「簡潔な質問通告」で官僚の疲弊はさらに加速。改善するには与野党の協力が必須
国民の関心は、官僚の残業問題では...?
国民民主党の森ゆうこ参議院議員の質問通告をめぐる騒動が、どんどんあらぬ方向に進んでいる。
事の発端は、台風前夜にもかかわらず、週明け(10月15日)の予算委員会での質問準備のために、国会待機を強いられ、深夜残業となった官僚(匿名であるものの、内容を見れば内情をよく知る人物であることは明白)が「悲鳴の声」をSNS上にアップしたことだ。
この「悲鳴の声」はネット上で大きな話題となり、ようやく「国会対応」、「官僚の残業問題」も変わっていくのでは、と期待させた。
しかし、その期待とは裏腹に、なぜか、途中から「情報漏洩」の話題へとすり替わり、最終的には、政府への事前通告が簡素化されることで与野党一致してしまう、という最悪な展開となっている。
質問項目が事前に「漏れる」ことのどこが「質問権」を侵害するのか、どんな悪影響があるのか全く理解できないので、そちらを深掘りする気にはならない。
むしろ、国会審議に国民の目を向けさせるためには、事前に公開した方が良いのではないだろうか...。(政策論議ではなく、政府答弁からミスを引き出すことを狙いとしていれば、質問を「秘密」にしておきたいのだろうが)
本稿では、そうした枝葉の議論ではなく、本筋である「官僚の残業問題」について考えていきたい。
森議員の質問通告によって「国会待機」が長引いたのは事実
まず、事実確認として、森議員は質問通告期限の11日17時より前の、16時30分に通告済みだと言っているが、追加の説明により、官僚が夜遅くまで残っていたことは国民民主党の代表である玉木雄一郎衆議院議員が会見で認めている。
同日、10月16日に会見を行った国民民主党の原口一博国対委員長によると、森議員が追加で説明したのは、(官僚が)土日に出勤しないですむように「配慮」した結果らしいが、常識的に考えれば、全く「配慮」になっていない。会見中に、質問通告の2日前期限を、13日だと述べているが、官僚は休日出勤が当たり前だとでも思っているのだろうか。
それに、一般的に、ちゃんとした「通告」になっているかは受け手が判断するのであって、答弁の作成準備に移行できなければ、「通告」の役割を全く果たせていない。
ただし、会見に同席した、元郵政省の官僚出身である奥野総一郎衆議院議員だけが唯一、「情報漏洩」と「官僚の深夜残業」は別の問題だと何度も強調していたことは補足しておきたい。
19日に公開した自身のブログでも謝罪の意を表明している。
「簡潔な」質問通告でさらに労働環境は悪化する
その後の顛末は、冒頭述べた通りである。
「最悪な」展開だというのは、「簡潔な」質問通告によって、さらに、官僚の労働環境は悪化するからだ。
質問が詳細であれば詳細であるほど、担当者を決めて想定問答を作りやすく、関係しない省庁・課の官僚は国会待機から解除させることができるが、曖昧な質問であれば、より多くの担当者が大量の想定問答を用意しなければならず、残業が激増することが容易に想像できる。
しかも、答弁時間は限られており、ほとんどの想定問答が無駄に終わるだろう。
一方で、事前レクなしでは、質問者の意図(期待)する回答になるかも不明であり、不毛なやり取りで終始する可能性もある。
質の高い政策論議もできず、無駄な残業ばかりが発生する、そんな状況を誰が望んでいるのだろうか。
政治家の不毛な対立で犠牲になるのはいつも現場の官僚と国民である。
「なぜ官僚が答弁を作成するのか」という疑問の声もあるが、担当大臣の業務範囲は多岐にわたり、一つ一つの詳細について全て把握している人はどこにも存在しないのに加え、国会の答弁は議事録にも残るため、安易に答えられるものではない。
(他方で、官僚が作成した答弁は大臣レク時に修正が入るなど、そのまま答えているわけではない)
仮に、事前に通告していない質問が乱発すれば、ほとんどが「後日回答します」といった内容になり、ますます国会審議が形骸化するのは明らかである。
海外の「質問通告制度」
実際、日本が議院内閣制の範とするイギリスでも、答弁は官僚が作成している。
議員による事前通告は、3会議日前の昼までに書面で通告することが原則である。
他にも、同じく議院内閣制のドイツでは、前週金曜日が期限となっており、こちらも官僚が想定問答を作成する。
フランスは、大臣を中心としたチームのスタッフ(政治任用の補佐官)が答弁を作成するが、原則として会期が始まる時点で、何月のどの週のどの時間帯で、どのような質問(質問のタイプと会派ごとの割り当て)が行われるかが決まっている。
そして事前通告の提出期限は2週間前となっている。
このように、諸外国では答弁作成時間に余裕があり、官僚が連日深夜残業を強いられる状況にはない。
また、審議日程も先まで決まっており、与野党による「日程闘争」が起きることもない。
長時間労働を改善できない「構造的な問題」
ではなぜ日本では委員会・本会議が決まるのが直前になってしまうのか。
今回の森議員の質問通告の件も、委員会開催が決まったのは2日前の昼間であり、議員個人の努力だけでは限界があることも事実である。
その理由について、以前取材した細野豪志衆議院議員はこう語っている。
日本の政策立案過程では、与党内で「事前審査制」と「党議拘束」が行われており、国会審議で法案修正が行われることもなく、野党として功績を上げる余地がほとんどない。
その結果、法案を廃案に追い込むための、「日程闘争」を行わざるを得ず、与党も審議拒否されないように、野党に配慮しているのが現状だ。
事前審査とは:内閣が提出する法案は与党内の部会で事前に審査され、総務会で決議される。
党議拘束とは:党の決定に従い、法案決議の際に自分の意思で自由に投票することを拘束される。結果的に議席の過半数を与党が占めている場合には法案の修正が起こることは少なくなる。
会期不継続の原則とは:国会の会期が終わると採決の終わっていない法案は廃案となり、また一から審議となる。
今回、野党による「政府への事前通告簡素化」の提案を受け入れたのも、審議拒否をされて、法案が通らないことを避けるためであり、根本的な原因である、「日程闘争」しかできない構造自体を変えなければ、官僚の深夜残業も、形骸化した国会審議も改善することはできない。
そして、構造を変えるためには、与野党の協力が必須であり、野党だけで変えることは難しい。
むしろ、タイトな日程で法案成立を目論む与党の方が責任は重いかもしれない。
筆者が代表理事を務める日本若者協議会でも、「国会改革」に関する提言を各党に出しているが、若者の多くから国会は「有意義な政策議論の場になっていない」と思われており、若者の「官僚離れ」、「政治離れ」を止めるためにも、国会改革は急務である。