40代男性がフォロワー40万人超えの“美少女”漫画家になった理由。SNS漫画家の戦い方を本人に直撃
漫画家というと、商業誌と呼ばれる漫画誌で連載を持ち、連載した作品をまとめた単行本を刊行する…そんなイメージを持つ人が多いだろう。しかし、現在はTwitterやInstagramといったSNSで作品を発表し、注目を集める新しいタイプの漫画家も存在する。その一人が“ぬこー様ちゃん”。ほぼ毎日自身の体験をもとにした漫画「絵日記」をTwitterで発信し、万バズを連発。5万いいね以上も頻繁に獲得している。作品内では自身の姿をボブカットのかわいらしい少女の姿で描いているのだが、実際は41歳の男性。そのことは作品内でもしばしば言及しており、プロフィール欄にも「打ち切られたショックで美少女になった漫画家」と明記している。
共感性や学びの多い内容と“ぬこー様ちゃん”の絵柄のかわいさ(ただし、実際は屈強な41歳男性)が相まって、多くの人から支持を受けているぬこー様ちゃん。新時代の漫画家として活動するぬこー様ちゃんに、現在のスタイルになった経緯、活動において大事にしていることをインタビューした。
ペンネームの名付け親はアンチ!エゴサに負けない強心臓の持ち主
――大学卒業後、就職されたスイミングスクールでの体験は絵日記『2876日後に洗脳が解ける社畜』として発表されていますが、そこからアニメやエンターテインメントの学校である代々木アニメーション学院の講師に転職されています。これにはどういった経緯があったんでしょうか?
【ぬこー様ちゃん】スイミングスクールで働きながら、25歳のころから同人活動をするようになりました。仕事は忙しかったんですが、同人活動も積極的に頑張っていまして、スイミングスクールに勤めて8年目のタイミングで代々木アニメーション学院(以下、代アニ)からオファーがあったんです。代アニの広島校の教員が不足していたそうで、そこでイラストが描けて、中国地方に住んでいる人はいないかということで、岡山に住んでいる僕に声がかかりました。同人活動時に代アニの先生とお付き合いがあって、その方が推薦してくださったんです。代アニからのオファーが来たタイミングで、大学の講師のオファーもあったんですが、このころ、プロの漫画家になろうと心に決めていたので、代アニの講師を引き受けました。広島で2年、大宮で1年、東京で2年間勤めたあと、さらに非常勤講師として2年ほど働いていました。
――33歳で初めての連載を持ったそうですが、となるとそのタイミングでは代アニの先生をしていたんでしょうか?
【ぬこー様ちゃん】はい、そうです。正社員としてフルタイムで働きつつ、連載を持っていました。
――ハードな日々だったんでしょうか?
【ぬこー様ちゃん】そうですね。当時「コミックガンマ」という媒体での連載と、とあるスマホゲームの公式漫画連載を持っていたんですが、そこに加えて代アニをモチーフにした『専門学校JK』の連載が始まるというタイミングで、キャパシティを超えそうだったので、正社員から非常勤講師になりました。先方からは引き止められたんですが、週2回の勤務で勘弁してくださいとお願いしました(笑)。
――Twitterのプロフィールに「打ち切られたショックで美少女になった」と書いてありますが、これはどういうことなんでしょうか?
【ぬこー様ちゃん】いろいろあったんですが、『人見知り専門家庭教師 坂もっちゃん』という作品を出したんです。これは個人連載だったものを出版社に拾ってもらって書籍になった話で、それなりに自信のある作品でした。ですが、重版はかからなかったんです。それで、これはもうなりふり構っていられないな、と。かつては自分自身に起きた出来事を描くときは、自分自身に近い男キャラで描いていたんですが、この出来事をきっかけに自分を美少女キャラで描くようになりました。
――美少女アバターを使うという発想はどこから得たんですか?
【ぬこー様ちゃん】『人見知り専門家庭教師 坂もっちゃん』がイラストや漫画などを投稿できる「pixiv(ピクシブ)」でpixivコミック月例賞大賞をいただいて、その受賞者インタビューのために本社へ出向いたんです。そこでファンがクリエイターを定期的に支援する「pixivFANBOX(ピクシブファンボックス)」というサービスを運営されている方とお話しする機会があったんですが、男性が女性アバターを使って稼いでいるんですよ、という話を聞いて「これだ!」と思い、その日のうちに3Dキャラを作って“バ美肉”(美少女のアバターを使うこと)しました(笑)。それが現在の“ぬこー様ちゃん”のキャラデザ(キャラクターデザイン)のルーツです。そのときの3Dキャラは今も使っているのですが、本職の方に新しい3Dキャラ制作を依頼しているところなので、2023年にはお披露目できると思います。
――フットワークが軽いですね!デジタル系の技術に手を出しやすいのは、大学時代、情報学部で学ばれた経験が生きているんでしょうか?
【ぬこー様ちゃん】そうですね、pixivやアフィリエイトブログなんかでは、その経験が生きたと思います。今は単純にビジネスと割り切って、使えるものは使っていこうというスタンスで活動しています。41歳なんで、こだわりもプライドも捨てて生きていかなくてはと思っています(笑)。
――年を重ねると“プライドを捨てる”というのは難しくないですか?
【ぬこー様ちゃん】プライドだけは高くて何もしない40代、50代、60代のいわゆる“おじさん”が僕の周りには非常に多くて、彼らの存在が反面教師になっていますね。「こうはなりたくない」という思いがあります。どの分野でもそうだと思いますが、第一線で活躍しようとしたら、下からどんどん若くて、才能のある人たちが突き上げてくるので、その人たちと戦って、どうにかしてそこにしがみついていかないといけません。そうするとなりふり構っていられないんです。
――ぬこー様ちゃんという敬称が重なったペンネームが印象的です。由来を教えてください。
【ぬこー様ちゃん】これはアンチから呼ばれた名前なんですよね。自分からは名前を決めたことがなくって。誰かが勝手に僕のことを「すれーぬこう」って呼び出したんです。それでしょうがなくその名前で名乗るようになって、そのうち「ぬこー」とだけ呼ばれるようになったんです。そしたら今度は僕が偉そうだということで、皮肉で「様」をつけられるようになって、「ぬこー様」になりました。ただ、「ぬこー様」だとエゴサしやすいのでいい名前だなと思っています。「ぬこー」だと猫が出てきてしまいますけど(インターネットスラングで猫のことを「ぬこ」と表記する)、“様”がつくと自分のことになるので。そして、美少女アバターを使うタイミングで「ちゃん」をつけました。“ちゃん”や“くん”などの敬称をそのまま名前の一部にしている人は芸能人にもたくさんいますが、せっかくなら2つつけちゃおうかなと、ノリで決めましたね。会話のときは呼びにくいので、そのときは“ぬこーさん”とか“ぬこーちゃん”とかで全然いいです。
――エゴサがしやすいとのことですが、よくされているんでしょうか?
【ぬこー様ちゃん】めちゃくちゃしています。特に漫画を投稿したときは頻繁にしていますね。というのも、僕の名前を出してツイートをしてくださっているのって熱心な方なわけで、そういった方の意見をなるべく取り入れたいんです。漫画を投稿して1時間、誰も名前を書いていなかったら「おもしろくなかったのかな?」という指標にしています。特に絵日記を毎日更新していると読者の飽きがくるタイミングが絶対あると思うんですよね。そういうときにエゴサをすると「最近こんなのばっかりでつまんないな」というような意見を目にするので、そういうときには「じゃあ明日は違うタイプの話を描こう」と考えるようにしています。フォロワーさんは優しいので、おもしろいときはおもしろいと言ってくれますが、忖度のない意見を取り入れるために、エゴサを利用しています。たまに、エゴサができないような一般名詞を使ったハンドルネームの人もいるじゃないですか。それはもったいないなって思いますね。
――自分に批判的な意見を目にすることで、落ち込んでしまう人もいると思うのですが…。
【ぬこー様ちゃん】代アニの講師時代にも、生徒からそういった相談を受けたことが何度もあります。気にするなといっても気にしちゃうんですよね。そういう子には、エゴサをしてもヒット数が多すぎて自分だとわからないような名前にしたらどうかと提案していました。エゴサは活用したほうがいいと思ってはいますが、そうは言ってもメンタルを病んでしまっては元も子もないので。
――アンチにつけられた名前を使ったり、批判的な意見を見ても平気だったりと強心臓ぶりがすごいです。
【ぬこー様ちゃん】幼かったころは、喧嘩を売られると感情的になりがちでしたよ。小学生のときはガリガリでひ弱だったんですけど、すぐにカッとなって向かっていってしまう性格で、それはよくないなと思って少しずつ直していきました。落ち込んだりはしないんですけど、攻撃されたら攻撃し返すみたいなところがあって。最近はもうそういうことはしていませんが、度が過ぎたアンチに対しては、対処はしていこうと考えています。今後に備えて、弁護士の方に相談して、一任して自動で開示請求ができる流れにしていこうと考えています。それも漫画のネタにしちゃおうと思っています。似たようなことで悩んでいる方への参考にもなりますし。
――ネガティブな出来事も漫画に落とし込んで“得”にもっていけるのがいいですね。ぬこー様ちゃんは「絵日記」で、漫画家志望の方から寄せられた相談に乗るというエピソードも描いていらっしゃいます。人にアドバイスをしたり、教えたりすることがとても上手であるように感じるのですが、これはどうやって養われたんでしょうか?
【ぬこー様ちゃん】高校生のとき、スイミングスクールで最年長の状態で、年下の子たちの面倒をみなきゃいけなかったんですよ。普通のスクールの場合はコーチが教えると思うんですが、僕の通っていたところではコーチがメニューを置いていなくなっていました。わからないことがあると、みんなが最年長である僕に聞きに来ていたので、仕方なく教えるというのをやっていました。次第に“教える”ということが難しいとわかってきて、どうやっていけばいいのかと考えるようになりました。大学生になってからもバイトで水泳と体操のコーチをしていたのもあって、10年以上“教える”ということをやっていました。さらに代アニで、さまざまなタイプの生徒と交流していた経験も大きかったと思います。志の高い子がいる一方で、不登校気味の子が外へのつながりを持つために在籍していることもあって、そうしたモチベーションの差から生徒同士のいさかいも頻繁でしたね。
――代アニでの生徒指導のエピソードは学ぶところが大きいと評判ですね。
【ぬこー様ちゃん】そうですね、漫画業界に限らず、さまざまな業界にも通じると反応をいただいています。僕の漫画が読者の方にプラスに働いているのなら良かったです。
収益の柱を3本以上用意!大事なのは「失敗する準備をする」こと
――ぬこー様ちゃんはTwitterで作品を発表されるだけではなく、積極的にフォロワーとやり取りをしたりしていますよね。これはどういった狙いがあるんですか?
【ぬこー様ちゃん】自分の作品を読んでもらうためにSNSでの宣伝が大事だというのは、僕に同人のイロハを教えてくれた方から言われていました。pixiv(2007年サービス開始)のサービスがスタートして2年目とか3年目でしょうか。Twitterはできたばかり(2006年サービス開始、日本語版の登場は2008年)で、mixi(ミクシィ、2004年サービス開始)が盛況だったころです。SNSをやっている作家さんが注目されはじめた時代でした。彼の言っていたことは本当にそのとおりで、Twitterに限らず、どのSNSにおいてもフォロワーさんとの接触は多いほうがいいと感じています。
――絵日記を毎日18時にTwitterで発表されていますよね。継続されていてすごいと感じるのですが、どういった秘訣があるのでしょうか?
【ぬこー様ちゃん】毎日投稿を継続できるようになったのはここ半年くらいです。何度も失敗していました。
――過去、継続できなかったのはどうしてでしょうか?
【ぬこー様ちゃん】1日のどのタイミングで漫画を描けばいいのかが、まだわかっていなかったんです。やりたいことやしなければならないことを片づけて気づけば21時。3時間あれば描けなくはないんですが、そうなると日付の変わるギリギリのタイミングでの投稿になってしまいます。「いまさら投稿しても誰も見てくれないよなぁ、もういいや」みたいな感じでやめてしまうことがありました。
――「これが継続の秘訣です」という絵日記の中で、細かく締め切りを設定するのが大事と描かれていましたが、失敗してしまっていた当時は何時にやるかは決めていなくて、1日のどこかで描けばいいという感覚だったから続かなかったということですね。
【ぬこー様ちゃん】まさにそのとおりです。絵日記を描いていくなかで“これくらいの時間があればできる”というのが今年(2022年)の春くらいにわかってきました。だいたい2時間あれば描けるので、18時にアップするために逆算して16時から描き始める。その2時間は何も予定を入れないようにしています。
――ぬこー様ちゃんの作品は、続き物でも毎回オチがつくから、1話読んだときの満足感が高いですよね。それでいて続きも気になるようになっています。
【ぬこー様ちゃん】そこはもう、頑張って狙っています。Twitterで流れてくる漫画を読んでいて感じることなんですが、連載物だと物語の一部をトリミングをしたものを載せがちだと思うんです。たまたまきれいにオチがついたときはいいんですけど、尻切れトンボになってしまうともったいないなと。絵は妥協しても、毎話オチをつけることは妥協せずにやっていこうと決めています。Twitterの1回の投稿でアップできる画像数が最大4枚なので、そこも意識しています。
――Twitterを運用するにあたって、フォロワーとの接触回数を多くする以外にも気をつけていることはありますか?
【ぬこー様ちゃん】自分の使っているシステムについて「知る」ことでしょうか。最近でいうと、Twitterのアルゴリズムが大きく変わりました。今まではフォロワーが多ければ、自分のツイートが差し込まれる回数が多いという図式だったのが、投稿頻度が低いとその優先度が下がるようになり、週1更新の作家さんの数字にも影響があったみたいで。そういうことをちゃんと知っていたら、対策のしようがあると思うんです。漠然とした目標を掲げるのではなく、下調べをして、今どういう動きをすればいいのか考えることが大事なんだと、今回のアルゴリズム変更で感じました。
――現在、商業誌での連載は持たれていませんね。どういった形で収益を得られているのでしょうか?
【ぬこー様ちゃん】4年ほど前からPR漫画を描くようになりました。たまたまなんですが、僕が最初に連載をやらせてもらった「コミックガンマ」の初代編集さんが独立して、PR漫画の会社を立ち上げたんです。その縁でPR漫画の執筆をするようになりました。商品をプロモーションするのも苦じゃないし、「これは自分に向いているぞ」と手応えを感じて積極的に引き受けるようになりました。おかげさまで、さまざまなジャンルでの依頼をいただけています。そして、今の一番の収入源はAmazonにアップしている無料の絵日記なんです。「Kindleインディーズマンガ」は、読者側のダウンロードは無料なんですが、作品が読まれるとクリエイターに還元されるんです。「インディーズ無料マンガ基金」から収益が分配されるようになっているんですが、この基金の総額が毎月1300万円から2000万円に増額されました。クリエイターが増えるのに伴って増額されているのでありがたいシステムですね。しかし、このシステムが10年後もあるのかはわかりません。なので、ブログを開設したいと考えています(2023年2月現在は開設済み)。
――収益の柱を複数持つというのは意識されているんでしょうか?
【ぬこー様ちゃん】はい、昔から収益の柱を3本以上用意するようにしています。僕の現在の収入源である「Kindleインディーズマンガ」という1本の大きな柱がなくなっても、他の小さな柱で生きていけるように準備しています。代アニの講師時代、生徒さんに話をしていたのは「失敗する準備をしてください」ということです。少年漫画を目指している若い人たちにその傾向が強いんですが、みんな成功することだけを考えていて、失敗することを考えていないんですよね。一発逆転を狙っている人が多い。「失敗したら終わっちゃうから、失敗する準備をしましょう。その準備は何かっていうと例えば就職。漫画で収入が入らなくても、就職すれば定期的にお金が入るから死なないよね」と。就職しないなら、活動を1本に絞るんじゃなくて、いろいろやってみましょうと話しています。20代を作品作り1本でやって、結局30歳近くになってどうにもならない状態になっちゃった…という人をたくさん見てきました。背水の陣で挑むといえば聞こえがいいかもしれませんが、そういう状況ってめちゃめちゃ不安になっちゃうじゃないですか。
――メンタルを保つというのは、創作活動上、大事なんでしょうか?
【ぬこー様ちゃん】大事です。背水の陣で挑んだ子ってメンタルを病んじゃうことが多い。つぶしがきかないという状況が心のエネルギーを使いがちなんですね。失敗してもこれがあるから大丈夫、という状況を作ることが、結果的により頑張れる状況を生み出します。それに、作家ってメンタルのコンディションが落ちると、描けなくなっちゃうんです。一気に線がガタガタになったり、セリフも支離滅裂になったり。体の健康も大事ですが、心の健康も大事です。
――しかし、今の話を学生さんにすると「仕事しながら創作活動をするなんて時間的にも体力的にも無理」と言われませんか?
【ぬこー様ちゃん】言われます。そのときは「それまでだったんだよ」って話をしています。本当に創作をしたくてたまらない人って忙しくても絶対やるんですよ。忙しいが理由でやらないなら、創作活動をしないほうが幸せです。学生さんに話すときは、その人に合わせてマイルドに伝えていますが。
――最後に、SNSをメインに活動されているぬこー様ちゃんにとって、出版社の存在ってどういうふうに感じていますか?
【ぬこー様ちゃん】クリエイターがマネタイズする手段が増えてきました。以前は、作品を発表するのには商業誌に頼らなければならなかったですが、今は同人誌、pixiv、TwitterやInstagramといったSNS、そしてKindleもあります。pixivFANBOXのように直接作家を支援するツールもあるなかで、出版社は変わっていないですよね。ネームも漫画家が無料で描いているし、連載の準備費用も出ないし、印税も固定です。今まではそれしかなかったからそれをのむしかなかったけれど、出版社以外の方法のほうがうま味があると思われるようになったら、出版社が変わらざるをえないんじゃないでしょうか。いっぱい売りたいということに価値を見出している人にとっては、出版社の力を借りたほうがいいわけですが、そこに魅力を感じなくなってきた40代のおじさんたちはそっちに行きづらいなというのがありますよね(笑)。
新しいものに挑戦する姿勢、しかし、闇雲に始めるのではなく、下調べもしていくという話が印象的だったぬこー様ちゃん。今後は、海外進出やVtuberとしての活動も視野に入れているとのこと。Twitterでの絵日記から、どのように活動が広がっていくのか、注目していきたい。
取材・文協力=西連寺くらら