災害大国なのにフェイクニュース規制の緩い日本――能登半島地震の教訓は活かせるか
- 世界を見渡すと、戦争、選挙、そして感染症を含む災害がフェイクニュース拡散の3大テーマともいえる。
- ところが、日本では表現の自由とのかね合いから、フェイクニュース拡散そのものの取り締まりは慎重な対応が続いてきた。
- 規制強化に向けたグローバルな動きがあるなか、能登半島地震での経験は今後のフェイクニュース対策に重要な手掛かりを残すものといえる。
能登半島地震後に広がったフェイクニュースをめぐる問題は、「開かれた社会」のもろさを改めて浮き彫りにしたといえる。
体系的な取り締まりは難しい
戦争、選挙、そして災害(新型コロナのような感染症もここに含めていいだろう)。これがフェイクニュースの最も出回りやすい三大テーマといえるが、能登半島地震直後の状況はそれを再確認させるものだった。
地震に関連するフェイクニュースがあまりに多くなったことを受け、総務省が1月2日、X(旧Twitter)、メタ(Facebook)、グーグル、LINEヤフーの4社に不適切な投稿の削除を含めた対応を求めた。
一般的にフェイクニュースと呼ばれるものは偽情報(事実でない情報で意図的に発信されたもの)と誤情報(意図的でないもの)に分類される。
このうち偽情報には愉快犯だけでなく営利目的とみられるものもあるが、ともかく人命にかかわりかねないものもあるだけに、総務省の要請は状況の深刻さを象徴する。
ただし、総務省がプラットフォーム事業者に特例的な要請をしたこと自体、偽・誤情報の体系的な取り締まりが難しいことの裏返しである。
実際、日本には事実に反する情報の発信そのものを規制する法律はない。
偽・誤情報が罪に問われることもあるが、そのほとんどは名誉毀損罪など既存の法律が適用されてきた。たとえば2016年の熊本地震の直後、ライオンが動物園から脱走したかのような写真を当時のTwitterに掲載した投稿者は、偽計業務妨害の容疑で逮捕された。
意図しない誤情報でも、虚偽の情報の拡散という点では変わらないため、罪に問われることも法的にはあり得る。
表現の自由との兼ね合い
ただし、コロナ感染拡大の時にもそうだったように、膨大な量の偽・誤情報が出回っていることを考えれば、実際に逮捕にまで至ったのはよほど注目を集めたものに限られるといっていいだろう。能登半島地震での偽・誤情報に関しても、松本総務相は「特に悪質なものについては」警察庁などと連携して対応する方針を示している。
とりわけ目立ったものを、既存の法律で検挙するしかなく、それ以外に偽・誤情報を規制することが難しいのは、表現の自由との兼ね合いにある。
アメリカにある国際メディア支援センターによると、偽・誤情報の拡散を法的に禁じている国は全世界に78カ国にのぼる。ただし、そのほとんどは新興国・途上国で、規制がむしろ政府批判の取り締まりに利用されることも珍しくない。78カ国にはロシアや中国も含まれる。
その裏返しで、先進国における偽・誤情報の規制はどうしても強制力のないものになりやすい。
日本の場合、2022年10月に施行されたプロバイダ責任制限法は、プラットフォーム事業者による自主的な削除や監視、ファクトチェックの推進などを支援している一方、誹謗中傷をした者の情報開示の裁判手続きを簡素化するなど被害者救済をテコ入れしている。
しかし、それは言い換えると、被害者が被害届を出したり裁判に訴えたりしない限り、偽・誤情報を拡散しただけで自動的に罪に問われるわけではなく、明らかに事実無根の投稿でもそれだけで政府が削除を命じたりすることは難しい。
ここに偽・誤情報の規制と表現の自由のバランスを保つ難しさがある。
「外部からの干渉」に特化する先進国
もっとも、先進国のなかにもアメリカ、イギリス、フランス、オーストラリアなど、偽・誤情報を規制している国もあるが、そのほとんどは「世論の撹乱を狙った外国と結びついた偽情報」に焦点を絞っている。
アメリカの2016年大統領選挙におけるロシアの干渉疑惑など、欧米では外部からの偽情報への警戒が高まっているが、災害に関しても同様だ。
たとえばアメリカ緊急事態庁(FEMA)のクリスウェル長官は昨年12月、マウイ大火災などの際、ロシアや中国と関係のあるとみられるアカウントから多くの偽情報が発信されたと指摘している。生成AIの登場はこうした懸念に拍車をかけている。
ただし、安全保障の観点から外部からの偽・誤情報に対応する必要があるのは確かだが、その一方で注意すべきは国内で生まれる偽・誤情報も少なくないことだ。
たとえばヨーロッパ政策センターの報告書は「人々の認知を歪めるような操作された情報の多くはホームグロウン」と指摘している。それは災害時に限らない。トランプ前大統領の支持者が2021年1月にアメリカ連邦議会を占拠した後、偽情報研究で世界をリードするアメリカのデジタル法医学研究所などの専門家は「ドメスティックな偽情報の取り締まり強化」を求めている。
アメリカでは白人極右団体に関しては「表現の自由」を理由に、テロ組織リストにほとんど含まれない。同様に、ほとんどの先進国は日本を含めて、表現の自由との兼ね合いでドメスティックの偽・誤情報の取り締まりにどうしても慎重になりやすい。
そのなかでも日本の場合、外部と結びついた偽・誤情報を取り締まる法律すらない。そのため「国産」の取り締まりは遠く及ばない。
「開かれた社会」の敵
ただし、偽・誤情報の取り締まり強化はグローバルな動きになりつつある。国連教育科学文化機関(UNESCO)は昨年11月、デジタルプラットフォームに関するガバナンスのガイドラインを発表した。
このなかでは「特に選挙や災害などセンシティブな場合には監督省庁やプラットフォーム事業者がより強い手段を講じること」といった方針が打ち出されており、これに基づく世界会議が今年中旬に開催される予定だ。
全くの偶然だが、今年は特に選挙の多い年で、50以上の国・地域で実施される予定だ。そこにはアメリカ大統領選、EU議会選、台湾総統選なども含まれる。生成AIが登場し、これまでになく偽・誤情報が乱れ飛びやすくなり、荒れる選挙が増えることも懸念されている。
その状況次第では、先進国もこれまで以上にホームグロウン偽・誤情報への対応を本格的に検討せざるを得ないだろう。
第二次世界大戦末期の1945年、哲学者カール・ポパーは名著『開かれた社会とその敵』を発表し、古代ギリシャ哲学にまで遡りながらマルクス主義やファシズムの思潮を解明し、これらを自由や民主主義に基づく「開かれた社会」の敵と非難した。
顕学ポパーの用語を現代のデジタル空間を念頭に借用すれば、「開かれた社会」の敵は外部にいるとは限らない。「開かれた社会」の一員としての自由を隠れ蓑に、全体に不利益を及ぼす者もやはり「開かれた社会」の根幹を揺るがす存在だからだ。
だとすれば、能登半島地震後、公共機関やプラットフォーム事業者だけでなく、明らかな虚偽の投稿を通報してきた善意のユーザーが現在進行形で行っている取り組みの経験を、適切な時期に集積・検証する必要があるだろう。それは全体主義的な抑圧でも、自由放任・自己責任でもない体制を構築する、重要な資料になるからだ。
偽・誤情報が拡散する恐れは今度、大きくなりこそすれ、小さくなるとは考えられないのだから。