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強いバルサの本質。3ゴールより凄みを感じたスアレス「鬼の追走」

杉山茂樹スポーツライター

0−3で敗れたが、広州恒大は大善戦したと思う。というか、レベルそのものが高いチームだった。チャンピオンズリーグでいえば、あるいは予備予選の3回戦を突破し、本大会のグループリーグに駒を進めることができるかもしれないレベル。支配率で75対25の関係に持ち込まれながら、最後まで自ら崩れることはなかった。

バルサに3ゴールをもぎ取られたが、ルイス・フェリペ・スコラーリ監督の「欧州の強豪クラブでもバルサに平気で0−3で負ける」との台詞が、強がりどころか説得力のある言葉に聞こえた。

言い方を変えれば、3点すべてをマークしたスアレスの得点感覚が光った試合。「ハットトリック!」は見出しを飾る言葉として不可欠になる。だが、スアレスはゴールゲッターで、これまでにも貴重なゴールを幾度となく叩き出してきた。広州恒大相手のハットトリックに熱狂する行為は、従来のスアレス像をなぞるだけ。切り口としては平凡だ。

特筆すべきことは別にある。間近で見て、あらためて凄いなと感服したのは後半5分、2点目のゴールを決めた直後。相手のキックオフで始まったボールを、敵陣深くまで猛然と追いかけていったプレーだ。

ストライカーなら、胸トラップ&ボレーで鮮やかな2点目を決めれば、得点直後のみならず、相手のキックオフを迎えてもなお余韻に浸りがちだ。鼻持ちならない自己顕示欲をつい見せてしまうもの。スアレスも一見、そうしたタイプに見える。だが実際は、本能なのか、教育された結果なのか定かではないが、真逆だ。勤勉と言われる日本人ストライカーでも真似できない追走を披露。広州恒大はその結果、自軍深くからのスローインを余儀なくされた。

バルサの特徴のひとつとして挙げられるのは、その高いボール支配率だ。この日の支配率は75%。相手がいくら格下とはいえ、ここまで高い数値を示すチームは他にいない。巧いから。パスコースが多くパスが繋がるから。……それだけでは75%には届かない。技術比べなら、最大でも65対35がせいぜいだ。それをさらに10%超えるバルサ。学ぶべき点は、ボールを奪還する速さだ。

アッという間に奪ってしまうのは、相手が下手だからというより、バルサの奪取力が高いからだ。「パスサッカー」を表の魅力とすれば、こちらの魅力は裏。しかし、語られるのはいつも表ばかりだ。同様に裏と表があるスアレスの魅力もしかり。バルサは過去10年で4度、チャンピオンズリーグを制したクラブ。一時代を確立させたクラブに対し、表ばかりを再確認する、まさにうわべをなぞる考察を繰り返していては、時代から取り残される。

その昔、ヨハン・クライフはバルサのコンセプトについて「相手陣内でひたすらプレーすることだ」と述べ、こう続けた。「そのためにはいち早くボールを奪い返す。そしてサイドを有効に活用した攻撃を仕掛ける」。

サイドで奪われれば、真ん中で奪われるよりピンチになる危険は低い。バルサの特徴であるサイド攻撃には、並行してリスク回避の意味も多分に含まれているのだが、それはともかく、2点目のキックオフ直後に見せたスアレスの追走も、バルサを象徴したプレーになる。ボールを最適な場所で奪われ、奪われればすかさず取り返す。プラス10%の秘訣はここにある。

ルイス・エンリケが試合後の監督会見でスアレスについて述べた最初の言葉はこうだった。「ゲームを組み立てることが巧い選手だ」と。世界屈指のストライカーを指して優秀なゲームメーカーだと評したのだ。

人の気を引く、興味深い言い回しではあるが、この試合を見ていると、まさにその通り。言い得て妙だと納得させられた。イニエスタの要求にスアレスが応えるのではなく、スアレスの要求にイニエスタが応えている感じなのだ。

「中田英寿のスルーパスにFWが反応できませんでした」は、ひと頃、日本で定番となった実況アナの言い回しだ。パスの出し手こそが主役。日本にはびこる中盤至上主義を助長することになった考え方だが、これがいまなお活き続けているとすれば、この日、バルサが見せつけたサッカーは異文化そのものだ。日本人はいま、カルチャーショックを浴びた状態でなければならない。

この試合、スアレスが活躍することは、試合前から分かりきっていた。メッシ、ネイマールが不在となれば、見出し候補は消去法でスアレス。スアレスのゴールで騒ぐ姿はまさに予定調和だ。

あらかじめ定められた画一的な目線に基づき、試合後その通りに騒ぐ姿は、欧州一のクラブから学ぶ姿勢として、あまりにも貧しい。これでは、せっかく浮かび上がった異文化が日本式文化の中に埋没する。カルチャーショックを味わったはずなのに、味わわなかったことと同じ結果になる。バルサがクラブW杯で来日するのは、決勝でサントスを4−0で下した2011年以来。バルサの位置づけは、その時から改訂されないままになってしまう。

ちなみにルイス・エンリケの口から続いて出たスアレス評は次の通り。

「チームの中で一番最初にディフェンスを仕掛けることが巧い選手」

「攻め方が巧い選手」

「チャンスを決めることが巧い選手」

「つまりチームに不可欠な万能プレーヤー」

予想された台詞は3番目のみ。日本のサッカー界に必要なのは、こうした通常とは少し異なる言い回しで、従来のサッカーの見方を改訂してくれる監督だ。スアレスをゲームメーカーにたとえる言い回しの妙だ。スアレスを通して、センターフォワードの概念が崩れた試合。広州恒大戦は、とりわけ日本にとって大きな意味を持つ試合だったと僕は思う。

(Web Sportiva 2015年11月18日掲載原稿)

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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