研究には哲学が必要である~恩師から学んだ13の教え
過日、大学院時代の恩師浅島誠東大名誉教授の古希を祝う会が開催され、不肖の弟子である私も末席に加えさせていただいた。
浅島先生は、横浜市大と東大で40年間研究室を率い、各界に多数の弟子を輩出した。発生生物学の研究を長年続け、中胚葉誘導物質が「アクチビン」であることを世界に先駆けて発見するなど、教科書に載るような大きな成果をあげた。
私は1995年から2000年まで浅島研究室に所属し、研究者としての基礎、社会人としての基礎を教わった。残念ながら研究者としてはものにならず、別の道を歩んだわけだが、浅島研究室で教わったことは、今でも私の血肉となっている。
会の場で、浅島先生は一枚の紙を参加者に配った。それはとても懐かしいものだった。
「浅島研究室における哲学」と書かれたその紙の日付は1977年(昭和52年)4月1日。浅島先生は40年ちかくのあいだ、節目節目でこの哲学を弟子たちに諭してきたのだ。1995年に研究室に入った私も、当然この哲学を叩きこまれた一人だ。
これが浅島研究室の哲学だ。
- Reasearch First and Passion
- Philosophyをもつこと
- 物事には順序がある
- ゼミではお互いを信頼し、挨拶の励行
- コンプライアンスの遵守と安全管理
- 整理整頓
- 研究とはオリジナリティーのある研究へのアプローチで知的冒険である
- 研究をして、成果を得たら論文を書け
- 良い人間関係は一生の宝である
- Minimum Essentialの精神
- 一流の研究者・教育者をめざせ
- 電話など連絡があったときにはきちんとメモしておく
- 健康の保持と早期の対応
浅島先生はこう述べた。
「榎木、これがあればSTAP細胞の事件は起きるはずはなかったんだよ。これを言わなきゃダメだよ!」
はい、師匠。「嘘と絶望の生命科学」には手元に資料がなかったので書けませんでした。今ここに、先生の教えを皆さんに披露します。
浅島先生はとくに3を強調された。
各自、確かな技術を身につける。我流で不確実な技術からは良いデータは生まれない。若いうちに見つけた技術は一生の宝である。それゆえ、研究室に入った最初の3ヶ月は、動物の飼育の仕方や組織学など基本的研究をできるだけ行い、他の人にも相談し自分は本当に何をやりたいのかを、再検討する。
また、4も重要だと述べた。
あいさつは最低限の礼儀である。人に会ったときにはきちんとあいさつをする。研究者である前に、まず人としてきちんとした態度をとることが必要である。言わずもがなであるが、他人に迷惑をかけない。研究室内のゼミや抄読会では、お互い自由で、建設的な意見や質問をすること
卒業研究や修士課程の研究をはじめたばかりの学生に、社会人としての基礎を諭す教えである。だから整理整頓や電話の取り方など基本的事項も書かれているわけだが、こうした基本的なことをあらためて教える「教育者」が研究現場から消えていっているように思う。研究成果ばかり求められ、また、特許などのからみもあって、自由な議論もなされなくなりつつある。STAP細胞の事件は、今日の研究室がかかえる問題点を浮き彫りにした。
そんな今だからこそ、この「哲学」を読み返すことに意義があると思う。
師匠、約束は果たしましたよ。