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SKE48を知らなかったアメリカ人プロレス記者による荒井優希デビュー戦の評価

三尾圭スポーツフォトジャーナリスト
かかと落としFinallyを決める荒井優希(写真提供:東京女子プロレス)

 日本の女子プロレスは、日本国内よりもアメリカで高い評価を受けている。

 アメリカ第2の団体であるAEWでは志田光が女子チャンピオンとして1年近くベルトを保持しており、最大手のWWEでもアスカが女子主要4大ベルトを獲得する『グランドスラム』を達成するなどWWE女子戦線の主役として活躍している。

 今年2月にはAEW女子王者、志田の次期挑戦者を決めるトーナメントが日米2ヶ国で行われ、初代王者の里歩を含む9人の日本人女子プロレスラーがトーナメントに参加した。

 次から次に素晴らしい女子プロレスラーを生み出す日本の女子プロレスは、アメリカ・マット界の識者たちから注目されているが、日本では大きく盛り上がった女子プロレス界期待の新星、荒井優希のプロレス本格デビュー戦は、アメリカ人記者の目にどう映ったのだろうか?

 人気スポーツ情報サイト「FanSided」のプロレス部門に寄稿するマイケル・モデンガ記者に率直な意見を聞いてみた。

 「FanSided」に新日本プロレスやDDTプロレスリングの記事も寄稿しているモデンガ記者は、荒井のデビュー戦を観るまではSKE48の存在を知らなかった。そんな彼にアイドルとしての色眼鏡を抜きで、一人の新人プロレスラーとしての評価を中心に語ってもらった。

荒井優希&渡辺未詩組vs.伊藤麻希&遠藤有栖組

評価:3つ星半(5つ星満点)

 「荒井優希のデビュー戦なので、スター候補生であるユキに勝たせるかと思ったのだが、東京女子は荒井優希と伊藤麻希のライバル・ストーリーを作る道を選んだ。ユキのライバルとして、マキ以上の存在はいない。

 伊藤・遠藤組はいい感じでユキを痛めつけ、彼女にプロレスの厳しさを教え込んだ。ユキを打ちのめすことで、彼女を応援する多くのファンの熱も高めていった。ノックアウト寸前まで追い詰められたユキが、マキのフライング・ビッグヘッドを自爆させ、そこからかかと落としFinallyを決める流れは非常に良かった。これで試合が決まったかと思わせたが、AEWでも活躍しているマキを倒すのはそんなに簡単ではなかった。アリスが助けに入って、フォールを遮ることにより、かかと落としFinallyの価値を下げることを避けられた。

 最後はマキが必殺技である伊藤デラックスでユキからギブアップ勝ちを奪ったが、デビュー戦で格上の相手の必殺技を引き出したのは、大きく評価できる。ユキが持つプロレスラー、将来のスーパースターとしてのポテンシャルを感じさせるデビュー戦だった。

 ユキとマキの2人だけでなく、パートナーのミウとアリスも持ち味を発揮して、合格点を与えられる試合だった。とくにミウのジャイアントスイングとダブル・ボディスラムは素晴らしかった」

目指すべきは山下実優のような打撃主体のスタイル

 「ユキがプロレスラーとして、今後も成長を続けていくためには、技のバリエーションを増やして、シングルマッチでも試合に勝てるレスラーだと証明していく必要がある。

 かかと落としFinallyという一撃必殺技を持っているが、そこに繋げるまでの技を覚えていかなくてはならない。

 ユキが目指すべきスタイルは、プロレスの師匠でもある山下実優のような蹴り主体の戦い方。ミユのように空手出身ではないユキが、ミユのスタイルをコピーするのは難しくても、参考にするべき点は多いにあるはずだ。プロレスラーとしてユキの最大の武器は蹴りにある」

 「ユキがアイドルとして活動するSKE48が、日本でどれだけ人気があり、影響力を持つ存在なのかは、この試合に関する情報を入手するまで全く知らなかった。

 プロレス媒体だけでなく、普段はプロレスを取り上げない一般媒体もユキのデビュー戦を大きく扱ったと聞き、驚いたと同時に嬉しかった。東京女子プロレスは世界で通用する魅力的なコンテンツであり、その存在と面白さを多くの人に届けるには、一般メディアの力が必要である。東京女子には、可愛く、個性的で、魅力的なレスラーがたくさんいて、試合を観ていてとても楽しい。

 マキはアメリカで試合をして、すぐにアメリカ人ファンの心を掴んだが、彼女は素晴らしいレスラーだ。とてもユニークでカラフルなキャラクターで、全く物怖じしない。自信満々で、良い意味で相手レスラーやファンをイラつかせる。坂崎ユカの軽快な空中殺法もアメリカ人ファンの支持を得た。

 将来的にユキがアメリカで試合をするのであれば、彼女もスター・レスラーになれるだろう。一つアドバイスをするのであれば、アメリカ人にもすぐ分かるような、分かりやすい個性を身につけた方がいい」

アメリカで活躍するならば『女子プロ版ゴールドバーグ』

 「もしも、私がユキのキャラクターを作るのであれば、『女子プロレス版のゴールドバーグ』みたいな感じにする」

 アメフト出身のビル・ゴールドバーグは、「スピアー」と呼ばれる強力タックルと、投げ技の「ジャックハマー」の2つの技で秒殺を繰り返して、デビューから173連勝して、瞬く間にプロレス界の頂点に登り上がった超人レスラー。ちなみに、アメリカマット界でゴールドバーグの連勝記録を抜いたのは、日本人レスラーのアスカである。

 「ユキは身体能力が高そうなので、ゴールドバーグのような無敵超人として相手を秒殺してもらいたい。かかと落としFinallyという必殺技があるので、そこに繋ぐ強力な技をもう1、2個マスターして欲しい」

 「もう一人、ユキの参考になりそうなレスラーはロウ・キー。彼は小柄なレスラーだったが、スイッチブレイド・キックという得意技を持っていた」

 ロウ・キーとは約10年前に新日本プロレスに参戦して、IWGPジュニアのベルトを巻いたこともある実力者。身長173センチ、体重77キロと小柄ながら、多様な蹴り技と関節技の使い手だった。

 「もしくは、今のユキにとって、最もナチュラルなキャラクターが、アンダードッグ・キャラ。試合の大半でやられているが、最後は丸め込んで勝つレスラーだ。アメリカの女子プロレスには軽快な動きができるレスラーが少ないので、小さな選手が一瞬の隙を突いて大きなレスラーに勝つのは、ファンの支持を得られるだろう」

日本人女子プロレスラーがアメリカで受け入れられる理由

 コロナ禍になってから日本のプロレスも観るようになったと言うモデンガ記者は、最初はユーチューブで新日本プロレスの英語動画を中心に漁っていた。あるときDDTプロレスリングの動画が偶然にも「お勧め」に出てきたことからDDTも観るようになり、その流れでDDTの姉妹団体である東京女子プロレスの試合も観るようになった。

 「DDTはとてもクリエイティブなプロレス団体で、試合もバラエティに富んで、見ていてとても楽しい。アメリカのファンにも受け入れられるコンテンツだが、残念なことに英語での情報が限られている。動画サイトのDDTユニバースは、日本語が理解できないと使いこなすのが難しいし、英語解説がついている試合も限られている。そこが新日本プロレスとDDTの大きな違いだね。正直なところ、DDT、ノア、東京女子と多様なプロレスが観られるDDTユニバースは、新日本プロレス・ワールドよりもお買い得なサービスだと思う」

 英語でアメリカのファンに向けて日本のプロレス情報を届けるモデンガ記者に、なぜ日本人女子プロレスラーはアメリカでもトップに立てるのかを聞いてみたら、こんな答えが返ってきた。

 「アメリカの女子プロレスラーはパワーとサイズを売り物にするレスラーが多いのに対して、日本の女子プロレスラーは基礎がしっかり学んでおり、プロレスの技術力も高い。動きは俊敏で、カリスマ性も備えているので、日本だけでなくアメリカでもトップになれる。激しい戦いができるのが日本の女子プロレスラーだが、東京女子のプロレスラーの試合からはプロレスの楽しさが伝わってくる。試合中にも笑顔を見せる姿は、アメリカのファンにとって新鮮だ」

 「ユキは一般メディアからの注目という他のレスラーにはない大きな武器を持っており、プロレスラーとして明確なキャラクターを確立できれば、将来の日本女子プロレス界を背負っていく存在へと成長できるはずだ。レスラーの成長には良きライバルの存在が必要不可欠だが、ユキにはマキという最高のライバルかつ超えるべき壁が与えられた」

 荒井優希の次戦は6月6日にさいたまスーパーアリーナにて開催される「サイバーファイトフェスティバル 」。乃蒼ヒカリ・瑞希と組んで、 伊藤麻希・上福ゆき・小橋マリカと戦う6人タッグマッチ。お互いにパートナーを変えるが、2戦目でも伊藤との戦いが組まれた。

 デビューから1ヶ月で荒井はどこまで成長できているか。日本のプロレスファンだけでなく、海外のファンも荒井の成長を注目している。

2戦目となる「サイバーファイトフェスティバル」でも対戦する荒井優希と伊藤麻希(写真提供:東京女子プロレス)
2戦目となる「サイバーファイトフェスティバル」でも対戦する荒井優希と伊藤麻希(写真提供:東京女子プロレス)

スポーツフォトジャーナリスト

東京都港区六本木出身。写真家と記者の二刀流として、オリンピック、NFLスーパーボウル、NFLプロボウル、NBAファイナル、NBAオールスター、MLBワールドシリーズ、MLBオールスター、NHLスタンリーカップ・ファイナル、NHLオールスター、WBC決勝戦、UFC、ストライクフォース、WWEレッスルマニア、全米オープンゴルフ、全米競泳などを取材。全米中を飛び回り、MLBは全30球団本拠地制覇、NBAは29球団、NFLも24球団の本拠地を訪れた。Sportsshooter、全米野球写真家協会、全米バスケットボール記者協会、全米スポーツメディア協会会員、米国大手写真通信社契約フォトグラファー。

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