歌山県潮岬では24度、高知県足摺岬で25度、鹿児島県薩摩半島先端で24度、沖縄近海では26度です。

 海の中の季節は、陸より少し遅れるので、気温に比べると水温は幾分高い時期にあります。たとえば、北海道知床半島の先端付近での気温は6度、新潟市の気温は9度ですから、気温を比較するだけなら海の中の方が暖かいと感じてしまうかもしれません。

 それでも、水の中に身体が浸かって長くかかる救助を待つことができる水温はおよそ17度。これを切ってしまうと1度下がるごとに急激に状況が悪化します。7度以下になれば水に浸かってただちに命の危険が迫ります。太平洋側でも日本海側でも本日であれば、岩手県あるいは秋田県より北の地域が特に危険な地域になります。

東日本大震災の大津波ではどうだったか

 2011年3月11日に発生した大津波では、津波に巻き込まれた挙句、河川を津波に流されながら瓦礫とともに遡上した夫婦がありました。詳細は次を参照されてください。

妻として母として大津波に流された3.11 失敗し、そして生き抜いた日

「生き抜くチャンス」つくる防潮堤 3.11から学ぶ役割と意義

 夫婦が津波に流されている時、天候は雪。川の水温は「およそ2度くらい」と流された本人が話していました。

 夫婦は浮きつつ流されていた瓦礫の上に座っていましたが、一時男性の方は瓦礫の上から川に転落をしています。ほぼ意識を失っていた中で、冷たい水の中に浸かってしまいました。その後妻に意識を取り戻してもらい、何とか自力で再度瓦礫の上に這い上がることができました。

本当だったら命を失っていたのだが

 水温が2度だったとすれば、落水直後に全身に刺すような痛みに悶えることになります。すぐに水中から陸に上がることができなければ、早期に気絶します。本当だったら男性は命を失っていたのですが、何がよかったのでしょうか。

防寒着着用

 男性は震災時にいた会社の事務所が津波で流され始めた後、イマ―ションスーツを着ました。寒冷地での海難事故で救助がくるまで自分の体温を維持するためのスーツです。図1に示すように、着ぐるみのような雰囲気のただようもので、一般ではなかなか持っている人はいないと思います。

図1 イマ―ションスーツの一例。冷水へ転落した時に救助がくるまで待つためのスーツ。帽子と手袋の防寒には特に念を入れている(筆者撮影)
図1 イマ―ションスーツの一例。冷水へ転落した時に救助がくるまで待つためのスーツ。帽子と手袋の防寒には特に念を入れている(筆者撮影)

 ただ、11月5日であれば日頃の生活で防寒着を着ていると思います。服装は厚ければ厚いほど、衣服への海水の浸入を遅らせて、そして一度身体に触れて暖められた水を外に逃しにくくなります。とにかくギリギリまで衣服を着こみ、その上に雨合羽を着用すれば、防寒効果はだいぶイマ―ションスーツに近づきます。

 そして、頭には厚手の毛糸か水を侵入させない帽子をかぶります。頭からの熱の放散はたいへん激しく、体温低下の原因となります。もっとも重要なのは水を通さない手袋の着用です。手が冷水に浸かればすぐに動かなくなります。手が動かないとその後の上陸動作ができなくなってしまいます。それくらい手の防寒は命を守るのに重要です。

這い上がり

 防寒着をたくさん着ていれば、それだけでも十分浮力があります。その浮力を上手に活用しながら、一緒に流されている廃材などに這い上がります。とにかく水に浸かっている身体を早く水から脱出させます。

 廃材などに這い上がるために、廃材の高さはおよそ10 cm程度までです。30 cmなどの高さのある廃材などには這い上がることができません。例えば図2に示すようなサーフボードのようなものだと自力で這い上がることができます。

図2 這い上がり訓練の様子(筆者撮影)
図2 這い上がり訓練の様子(筆者撮影)

 図3は水面からの高さが30 cmほどあるフロートです。しっかりしていますからこの上に避難できればよいのですが、実際には自力で上がることができません。なぜかというと、足を掛ける梯子がないからです。フロートの表面に手を掛けつつ、両脚がフロートの下に潜ってしまって、最後は背浮きのような状況になってしまいます。

図3 大型フロートの上に這い上がろうとするが、ここまでが限界(筆者撮影)
図3 大型フロートの上に這い上がろうとするが、ここまでが限界(筆者撮影)

 図4は船の係留場所で見かけるクッションです。網でクッションが巻かれているので、この上なら乗れるだろうと想像するのですが、図で示したように、1人でも2人でも挑戦してみますが、上に完全に上がることはできませんでした。下半身は水中に没したままですが、網につかまって呼吸を確保することはできます。

図4 船の係留に使うクッションは、2人1組でここまで這い上がりが可能だ(筆者撮影)
図4 船の係留に使うクッションは、2人1組でここまで這い上がりが可能だ(筆者撮影)

まとめ

 11月5日の大津波であれば、万が一津波に追い付かれてしまったら、岩手県や秋田県より南の日本列島沿岸にお住まいなら、まずは浮いて呼吸を確保することに全力を注ぎます。それより北であれば、ただちに水中から這い上がることを考えます。まよわずできるだけ身近の廃材に這い上がるようにしましょう。

 カバー写真に示したように、津波に襲われた船から救命いかだが流出して浮いたら、乗り込んで救助を待つこともできます。

 いずれにしても、そうなる前に警報や注意報で一目散に高台に避難することが肝要です。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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