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【神戸市北区】「光る君へ」の主人公、紫式部のお墓が神戸に!?神戸電鉄に乗って謎の場所へ行ってみた

斎信夫(いつき)WEBクリエイター/旅行ライター・エディター(神戸市)

「源氏物語」の作者として知られる、紫式部(むらさきしきぶ)。大河ドラマ「光る君へ」の主人公に抜擢されたことから、注目が高まっていますが、その紫式部のお墓が神戸にあるという噂を聞きつけました。

気になりますよね?

その謎の場所へ神戸電鉄粟生線に乗って、ちょっと行ってきました!

紫式部のお墓があるのは、山奥ではなく駅のすぐそば。神戸電鉄粟生線の藍那(あいな)駅を降りて徒歩約3分のところ。

改札ではこんな人形が出迎えてくれます。

神戸電鉄粟生線の藍那(あいな)駅は、「国営明石海峡公園神戸地区 あいな里山公園」の最寄り駅でもあるのです。

「あいな里山公園」はここから徒歩約20分で行くことができます。以前、こちらの記事でもご紹介しました。公園内の施設でもこんな人形を見かけました。

改札を出ると「藍那史跡めぐり」という案内板が。

史跡が多く集まる場所らしい。これは期待できますね!

よく見ると、「紫式部墓」の文字が!

どうやらその噂は本当だったようです。藍那駅からは約100m。

まずは、紫式部のお墓が本当にあるのか確かめに

地図を確認しつつその場所へと足を進めます。

改札を出て線路伝いに鈴蘭台駅の方向に少し戻り、踏切を渡ります。

右折して少し進むと・・・

あ、これか!

確かに「紫式部墓」と書かれています。

案内板にはこう記されています。

南北朝末期に建立された宝篋印塔。塔の正面 に「永和二年七十四」〈一三七六年七月十四日) の銘がある。塔高は一・七m。『源氏物語』の作者とされる紫式部(女流作家・歌人)の墓と伝わるが、当人が生存したと推定される平安時代中期(十世紀末〜十一世紀初め)とは三百年以上の開きがあり、由来は不明である。
山田民俗文化保存会

なるほど。

紫式部の生没年は不詳で、10世紀末から11世紀初め、平安時代中期の女性で、塔の銘とは300年以上の開きがあるということですね。

よく考えればこんな有名な人のお墓が線路脇の人目につかない場所に、ひっそりと佇んでいるはずがありません。

まあでも、300年以上の開きはなにかの間違いで、もしかしたら?という思いも。

そんなことを考えながら駅の方に戻ろうと歩いていると、道路の右手にこんなものがあるのに気づきました。

なんとこれは、紫式部を護る者の墓とも言われている「七本卒塔婆」。

やはり紫式部の墓というのは真実なのか!?

ただ14世紀末 (南北朝後期)の建立と推定され、紫式部がいた時代とはやはり開きが。

そういえば案内板に「和泉式部墓」というのもありました。藍那駅から約900mのところに。こちらも活躍した時代と三百年以上の開きがあるらしい。

うーむ。

藍那の史跡を巡ってみよう

少しモヤモヤした気持ちで駅に戻り、ここまで来たなら案内板にある他の史跡も巡ってみようと、歩を進めることに。

線路伝いに小野駅方面へ少し歩くと見えてくる、急な階段を上ります。

あれれれー

なんとここには里山が広がる風景とは似つかわしくないまるで南国のような風景が!

さらに上るとあるのが「大中寺」。室町中期に悟渓和尚(1500年没)が創立したもので、当初は真言宗だったが、元禄時代 (1688~1704)に村を挙げて臨済宗に改宗したそう。

寺の奥にある道を下り、ここを左折。

細い急坂を進むとまるで京都のような竹林の風景が広がっています。

ここは嵯峨野なのか!

紫式部がここにいたとしてもおかしくない雰囲気です。

(あ、ちょっと言い過ぎました。嵯峨野とは比べ物にはならないただの竹林です。)

急坂を上り少し歩くと別の案内板が。近くには毘沙門さんがあるらしい。

またまた急坂を上ると駅前の案内板に「毘沙門堂」と記されていたものがありました。

昔は茅葺の宝形造りの美しい姿をしていたようですが、1965年に台風で倒壊し、新堂を建てて本尊を安置しているそう。

案内板のところに戻り、次は「天津彦根神社」へ。この右手の鬱蒼とした木々に囲まれた中にあるらしい。

おおーー、ここもなんだか京都っぽい!

苔が広がり、まるで京都大原三千院のような雰囲気。

とても味わい深い風景が広がります。

階段を上り境内へ。

(あ、ちょっと言い過ぎました。三千院ほど綺麗ではありません。蚊もいるので、刺されないようにご注意を。)

「天津彦根神社」は「八王子宮」とも言われています。拝殿入り口に掲げられた額裏の銘から、建築年代は享和年間(1801〜04) と思われます。

拝殿の隣には、「藍那八王子宮農村歌舞伎舞台」があります。

神戸市北区のこの周辺は、戦前までは活発に農村歌舞伎が上演されていて、住民による地芝居も盛んだったそうです。

あいな里山公園にも農村舞台がありますし、神戸市北区北僧尾には、兵庫県指定重要有形民俗文化財の「北僧尾農村歌舞伎舞台」というのもありますが、こちらの農村舞台はちゃんと管理されていないのか、ちょっと残念な感じになっていました。大切な文化遺産なのですから、修復してちゃんと管理してほしいものですね。このまま朽ちていくのは勿体ないです。

「天津彦根神社」を動画で

ここまでは藍那駅から約600mですが、ご紹介したルートをゆっくり巡ると1時間弱かかりました。

今回、紫式部の墓を訪ねてここまでやってきましたが、神戸電鉄粟生線の藍那駅周辺にこんなに史跡があるとは知らなかったですし、いい勉強になりました。

紫式部の墓は真偽不明ということですが、そのほうがロマンがあっていいかな。もしかしたら、知られざる歴史があり、なにかの事情で神戸のこの地に葬られたという可能性もなきにしもあらず。そんなふうに紫式部がいた時代に思いを馳せながら、藍那駅をあとに・・・

なお、一般的に紫式部の墓所は、紫式部が生まれ育った地である京都市北区の紫野西御所田町にあります。

基本情報
スポット名:紫式部墓(宝篋印塔)
住所:神戸市北区山田町藍那
アクセス:神戸電鉄粟生線 藍那駅下車、徒歩約3分
駅近くに駐車場や車を停めるスペースはありません。車の場合は、鈴蘭台駅か西鈴蘭台駅近くのコインパーキングをご利用ください。

NHK大河ドラマ「光る君へ」公式サイト
神戸電鉄 公式サイト

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WEBクリエイター/旅行ライター・エディター(神戸市)

兵庫県西宮市生まれの神戸育ち。テクニカルライターを経て、1998年より会社を設立しWEBクリエイター、フリーライターとして活動。数々の旅行関連サイトを企画・運営。LINEトラベルjp元編集者兼ライター。沖縄と北海道が大好きで6年半沖縄市に在住。海外は特に台湾が好きで渡航回数10回以上。「週刊日本の島(デアゴスティーニ)」専属ライター&フォトグラファーとして沖縄、兵庫、瀬戸内等の33の島の記事を執筆。こちらでは地元神戸市の魅力を、時には動画を交えてお伝えしていきます。X(旧Twitter)、Instagramでも、神戸の最新情報や記事でのこぼれ話、その他の旅行ネタなども発信。

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