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原点はワインではない?”ワイン県副知事”ソムリエ田崎真也が思うプロの在り方「すべては顧客満足のため」

浅野祐介ウォーカープラス編集長
「ワイン県やまなし」の副知事を務める田崎真也さん。冬の山梨県のブドウ畑にて

世界最優秀ソムリエコンクールの優勝者であり、2016年から日本ソムリエ協会の会長を務める田崎真也さん。ワインといえば、ソムリエといえば、やはりこの人の顔が浮かぶ。

2019年には山梨県の「ワイン県副知事」に就任。山梨ワインについて、日本のワイン文化について、そして、日本で「ソムリエ」という言葉がまだ一般的ではなかった時代にフランスに渡ったキャリアの原点、プロフェッショナルとして大切にし続けていることをうかがった。

2019年に山梨県の「ワイン県副知事」に就任
2019年に山梨県の「ワイン県副知事」に就任

――「ワイン県やまなし」の副知事を務められていますが、就任までの経緯を教えてください。

【田崎真也】もともと、東京日本橋にある山梨県のアンテナショップと併設のレストランを長く運営させていただいていた経緯がありました。それ自体は随分と前の話なのですが、当時、山梨県のアンテナショップは民間に運営を委託するスタイルを採用していて、山梨県側が県の食材・特産品だけで飲食店を運営する人を探していた際に「飲食店の経営者でワインに詳しい」という理由から声がけをいただき、その後、ショップも我々の事務所で運営を担当しました。それまでは館長という形で運営を行っていましたが、山梨「ワイン県」宣言の際、「ショップもワインに特化したいし、飲食店も新しいコンセプトで営業できれば」という話を(長崎幸太郎)知事から直接相談され、「では、こんな形はいかがですか」といったやり取りをして、そのときに、「ワイン県の副知事として担当してほしい」というお話を頂戴しました。

山梨県のアンテナショップ「Cave de ワイン県やまなし」
山梨県のアンテナショップ「Cave de ワイン県やまなし」

【田崎真也】山梨県は、日本のワインを商業的に製造した日本初の地であり、日本で最もワイナリーの数が多く、日本ワインの生産量も日本一の県。食文化も含めて日本から海外に情報発信を行う際に、山梨から発信するということは、日本ソムリエ協会の会長としても大きな意味がある、そう考えて引き受けさせていただきました。

――日本では長野や北海道、山形などでも質の高いワインが造られていますが、「ワイン県やまなし」の副知事を務めていらっしゃる田崎さんからみて、山梨ワインの特長、魅力はどこにありますか?

【田崎真也】質の高いワインという定義が現在はあいまいなところがあります。ワインは世界中で製造されていますが、醸造レベルにおいては質の良し悪しはほとんどないに等しいです。では、今何を語るかというと、テロワールというか、その土地の気候風土の特徴を備えていて、それがどのようなものであるかということ。山梨は山梨なりの、長野は長野なりの、それぞれ気候風土に合ったキャラクターのワインが製造されています。では、その中で山梨の魅力はというと、都道府県としての面積はそこまで大きくないにもかかわらず、盆地という独特な地形によって、降水量が比較的少ない。ブドウを収穫する時期、実が付いた時期など、収穫において重要な時期に自然災害が少なく、他の果物もそうですが、ブドウの生育環境としてとても恵まれています。そしてもうひとつは、盆地という地形上、標高であったり、その微妙な違いによってマイクロクライメット(局所気候)この多様さ、違いが大きいことです。狭い範囲の中でいろいろなブドウが栽培されているというメリットがあります。昼夜の寒暖差などもあり、上質なワインをつくるために大切な、ブドウが成熟に至るプロセスのうえで有効な気候環境が整っている。これが山梨県のワインの魅力につながっていると思います。

広大なぶどう畑の周りを山々がとり囲む
広大なぶどう畑の周りを山々がとり囲む

【田崎真也】山梨県はワインのバリエーションが多彩で、さまざまなシチュエーションに応じて選ぶことができると思います。ワイナリーの数も豊富ですし、自分の好みのものを見つけることができるところも山梨ワインの魅力だと思います。ブドウの品種も豊かですし、生産者の意図によって同じブドウの品種からでもつくられているワインのタイプやバリエーションが豊富にある。自分好みのワインと出会える可能性がとても高いと思います。

「Cave de ワイン県やまなし」の店内。バリエーション豊かな山梨ワインが所狭しと並ぶ
「Cave de ワイン県やまなし」の店内。バリエーション豊かな山梨ワインが所狭しと並ぶ

――コロナ禍におけるワインの楽しみ方について教えてください。コロナ前と変わったところはありますか?

【田崎真也】家庭消費で消費されているワインの単価は、やはり価格帯の安いものが中心です。金額的な問題、コスト面の課題もあり、簡単にその価格帯で売れるものばかりではないところは課題となっています。上質なワインの生産者の多くは、個人消費よりも飲食店をターゲットに展開しています。コロナ禍の影響で多くの飲食店が休業するなど、販売量がダウンした点は大きな問題です。輸出も増えている中で、海外も同様。コロナでダメージを受けている点は多いですね。

【田崎真也】山梨には約90のワイナリーがあり、それぞれが複数のワインを生産しています。熟成によってさまざまなタイプがあり、限定としてつくったものもありますし、数え切れないくらいのワインが市場に存在しています。それこそ昔の「飲みやすい甘口からどうですか」という時代でもなく、オリジナリティが魅力でもある時代なので、消費者の方に対して「こういう基準で選ぶといい」というのは難しいのですが、日本ではまだあまり“ペアリング”という感覚はないので「飲みやすいものがいいのでは」ということになりがちです。料理に合わせてお酒を選ぶ文化ではまだないですよね。将来のことを考えると、ワインの本質は、たとえば日本酒とかとは少し違っていて、日本酒は味のバランスがそれだけでも非常に飲みやすいアルコール飲料だと思いますが、それに比べるとワインははるかに強い酸味があるし、赤ワインのように苦み、渋味が存在する。これは強ければ強いほどネガティブな味覚要素であるにもかかわらず、それがあるからこそ料理をよりおいしくすることができる飲み物だということを提案していったほうがワインの将来につながると考えています。「こういう基準で選んだほうがいいですよ」ということを、ワインが飲みやすいかどうかではなく、食べる料理に合わせてアドバイスしてくれるようなお店を選ぶのが重要かもしれないと思います。料理をよりおいしくするワインを、さらにその人の好みも推測したうえでワインを提案することは難しく、ゆえにソムリエという専門職が存在します。ワイン本来の楽しみ方を広げる、楽しみ方を知っていただくことが大切だと考えています。

――山梨ワインの代表的な「甲州」、「マスカット・ベーリーA」に限定した場合、それぞれの味わいの特徴と相性の良いお料理を教えてください。

山梨ワインを代表するブドウ品種甲州(左)とマスカット・ベーリーA(右)
山梨ワインを代表するブドウ品種甲州(左)とマスカット・ベーリーA(右)

【田崎真也】「甲州」というブドウからできるワインもバリエーションが豊富なので、辛口の白ワインに絞ってお答えすると、甲州のブドウの品種でつくられる白ワインは香りがあまり強くなく、上品で穏やかな印象。柑橘系の印象もあり、ほんのり枯れ葉を感じるような印象、ベージュとか黄色を感じるような、枯れ葉とか乾燥したナッツ、スパイスのような薄い茶色をイメージするような香りが感じられるのが特徴です。白ワインの中ではグレー系ブドウの特徴でもある、酸味が比較的柔らかく、後味にほんのり渋味、苦みのような印象が微かに残るのが特徴です。穏やかな、菩提樹の花、リンデンの花のような香りも甲州ブドウから作られた辛口の白ワインの特徴ですね。アルコール度数もそこまで高くなる品種ではなく、10度から12度くらい。現在の他の国々のワインと比べるとアルコール度数が低くて口当たりが優しく感じるのと、酸味が柔らかく、後味にほんのり苦みのような印象が残る。これを“ミネラル感”と表現したりしますが、この特徴に合うのが、日本料理の“ダシ”。海外の方が甲州に興味を持つようになっている理由のひとつでもありますが、和食がその技術とともに世界的に広がっているなか、和食で使われている調味料が世界中の優秀な料理人の間で採用されていて、その中でも興味を持たれているのがダシ、つまり、ダシを使ってつくる料理が和食の定義になり得るものとなっています。甲州の白ワインの味わいは、このダシを使った料理を引き立てることができます。和食はどちらかというと香りが強くない、穏やかな印象なので、ワインも香りが強すぎないほうが相性がいいですね。

【田崎真也】一方のマスカット・ベーリーA、こちらは新潟生まれで、日本でも広く栽培されています。特徴としては、黒ブドウからつくる赤ワインが一般的で、マスカット・ベーリーAからつくるワインについても非常に軽いものから、11月3日に出す新酒(山梨ヌーボー)、この山梨県の新酒は甲州とマスカット・ベーリーAに限られていますが、この新酒でつくるボージョレのような赤ワインから、かなりしっかりした味わいのものまで実に多彩です。マスカット・ベーリーAならではという特徴は、甲州よりもはっきりしていて、いちごを連想させるような強い香り、これが他のワイン用の黒ブドウにはない特徴ですね。OIV(国際ブドウ・ワイン機構)に登録される前は、欧米のワインの専門家には違和感を覚えられることもありました。ただ、最近は登録されたこともあって、ユニークな、他にないキャラクターということが理解されはじめ、マスカット・ベーリーAの特徴を見定めたうえで評価する方が海外でも増えています。粒が大きいので、種の重量比率が少なく、色はやや濃いのですが、種の重量比が少ないため、タンニン分量、ポリフェノール量が少ない、つまり渋味や苦みが優しいのも特徴となります。アルコール度数もやや低めで、フレッシュな酸味を感じさせる特徴があります。合う料理としては、甲州がダシを使った料理に合うのに対して、マスカット・ベーリーAは照り焼きダレ、日本の醤油ダレとの相性がいいですね。照り焼きの風味で調理された香りにあわせやすい。ダシと同じように、照り焼きもインターナショナルで、外来語として多くの国で“テリヤキ”として広まっています。「いちごの香りが!」と驚かれますが、実際に、醤油ダレにみりんの代わりにいちごジャムを加えてつくると、華やかな印象のおいしいダレができます。風味的に相性がよく、マスカット・ベーリーAは照り焼きスタイルで仕上げた料理と相性がいいですね。

醸造段階のマスカット・ベーリーA。やや黒く、大きな粒が特徴
醸造段階のマスカット・ベーリーA。やや黒く、大きな粒が特徴

――今後も山梨ワインが発展を続けていくためにはどのような取り組みが必要になりますでしょうか。また、その中で副知事としてどのような発信、活動を考えていらっしゃいますか?

【田崎真也】日本の風土から生まれた食と合わせて紹介したほうがわかりやすいと考えています。山梨はワインの生産量が多いですが、まず、赤はマスカット・ベーリーA、白は甲州で最初は広めていくうえで、どちらもユニークなスタイルで、他の国々にはないタイプの味を持っています。これを継続して飲んでもらうためには、ワインが生産されるところの食文化と一緒にPRするほうがわかりやすい。海外の方にもアプローチする方法として、「甲州はダシ」、「マスカット・ベーリーAは照り焼き」と、組み合わせで広めていきたいと考えています。

――食との組み合わせが大切ということですね。

【田崎真也】ワインのある食卓は、日本ではまだまだ最近のものです。ワインを家庭で飲む人は増えてきましたが、食事ありきでワインを選ぶ、ペアリングの視点でワインを選ぶ人はまだまだ少ないので、山梨県民に対しても、「山梨のワインのある食卓」とはどういうものか、どういうものをベースに山梨の食材をつかって食卓で楽しんでもらうか、そういった発想ができるものを提案して、山梨の人がそれを見て実際に自宅で試してみて、おいしいと感じて、広まっていって、50年後の山梨の地方料理が現在考えられた、この「ワインありきの食卓」として考えられた料理になればいいと思って東京の店も始めました。

【田崎真也】リニューアルした東京の店「Cave de ワイン県やまなし」では、山梨県の姉妹都市である中国の四川省、ブルゴーニュ地域に属すソーヌ・エ・ロアール県で昔からつくられている料理を、山梨県の食材と伝統料理にアレンジを加えて、“少し四川風”、“少しブルゴーニュ風”として、新しい山梨キュイジーヌ(料理・料理法)を提案していこうと考えています。ワインや日本酒に合う形、これが「Cave de ワイン県やまなし」のコンセプトになっています。

――最後に田崎さんのキャリアについておうかがいさせてください。ソムリエを目指した頃の想い、当時描いていた未来像との違いなどはありますか?

【田崎真也】もともとワインに興味を持っていたわけでもなく、ソムリエを目指していたわけでもありません。日本に「ソムリエ」という職業自体がないような時代でしたから。ただ、フランス料理の空気感というか、その歴史も含めて、フランス料理を提供している場所の空気感に興味を持ち、「この世界で自分は生きていこう」と学生の頃に決めて、学校を中退してすぐに動き始めました。しかし、実際に動き始めてみると、ワインだけでなく食材も、本で読めば読むほど日本では本物が提供されていない、この事実に直面しました。そうした状況で、自分がプロとしてこの職業をどう追求していけばいいかと考えたときに、「これはもうフランスに行くしかない」という結論に至りました。当時はまだ円もものすごく安かったですし、エア代も非常に高かった。海外旅行に行く人自体が少ない時代でしたからね。フランスで修行している料理人の方はいましたが、“サービスの世界”でフランスに行く人はほとんどいなかった。だからこそ、フランスに行けば、日本でこの職業を広める立場になれるのではないか、プロフェッショナルとしてやるべきだと考え、19歳のときにフランスに渡りました。

【田崎真也】プロのサービスをするためには、フォアグラやキャビア、トリュフといった食材と同じようにワインも重要なものでしたが、当時の日本では、フォアグラも缶詰だけ、トリュフも今では考えられないくらい品質の悪い瓶詰めのものが高価な値段でしか入手できない時代でした。本物のトリュフ、フォアグラを食べてみたい、本物のサービスを見てみたい、実感してみたい、その想いがワインより強かったですね。

――今とはかなり状況の異なる時代ですね。

【田崎真也】今であれば当時ほどお金もかからないですし、インターネットの進化によって、現地に行かずともあらゆる情報を翻訳された形で自分の家で学ぶことができます。ワインも食材も取り寄せられないものはないくらいの時代になりました。だから、今の人たちに「フランスに修行に行くべきだ」という気持ちはまったくありません。僕らの職業において最も大事なことは、“目の前にいるお客様”。そのお客様のために勉強をしているのであって、サービスをするために適した方法はなにか、この目的を忘れてしまい、「ただフランスに行くべきだ」などと自分と同じ方法を勧めようとは思いません。

――田崎さんが考えるプロフェッショナルを極めるために大切なこととは?

【田崎真也】これはどの職業でも同じだと思いますが、やり始めは一生懸命に与えられた課題をクリアすべく動きます。そして、課題をクリアするとさらに先に進むために一生懸命、勉強する、知識を習得する、このことに力を注ぐこと、それがプロだ、職人だと勘違いしやすいのではないかと思います。職人、つまり“職業をする”ということは、お金を稼ぐすべなんですよね。誰かからお金をいただいて、初めて職業として成り立つ。一番重要なのは、自分が扱っているものに対する知識や技術を磨いていくこと自体ではなく、そもそもその目的は何かというと、顧客満足のためなんです。知識や技術にばかり意識がいきすぎると、このことを忘れがちになります。言葉は悪いですが、「オレの料理が気に入らなければ出ていけ」といった偉そうな料理人と一緒で、それはどこかで間違ってしまった形です。本物のプロフェッショナルは、顧客満足のことを最も重要視して考えることができる人だと思います。大切なのは、顧客のニーズに応じた知識や技術を習得していくこと。お客様は多彩ですし、その好みも、望まれることもどんどん進化していくので、常にそのニーズに合わせて、それ以上の要望に応えられる知識や技術を磨いていかなければいけない。最優先すべきは、お客様の満足。これを忘れてしまったら、本物のプロフェッショナルではないと考えています。

日本ソムリエ協会の会長を務める田崎真也さん
日本ソムリエ協会の会長を務める田崎真也さん

ウォーカープラス編集長

編集者/KKベストセラーズで『Street JACK』などファッション誌の編集者として活動し、その後、株式会社フロムワンで雑誌『ワールドサッカーキング』、Webメディア『サッカーキング』 編集長を務めた。現在は株式会社KADOKAWAで『ウォーカープラス』編集長を担当。2022年3月にスタートした無料のプレスリリース配信サービス「PressWalker」では、メディアの観点から全プレスリリースに目を通し、編集記事化の監修も担当。

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