YouTubeの反響から9年。ダウン症の弟への愛と葛藤を見つめた原作者が、今、思うこと。
イタリア映画『弟は僕のヒーロー』
原作者にインタビュー
初めてできた弟ジョーが「特別」な子だと聞かされ、弟はスーパーヒーローだと信じた5歳のジャック。やがて、「特別」の意味を知った彼は、思春期を迎え、ジョーを愛しながらも彼の存在を隠すようになり、好きな子についた小さな嘘が田舎町全体を巻き込む大騒動を招くことに。イタリア発のヒューマンストーリー『弟は僕のヒーロー』は、そんなジャックの青春物語でもある。
ジャックのモデルは、原作者にして本作の脚本にも参加しているジャコモ・マッツァリオールさん。ダウン症の弟ジョヴァンニと一緒に製作し、2015年3月21日の「世界ダウン症の日」に合わせてYouTubeに公開したショートムービー『ザ・シンプル・インタビュー』が話題を呼び、翌年19歳のときには、弟や家族との日々を綴った『弟は僕のヒーロー(原題:Mio fratello rincorre i dinosauri)』を発表。本作はその映画化だ。
現在はNetflixのドラマシリーズ『Baby/ベイビー』など、脚本家としても活躍するジャコモさんに、話を聞いた。
ジャックの嘘が招く事態が笑い事では済まないレベルなので、原作を読んで、映画で描かれる大騒動が実際にはジャコモさんの身に起きていなかったことを知ってホッとしたほど。
「ジャックは僕自身なわけですけど、彼に最悪のどん底まで落ちてほしいと思ったんです。映画なので誇張した部分もありますし、全く同じことが起こったわけではないんですが、ジャックが経験した葛藤は自分自身も感じていたもの。家の中ではすごくジョーを愛していて、一緒にいて楽しいと心から思えるのに、外に出た途端に彼のことを隠さなきゃいけないような気がしてしまう。二重生活を送っているような感覚に引き裂かれていたんです。
映画化するにあたって、絶対に描いて欲しかった要素はいくつかあります。まず、幼少期。つまり子供だったということ。そして、自分がついてしまった嘘。それから、ジョーに対する自分の相反する感情。本当に好きなのに彼の存在を公にできず、ダウン症のある弟は自分より先に死んでしまうかもしれないという不安を抱えてもいる。でも、こうした過程があったからこそ、この映画ができたし、本ができた。今はそう思えます」
弟を愛するからこそ、様々な不安が渦巻いている。たとえば、ジャックは「ジョーは働くことができない」という偏見に満ちた言葉に動揺する。大きな反響を呼んだ『ザ・シンプル・インタビュー』が就職面接の風景を描いているのは、そうした偏見を抱かれがちな弟へのエールであると同時に、偏見に負けないというメッセージでもあるようにも思える。
この愛すべき映画が作られてからも5年近い歳月が流れている。ジョーさんの近況は?
「今、21歳です。両親と故郷の街に住んでいて、彼に満足感を与えるような仕事についてますが、満足と共に仕事に付き物のストレスも抱えている状態ですね。演劇のワークショップや自立支援の活動を通して人と知り合うことも多いので、多分、今、彼が一番困難に直面しているのはその友人関係なんじゃないかなと。でも、ちゃんとイタリアの社会の一員として生きているなという感じはすごくしていて、それはすごく満足してます。イタリアは障がいのある人たちを家に閉じ込めておこうとする社会ではないので、弟は僕より忙しいくらいですよ(笑)」
そんなイタリア社会の一端がうかがえるのが、小学校でのシーンだ。一人で下校すると宣言するジョーに、クラスメイトたちが声援を送る。
「学校生活は、弟にとってものすごくポジティブな経験だったと思います。本当の意味での友達を学校で得たし、包摂的な教育が助けになった実感はあります。
障がいのある子供だけの学級や学校にいたとしたら、弟はある種のトラウマを抱えたと思うんです。無自覚であったとしても、普通と違う集団に自分はいることを感じとったでしょう。でも、障がいのない子供たちと同じ教育を受けたことで、そうしたこともなかった。
みんなが携帯を持ってるから、僕も持ちたい。学校に1人で行きたい。学校から1人で帰りたい。周りにいる子たちと同じようでありたいというのは、彼のひとつの指針でした。その欲求が必ずしも全部満たされたわけではありませんが、同級生や同年代からのリファレンスが、障がいのある子たちだけからじゃなかったことは、彼にとってすごく刺激になったと思います」
弟への視線を通して、自分自身の葛藤をユーモアも交えて描いた原作。続編を期待する声も多いのでは?
「自分にとって、これは1回きり発生するものだと捉えています。YouTubeに投稿して、それがバズって、新聞やテレビで取り上げられて。そこが一つのゴールかなという感じもしていて。一方で、人生は先に進んでいて、ジョー自身もまた別の難しさに直面しているし、悩みも夢もある。語れるとしたら、ジョーの物語なのかなとは思うんですけど、それをするのはあまり居心地が良くない。映画でも、そのへんは全く語られていないですよね。映画はお兄ちゃんの物語。弟をツールとして語ることには抵抗感があるんです。
それに映画も原作も数年前に出たのに、いまだに話題になっているんですよね。おかげで、数年後のジョーの姿をこうしたかたちで話す機会もあって、まだまだオンゴーイングに進んでいる物事ではあるんですよね」
ジャコモさんの物語ということでは、Netflixのドラマシリーズなどの脚本を手掛けている彼の今後も気になるところ。
「自分の経験は、ある種、特殊なことも自覚しているんですが、今、直面する難しさは、この経験を書いた本を超えられないこと。この第1作は小説としての技術は稚拙だけれど、心と感情は本当にあった。何か残るような小説を書きたいと思うんだけれども、システマティックにやっていこうとすると熱さが消えてしまったりして、なかなかうまくいきません。
その点、脚本の仕事は想像力を働かせる部分が多いので、自分に向いてるかなと思いますが、シリーズもののテレビドラマは産業ですし、いろいろ制限もあるので、そのへんに葛藤があります。だから、この作品ほどの存在感はないにしても、何か自分を照射したものを書きたいという思いがありますね」
本当の心と感情で多くの人の心を温かくしてきたこの作品を通して、日本の方に何が伝わるといいと思いますか。
「まず、人々がこのテーマについて考えるきっかけになればと思うんです。最終的には、障害を持った人たちの日常生活への包摂が目標ではあるけれど、そのためには障がいがある人に初めて接した人は、何が問題なのかをひとつずつ意識していかなくちゃいけない。そこで初めて、その問題を克服していこうという道が開けるわけで、まだ道は遠いんですけど。
そして、若い人たちに観てほしいです。なぜなら、若い人たちの成長を描いた映画ですから。と同時に、この映画を観てくれる大人たちが、海の岩場で遊ぶ子供たちを遠くから見てるような気分で観るのかもしれないと思うんです。子供たちは岩場からちょっと勇気を出して、海に飛び込んでみようという気になるじゃないですか。それができるのは、大人が見守ってるから。見守る大人と挑戦する子供。そうした関係性が映画を通して築けるといいなと思うんですよ。
で、若い人たちには、人を愛するとか、いろんな感情を得ることに関しても、あまり心配しないでほしいというか。もっと正直にそれを享受してほしい。そして、そうしたことを通して、「できる」「できない」を規範にしている能力主義みたいなものに縛られているビジョンから離れられるきっかけになればと思います」
(c)COPYRIGHT 2019 PACO CINEMATOGRAFICA S.R.L. NEO ART PRODUCCIONES S.L.
『弟は僕のヒーロー』
1月12日よりシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中