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中国共産党の「歴史決議」が恐れられる理由

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
北京のショッピングモールの大画面に映し出される習近平氏(写真:ロイター/アフロ)

 中国共産党は今月8~11日に開いた第19期中央委員会第6回全体会議(6中全会)で「歴史決議」を採択した。1945年の毛沢東(Mao Zedong)、81年の鄧小平(Deng Xiaoping)の時代に続く3回目。共産党はなぜ「歴史」にこだわるのか。

◇「時代を代表する指導者」

 そもそも歴史決議とは、過去の路線や思想を振り返りつつ、新方針を示すためのものだ。1度目の毛沢東による「若干の歴史問題に関する決議」では、毛沢東路線を完全に肯定。2度目の鄧小平の「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」では、毛沢東による文化大革命や、それまでの計画経済を批判し、市場経済の意義を記した。両者とも決議によって権力を確立し、その後の国政運営の方向性を示したという経緯がある。

 今回採択されたのは「党の100年にわたる奮闘の重大な成果と歴史的経験に関する決議」で、全文は現時点では明らかにされていない。中国中央テレビ(CCTV)など国営メディアが発表した6中全会のコミュニケには、歴代指導者とその時代における成果が記され、その半分以上が習近平(Xi Jinping)総書記(国家主席)に関する記述に費やされている。そこでは腐敗撲滅、経済発展、国防力強化などの成果が強調され、「(習総書記を中心とする指導部が発足した)第18回党大会以降、中国の特色ある社会主義が新時代に入った」と称賛している。

 歴史決議によって、習近平氏が党の公式な“時代を代表する指導者”に加えられるということが承認された形となった。習近平氏の権威は高められ、「鄧小平時代の終焉」「習近平時代の本格始動」という区切りが強調されることになった。

◇歴史は「支配の道具」

 一方、この「歴史における決議」を「特異な動きのように思える」と批判的に伝えるのが米紙ニューヨーク・タイムズだ。

 この決議を「共産党の歴史の書き換え」と位置づけながら「『過去』がどう記憶されるか管理することは、中国の指導者が権威を主張する際に重視してきた」と解説している。ここで強調されているのは、歴史というものが、中国の指導者の「支配や政治的なコントロールの道具」として利用されてきたという点だ。

 例えば、中国では今年3月1日、刑法が改正され、英雄や殉教者を誹謗中傷すると、3年以下の懲役が科せられるという条文が追加された。共産党が定める英雄や殉職者を侮辱・中傷したとみなされれば、罪に問われることになるのだ。

 同紙によると、この条文は、かつては議論や研究の余地があった歴史上の出来事に関する問いかけを封じるために繰り返し使用されているという。新中国を誕生させた歴史から、2020年にインドとの国境で起きた紛争に至るまで、幅広い事象が対象となっているそうだ。

 同紙は「著名なブロガーやジャーナリストだけでなく、一般市民を投獄するのにも使われている。その意図は明らかに『中国共産党の正統性から逸脱するものに対し、強力な警告を送ること』にある」とみる。

 今回の歴史決議は、習近平氏の権力基盤が強固なものとなり、その影響が数十年先まで及ぶことを示唆している。また決議には天安門事件など過去の失敗を深く掘り下げるような記述はないと思われる。

 中国で、以前は存在していた「公式見解に異議を唱える余地」が、また狭まれていく――同紙は、専門家のこんな落胆の声も伝えている。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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