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「くノ一スタイル」が今年もなでしこリーグを盛り上げる。自粛下も“走力維持”でスタートダッシュを目指す

松原渓スポーツジャーナリスト
進化する伊賀スタイルに注目だ(写真提供:伊賀FCくノ一三重)

 5月25日、すべての都道府県で緊急事態宣言が解除されたことを受け、いよいよスポーツ界が動き出した。なでしこリーグは、翌26日に各チームへの活動自粛要請を解除。それに伴い、各チームが続々と活動再開を発表している。

 適切な感染予防対策の実施を前提としつつグラウンドを使った練習を再開できるのは大きい。順調に行けば、リーグ戦は7月の開幕が濃厚だ。

【異彩を放った“攻撃的な守備”】

 伊賀FCくノ一三重は昨年、なでしこリーグに一大旋風を巻き起こした。

 前年に6年ぶりに指揮官として戻ってきた大嶽直人監督が、チームを生まれ変わらせた。2018年に2部において圧倒的な強さで優勝し、降格からわずか1年でチームを1部に復帰させると、昨年は1部で4位までチームを押し上げた。

 

 その勢いを支えているのが、攻守の徹底したコンセプトだ。

 高い位置から連動して相手にプレッシャーをかけ、奪うと時間をかけずに相手ゴールに襲いかかる。

 その“攻撃的な守備”で、失点数を上位3チームと変わらない数字に抑え、シュート本数も、優勝した日テレ・東京ヴェルディベレーザの245本、2位の浦和レッズレディースの218本に次ぐ合計195本を放った。

 球際の強さや走力、判断の速さを武器としたそのスタイルは、ポゼッションスタイルが多くを占めるなでしこリーグでは異質で、試合を面白くした。

 大嶽監督は今季、そのスタイルを継続しつつ、さらに磨きをかけることを目指す。強化ポイントも明確だ。

「前線の3枚と中盤の3枚がもう少し(相手に)圧力をかけていくサッカーをしたいです。去年は1段階だった波を、2段階、3段階の波にして(ボールを)奪って、ゴールまでの質を上げながら、縦へのスピードをより早くしたいです。順位的な目標は去年より上を狙いたいと思います」

【伊賀のサッカーを支える「走力」】

 選手たちはスポンサー企業に勤め、普段のトレーニングは15時過ぎから行われている。活動自粛期間中も、勤務先に仕事量をコントロールしてもらいながら、選手の自主トレーニングの時間は確保できていたようだ。そして、トレーナーから選手たちに共有されていたというメニューの内容にも、大嶽監督らしいこだわりが窺える。

「選手たちには、自宅でのトレーニングと、外を少し走ったり、(距離をとった上で)心肺機能や筋肉系も落とさないように継続できることを働きかけていました。アジリティとかコーディネーション(*)系のメニューで、神経系を鍛えたり細かいステップを強度を上げてやることや、スピード感をどう維持するかがいちばんの問題で、それは思うようにできなかったので少し不安ですね。ただ、トレーナーと話をして、代わりにジャンプ系の動きを入れたり、代わりにできることを工夫して取り入れるように伝えました。それと、ポジションによって必要な役割や、個々に足りないパワーやスピードを強化することにも取り組んでほしいと伝えていました」

(*)リズム、バランス、反応のスピードなどを鍛え、状況に応じて体を自在に動かす能力を高めるための運動

 伊賀の選手たちが、上述したインテンシティの高いサッカーを90分間続けられるのは、プレッシングやスプリントなど、強度の高い動きを続けられる持久力が鍛えられているからだろう。

 それは、大嶽監督が取り入れている練習メニューがとてもよく練られていることや、普段から男子中学生や高校生との練習試合を重ねてきたことが大きいのだろう。

 

 以前、試合で苦しい時間帯でも全員が足を止めずに走り切れる理由をボランチのMF乃一綾に聞いたことがある。「練習から走っているし、選手が『やらされている』のではなく、自分の意思でやっているからこそ走れるのかなと思います」と話していたのが印象的だった。

 そのことについて、大嶽監督は「休息する時とパワーをかける時、長くプレーする時の緩急をつけたり、ボールを使ったり使わなかったりしながら、ゲーム形式に近い中でトレー二ングしています」と話していた。

 そのようにして鍛え上げられてきたフィジカルを、この自粛期間中、選手たちが自主トレーニングでどれだけ維持できているか。それは練習再開に向けて重要なポイントになる。

 戦術面については、選手たちに映像を渡してイメージを共有していたという大嶽監督。映像は、伊賀が目指すスタイルと近いプレミアリーグのリバプールやマンチェスター・シティの試合が多いが、守備面ではセリエAの試合からヒントになる場面を編集して送ることもあるという。

 6月に入り、いよいよ本格的なチーム練習が始まる。迷いのない口調で大嶽監督は言った。

「短期間勝負なので、特に最初はケガのリスクも考えなければならないですが、スタートダッシュは思いっきりいきたいです。『こういう(コロナ禍の)厳しい状況でも、アスリートとして我慢するところは我慢しながらチームを一つにして戦ってきて、それをしっかりとグラウンドに出せるんだな』ということがお客さんに伝わるようなプレーをしたいです」

【上位進出のキーマン】

 今年、伊賀が昨年(4位)以上の順位を目指す上で、さらなる活躍が期待されるのが、背番号10のMF杉田亜未だ。代表歴も持つ杉田は、高いテクニックと豊富な運動量を持ち、パス、ドリブル、シュートとあらゆるプレーを高いレベルでこなす。縦に速い伊賀サッカーに緩急や変化を加えることができる貴重な存在だ。

 杉田はサッカーに専念できるプロに近い環境で、この期間の自主トレーニングも計画的にこなしていたようだ。

「普段からチューブを使って、お尻の筋肉を強化するトレーニングなどを意識してやっていますが、自粛期間中も家で地道にやっていました。それから、映像を見る機会も増えましたね。今までのJリーグの試合や、自分たちの試合映像を見たりも。YouTubeを見ながらいろいろなトレーニングを参考にして試したりもしました」

 4-1-4-1の2列目のインサイドハーフでプレーする杉田は、大嶽監督も強調する「ゴールまでの質」を上げるためのキーマンになる。昨季、約10%と低かった決定率を上げるため、杉田は具体的なゴール数を自らに課す。

「去年は守備陣がすごく体を張って守ってくれたので、ほとんどの試合を最少失点に抑えられたのですが、得点力には課題がありました。シュートの多さを、今年はしっかり得点に結び付けられるようにしたいです。個人的には去年も2桁得点を目標に掲げていたのですが、達成できなかったので、今年は達成して得点でチームに貢献していきたいです」

2018年の2部優勝時、チームメートに胴上げされる杉田(写真提供:伊賀FCくノ一三重)
2018年の2部優勝時、チームメートに胴上げされる杉田(写真提供:伊賀FCくノ一三重)

 サッカー以外の時間の過ごし方を聞くと、大嶽監督は登山と料理を、杉田は登山と趣味のギターを挙げた。四方を山に囲まれた伊賀は自然が豊かで、コロナ禍でも「密」にならず、気軽に登れる山が近くにあるのだという。

 人口密度が高く、コンクリートが多い首都圏とは異なるそうした環境面も、伊賀が持つアドバンテージだろう。

 夏場のスタートが予想される今季のリーグは、伊賀のスタートダッシュに注目したい。

(※)インタビューは5月下旬に電話取材の形で行いました。

スポーツジャーナリスト

女子サッカーの最前線で取材し、国内のWEリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。お仕事のご依頼やお問い合わせはkeichannnel0825@gmail.comまでお願いします。

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