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「文字にしたら陳腐でありふれている。それが私の被害」 葭本未織が演じる理由

小川たまかライター
『光の祭典』2017年版公演より(画像提供=少女都市)

 先月、劇団「少女都市」を主宰する葭本未織さんからメールをいただいた。

 8月に公演を行うといい、公演のタイトルは『光の祭典』。初演は2017年で、今回は3回目。メールには、レイプドラッグを使われた自身の性被害を元にした公演であることが書かれていた。しかし、その事実は公表していないという。

 公表していないということであれば、取材でその話を聞くことはないだろう。そうであれば、一般的な話を聞こう。そう思った。

 たとえば、彼女が先日発表した文章の中で書いていた、「性暴力が無くならないかぎり、わたしは娘を、子を持つのが怖い。」という一文にひどく共感する。

 そういったことを話そうと決めて取材に向かったところ、彼女の口からあふれ出たのは、彼女自身の体験についての言葉だった。

 先に書いておきたいのは、公演の中で描かれるのは、ステレオタイプな「かわいそうな被害者」ではない。また、加害者へのリベンジでもない。

 同情されるだけの公演にしたくない。公演は被害の再現ではない。そう話す彼女から感じたのは、表現としての演劇を慕う気持ちだった。

『光の祭典』2017年版公演の葭本さん(画像提供:少女都市)
『光の祭典』2017年版公演の葭本さん(画像提供:少女都市)

「仕事をあげるからキスさせて」

――AMに発表されていた文章の中で、「わたしがこれを書いた2016年から2017年初春にかけて、皆さんが頭に思い浮かべる事件は、まだ明るみになっていなかった」とありますね。「無かったことにされていたが、確実にあることだから書いたのだ」と。

葭本:大学4年の卒業制作で岸田國士戯曲賞に推薦していただいて、岸田賞は演劇界の芥川賞と言われるような賞ですが、推薦されたと知ったら、お世話になっていた演出家の男性が人が変わったようになってしまったんです。

 それまでは先輩後輩の関係だったのに、「仕事をあげるからキスさせて」とか。

 当時、NHK朝ドラのヒロインオーディションの選考に残ったので、その人が「お祝いしよう」と言ってくれたんですが、食事をして2軒目のワインバーで記憶がなくなりました。目が覚めたときに目に入ったのはラブホテルの床だった。

 私がそのホテルのトイレで止まらないぐらい吐いているのに、相手の人は隣でキスしてくる。「かわいい、かわいい」って言われて。そのあとタクシーに乗って帰って、帰ってからも吐いていました。

 私は吐いてしまったのは自分の責任だと思っていたので、気分が悪い中でも謝ったんです。「いいんだよ」と言われたのを覚えています。

 バーのあとの記憶がないので、次の日にメールしたら「覚えてないなら大丈夫だよ」みたいな返信が来て。ひとりでいるのが怖くて友だちの家に行きました。そこから電話をかけて聞いたら「最後まではしていない」って言う。

 実際に、私にはひどい性交痛があり、性交が行われたなら痛みが残っていると思うので、「未遂」ということなんだと思います。

 そのあとすごく不安定になって、オーディションも落ちて、そのとき付き合っていた人ともいろいろあって別れることになりました。

『光の祭典』2017年版公演より(画像提供=少女都市)
『光の祭典』2017年版公演より(画像提供=少女都市)

許さなければいけないと思っていた

――「大切なのは、許そうとすることではなく、わたしが傷ついたとわたしが知ることだ」という文章も書いてらっしゃいましたね。

葭本:私はその男性のことを、それまで信用して、すごく慕っていたんですよね。だから許さなければいけない、許したら楽だって思っていました。

 でも許した先に何があったかというと、相手からの「自分の女」扱い。身体的な接触はありませんでしたが、たとえば飲み会の席で私のことを吹聴する。それが耐えられなくなりました。

 さらにそれから、記憶がなくなったのは、私のグラスに自分の常用していた睡眠薬を入れたからと言われました。本人が自分から私にそうほのめかしたんです。

 それが大学4年の終わりで、「演出家」という職業の人が信用できなくなったし、精神的にお芝居ができない状況になってしまった。

 でも悩んだ挙げ句、書く能力があるなら、自分で劇団を始めようと思って少女都市を起ち上げました。

 少女都市の最初の公演は岸田賞に推薦された『聖女』、2本目が『光の祭典』です。2本目では、この過去に向き合わないと、と。

 レイプ未遂に遭うまで、卒業後は東京で芝居を続けて結婚すると思っていたけれど、実際は実家のある兵庫で劇団を旗揚げしたし、思い描いていた環境と全く変わってしまった。だから克服しないと、と思いました。

 性暴力って暴力なんだけど、普通の暴力だったらみんな殴ったほうが悪いと思うのに、性暴力は殴られたほうが悪いと思ってしまう。私も、自分の友だちが性被害に遭ったら「あなたは悪くない」って思うけど、自分のことだと「自分が悪い」と思ってしまう。

 今しゃべったことも、文字にしたらすごく陳腐でありふれているけど、それが実感です。

 脚本を書いて、自分の身に起こったことを捉え直す必要があった。取材に対してこうやって喋るのも、告発をしたいとか、そういうことではなくて、捉え直すため。

 (『光の祭典』の)脚本を書いている途中に伊藤詩織さんの事件を知って、ほかにも被害に遭った人の話を聞いたり読んだりして、メールのやりとりとか、似ているなと思いました。

 「なぜあんなひどいことをしたのか」と問うと、相手は恋愛だったということにしようとする。

 私の場合、相手の男性が私に言ったのは「君に価値があったからそうなったんだ」とか、「君という人物がわからなくなったから知りたくなった。知的欲求だ」とか。

 まるで自分が被害者かのように話す。私が、その人から受けた傷について「まるで虐待された子どもの気持ちでした」と言ったら、「僕も虐待されたことがあって」と話し始める。なんで?

お客さんの同情を集めるのではなく

――『光の祭典』は、性被害に遭った女性が主人公ですが、ステレオタイプではない。そこがもしかしたら賛否が分かれるのかもしれませんが、面白いなと思いました。

葭本:主人公が被害者で、ツラかったですというだけだと、お客さんは同情する。被害者に。一緒になって自分ごととして考えるのではなく、被害者を「かわいそうだな」「恵まれない人だな」と思ったりする。

 それは絶対に嫌だなと思いました。

 それから、ツラい思いをした人の公演だから哀れんでチケットを買ってもらうのではなく、売るに足るものをつくったから買ってもらう、それが舞台ですよね。

 ありふれていて陳腐な被害、そんなできごとをお客さんが自分ごとのものとして受け止めるためには、主人公が自分の両面に気づいて苦しむ葛藤が必要だったと思う。

 私もフィクションの中で性暴力が描かれることに慣れすぎていて、大学時代に作品をつくったときは、軽々しく入れてました。性暴力を使うと、ストーリーが展開するから。

 私の被害は未遂で、フィクションで描かれるとしたらページ数を割かれないものかもしれない。私も実際に経験していなかったら、人生を変えるほどのこととは思わなかったと思う。でも実際は変えられてしまった。

 性暴力は、その人のパーソナリティーを傷つけること。なかったことにされて、個性を踏みにじられる。だから傷つく。

 一方で、私は劇団を起ち上げたあとで、自分の加害性にも気づきました。いざ自分がプロデューサーの立場に立ったときに、俳優にとって自分は権力なのに、権力だと気づいてない自分がいた。

 たとえば、演技とは関係ないところで私が俳優に「私を抱きしめろ」って言ったらそれは強制になる。だからすごく気をつけないといけない。

 人は被害と加害の両面を持っていて、それに苦しむ。私も、欠けた部分と素晴らしい部分、両方を持っている。両方を持ったのが自分、それを実感してもらうためにこの作品を創りました。

『光の祭典』2017年版公演より(画像提供=少女都市)
『光の祭典』2017年版公演より(画像提供=少女都市)

性接待の強要が「枕営業」と言い換えられる業界

――エンタメやアート界でも性暴力の背景に支配関係の構造があると思います。特にこういう業界で、強者の論理が巧妙に幅を利かせているなとも。「芸術のために脱ぐ覚悟があるか」「セックスも勉強のうちだから」「体を使ってのし上がってなんぼ」など。

葭本:20~23歳頃まで、そういうことがすごく多かったですね。

 テレビ局の人と寝ろって言われたり、お酒の場で「この人、新聞社の人だから寝てこい」って言われて、お店の人に逃してもらったり。写真展のモデルに応募したらいきなり電話がかかってきて「俺と寝ろ。寝たらいいことがある」って言われたこともありました。

 洗脳が上手で、「自分との縁を今切ったら、女優生命はない」みたいなことまで言ってくる。

 そういう話をずっと相談していたのが、最初に話した男性の演出家なんです。当時は信頼していたから相談したんですが、「ハリウッドのプロデューサーだったら寝たらいいけど、そうじゃないなら寝なくていいよ」って。

 そんなこと言う人もおかしいし、そう言われて「そっか、寝なくていいんだ」と思っていた私もおかしい。

 今の私は髪を短く切ってメガネをかけたりしているし、こういうことを言うとわかったから近づいてこなくなった人もいます。

――演劇界の男社会はどうしたら変わると思いますか?

葭本:結局、ほかの業界と同じだと思う。演劇の役者は今、女性のほうが多いんですよね。でも上で束ねているのは男性が多い。女性が多い職場でも管理職は男性、っていうのと同じだと思います。

 演出家やプロデューサーで、きちんと職業倫理とか上に立って教えることの意味や教え方を学んでいる人は少ないんじゃないかと思う。

 権力を持ってしまうのに、そこに気づかずに、モラハラやパワハラっぽいことをしてしまう。そこを変えないといけないんじゃないかと思います。

――どんなお客さんに今回の公演を見てほしいですか?

葭本:たぶん人って傷ついた経験と傷つけた経験、どちらも持っていると思います。

 傷つけてしまった経験を持つ人、その経験をどう受け止めるか、まだはっきりしていない人。そういう人に見てほしい。

 ものすごく大きな言葉で言えば、自分には何も見えなくて暗闇の中でひとりぼっちだと思っている人。傷つけられたことでも、傷つけたことでもどちらでも。

 物語を一緒にたどって自分の光を見つけるきっかけになれば。私もまだその途中なのだと思います。

(葭本未織さん。選択的夫婦別姓に賛成。「サイボウズの青野社長を応援しています」/筆者撮影)
(葭本未織さん。選択的夫婦別姓に賛成。「サイボウズの青野社長を応援しています」/筆者撮影)

葭本未織プロフィール:1993年1月17日生まれ。兵庫県出身。2歳で阪神淡路大震災を経験。『光の祭典』にも被災経験のあるキャラクターが登場する。文学座付属演劇研究科本科・研修科を経て、立教大学在学中に制作した『聖女』で第60回岸田國士戯曲賞に推薦。

公演『光の祭典』は8月21日(水)から27日(火)まで。東京:こまばアゴラ劇場。

公式サイト http://girlsmetropolis.com/

チケット販売フォームhttp://ticket.corich.jp/apply/100663/

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

トナカイさんへ伝える話

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これまで、性犯罪の無罪判決、伊藤詩織さんの民事裁判、その他の性暴力事件、ジェンダー問題での炎上案件などを取材してきました。性暴力の被害者視点での問題提起や、最新の裁判傍聴情報など、無料公開では発信しづらい内容も更新していきます。

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