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ハリウッドがジョージア州知事に宣戦布告。「ゲイを差別する州法を成立させたら、撮影を引き上げる」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ハンガー・ゲーム」は4作あるシリーズの3作をジョージア州で撮影した(写真:REX FEATURES/アフロ)

ジョージア州が“ハリウッド・サウス(南のハリウッド)”と呼ばれる日は、もうすぐ終わるかもしれない。寛大な税金優遇措置をもって、近年、映画やテレビの撮影を誘致してきたこの州を、メジャースタジオやテレビ局が、ボイコットしようとしているのだ。

問題の焦点は、今月16日にジョージア州議会を通過した法案757。昨年6月、アメリカの連邦裁判所は、同性婚を憲法上の権利と認め、全国で合法とした。それでも反対派は根強く、もともと同性婚を認めていなかった13の州のひとつであるジョージアは、自分の信じる宗教の教えに反する場合、聖職者は同性カップルの結婚式の依頼を拒否することができるという法案を立ち上げ、通過させたのである。

LGBTコミュニティへの差別を奨励すると思われるこの法律の通過を聞いて、いち早く行動を起こしたのは、ディズニーだった。マーベルを傘下に抱えるディズニーは、近年、「アントマン」「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」などをジョージア州で撮影しており、現在も「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」続編を撮影中だ。「ディズニーとマーベルは開放的な会社です。私たちは、ジョージアでの撮影でとても良い経験をさせてもらってきましたが、差別行動を許す法案が、州法として署名されたら、私たちは、ビジネスを、どこかほかのところに持っていきます」との声明を、ディズニーは発表している。

それから36時間ほどの間に、タイム・ワーナー、ソニー・ピクチャーズ、ヴァイアコム、フォックス、ライオンズ・ゲート、MGM、NBCユニバーサル、ザ・ワインスタイン・カンパニー、Netflix、CBS、スティーブン・スピルバーグのアンブリン・パートナーズらが法案に抗議する声明を発表、ジョージア州知事ネーサン・ディールに、拒否権の行使を求めた。ワインスタイン・カンパニーは、州知事がこの法案に署名した場合、今年後半に撮影開始予定のリー・ダニエル監督の新作映画を他州に移すと宣言。ジョージアでふたつのシリーズの撮影を予定しているNetflixも、同様の意思を表明した。ライアン・マーフィー、アン・ハサウェイ、ディアブロ・コーディ、ロブ・ライナー、マット・ボマー、アーロン・ソーキンら著名な個人も、ヒューマン・ライツ・キャンペーンがディール州知事に提出する手紙に署名している。

2013年にハリウッドがジョージア州にもたらしたビジネスは、金額にして9億3,800万ドル(約1,060億円。)その分、優遇措置で控除した税額も1億7,000万ドルあるが、映画やテレビのプロダクションは、もはや、州の経済を支える重要な産業のひとつとなっている。ジョージアに在住する映画演劇関係者の同盟IATSE (International Alliance of Theatrical Stage Employee) 会員数は、この10年ちょっとの間に、なんと1,100%も増えた。やはり映画やテレビのロケ地として成長してきているルイジアナ州やニューメキシコ州をも引き離し、ジョージアは、すでに、ロサンゼルスとニューヨークに続いて全米で3位の会員数を誇る場所となっている。プロデューサーたちがジョージアを好む理由は、税金優遇措置だけではない。L.A.とニューヨークで撮影される映画は、IATSEの基本契約に従うが、それ以外の場所では、賃金が低めに規定された別の基本合意に従う。また、ジョージアでは、組合への加入が雇用の必要条件とならないため、組合が定める金額を必ずしも払う義務がなく、人件費をさらに抑えることができるのだ。

近年、ジョージアで撮影された映画には「ハンガー・ゲーム」シリーズ、「ワイルド・スピード SKY MISSION、」「フライト、」「人生の特等席、」「サボタージュ、」「グローリー/明日への更新、」「しあわせの隠れ場所、」今年北米公開予定のアン・リー監督作「Billy Lynn’s Long Halftime Walk、」来年北米公開予定のドウェイン・ジョンソン主演作「Baywatch」などがある。人気テレビドラマ「ウォーキング・デッド、」「ヴァンパイア・ダイアリーズ」の撮影も、ここで行われた。ハリウッドがボイコットすれば、これで生計を立てているプロのクルーや、ケータリング、機材レンタルなど関連の業者はもちろん、スターが滞在中に利用するフェイシャリストや高級レストラン、ホテル、花屋など、多くのビジネスが影響を受ける。

ハリウッドにしてみれば、ジョージアを捨てたらちょっと西のルイジアナやニューメキシコ、あるいは北のカナダなどに行けばいいだけで、痛くもなんともない。最近、“白すぎるオスカー”論議で注目されたばかりでもあるだけに(http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20160116-00053472/)、平等のために確固たる行動に出るのは、自分たちは正しい信念をもっているのだということを、世界に対してアピールする機会にもなるだろう。一方、ジョージアにとってはさらに痛いことに、NFLと、NBAチームのアトランタ・ホークスも、この法案に反対している。アトランタは、タンパ、ニューオリンズと並び、2019年と2020年のスーパーボウル開催地の最終候補に残っているが、ディール州知事がこの法案に署名すれば、候補からはずされる可能性は非常に大きい。

イメージダウンは、すでになされた。だが、経済的打撃は、まだ抑えることができる。州知事署名のしめきり日は、5月3日。賢明な決定がなされることを、多くが期待している。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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