Yahoo!ニュース

紀州のドン・ファンの妻逮捕!捜査をめぐって気になるあの事件との類似性

篠田博之月刊『創』編集長
これまで匿名で報じられていた妻の実名も顔も逮捕と同時に一斉報道(写真:Motoo Naka/アフロ)

逮捕の決め手などわからないまま…

 4月28日、紀州のドン・ファンこと野崎幸助さんが約3年前に急死した事件で、都内在住の妻が逮捕された。逮捕当日、和歌山県に移送され、取り調べが始まっている。

 マスコミは一斉に報道を始めたが、逮捕の決め手が何だったのかなど詳細はほとんど明らかにされていない。当然、妻本人は否認していると思われるが、取り調べをめぐる情報がほとんど漏れてこないというのは、捜査側がナーバスになって情報管理をしているためだろう。

マスコミは一斉に大々的に逮捕を報道(筆者撮影)
マスコミは一斉に大々的に逮捕を報道(筆者撮影)

逮捕当日発売の週刊誌が”前打ち”報道

 気になるのは、逮捕当日の4月28日発売の『週刊新潮』と『週刊文春』がこの事件を記事にしていたことだ。特に『週刊新潮』5月6・13日号は「ドバイに高跳び画策で逮捕へ」という”前打ち”報道だ。

”前打ち”報道とも言える「週刊新潮」5月6・13日号(筆者撮影)
”前打ち”報道とも言える「週刊新潮」5月6・13日号(筆者撮影)

 記事によると、妻は「今春をメドにドバイへの高跳びも画策していたという」。匿名の捜査関係者がこう語っている。「万一、ドバイへの渡航を許せば、事件のお宮入りは確実。一部のメディアにSさんの”海外移住計画”をリークし、その阻止に動きつつ、逮捕を急いだのです」

 同時にこの記事は「和歌山県警の捜査員10人ほどが上京し、幼な妻Sさんの行動確認に入ったのは、4月20日以降のことだと見られる」と書いている。その警察の動きを把握していたわけだ。

 『週刊文春』5月6・13日号も捜査関係者のこんなコメントを載せている。「和歌山県警は当初から殺人事件を視野に捜査を続けてきた。この四月下旬には、捜査一課が十名ほどドンファン事件の関連で東京入りしている」。

 ちなみに逮捕前なので両誌とも妻についてはSさんと匿名報道。逮捕を受けてデジタル版では実名に変えている。

 『週刊新潮』の記事は「『紀州のドン・ファン』『幼な妻』が金欠『家賃踏み倒し』で”パパ活”」という見出しだが、妻の近況について非常に詳しく書かれている。「野崎さんからのお手当も溜め込み、千万単位で持っていたはずなのに、カネ遣いが荒いためにすでにスッカラカン。目下、得意のパパ活で、品川駅近くのマンションに転がり込んでいます」。事件当時住んでいた新宿のマンションからさいたま市に移り、さらに足立区のマンション、逮捕当時の品川駅近くのマンションと移り住んだ経緯も捜査関係者の匿名証言として書かれている。

 「逮捕へ」と見出しにうたってしまっては、それを見た容疑者は逃亡する恐れがあるから、前打ち報道はよほど自信がないとできないものだが、捜査情報がこれほど事前に週刊誌に漏れていたのは何を意味するのか。逮捕後、取り調べ情報などいっさい報じられなくなったのはそれと何か関係があるのか。いずれにせよ逮捕当日の2誌の報道は気になるところだ。

状況証拠を固めていくというあの事件と同じ展開

 取り調べを経て今後、果たして起訴に持ち込めるのか捜査陣の力量が問われるわけだが、気になるのは同じ和歌山県警が捜査に当たった和歌山カレー事件という前例だ。報道先行でマスコミが騒ぎ、警察が追い詰められる形で逮捕に踏み切った点など、何やら似た展開だ。

林眞須美さんの自宅前に24時間張り込んだマスコミ各社(筆者撮影)
林眞須美さんの自宅前に24時間張り込んだマスコミ各社(筆者撮影)

 和歌山カレー事件でも1998年8月25日の朝日新聞のスクープを機に間もなく逮捕との情報が流れてマスコミ各社が林眞須美さん自宅に24時間張り付き大報道が展開される騒ぎになった。その後も複数回、きょうにも逮捕かという情報がマスコミに流れたりしたのだが、結局逮捕までに1カ月以上かかったのは、立件するには証拠が不十分だと危惧する見方が検察庁内部にあったからと言われていた。ただ自宅前にマスコミが四六時中張り付くという状況をいつまでも延ばすわけにもいかず、10月4日に和歌山県警は強制捜査に踏み切ったのだった。

 今回も、ドン・ファンの死後、マスコミが大報道を行いながら逮捕に踏み切れずに約3年も過ぎた今になって、どうしてこのタイミングで逮捕に踏み切ったのか。立件できる証拠が十分に揃ったからというよりも、海外逃亡の恐れがあるため身柄を確保した、というのが本当であれば、今後の捜査は簡単ではないかもしれない。前述した「追い詰められる形での逮捕」というのはそういう意味だ。

 現在の報道では、捜査側は野崎さんが急性覚せい剤中毒で死亡した当日、飲食物にまぜるなどして殺害したとして、それが可能なのは誰かというのを当時の状況から消去法でつぶしていって、妻以外に犯人はいないということを立証しようとしていると言われる。つまり状況証拠で有罪に持ち込もうとしているというわけだが、この立件のしかたも和歌山カレー事件と同じだ。

 和歌山カレー事件では林眞須美さんが起訴され、死刑判決を受けたのだが、実は当時の捜査状況は眞須美さんが完全に黙秘するという状況下で決め手を欠いたまま、警察・検察は薄氷を踏む思いだったことが後に判明している。それを思うと今回も、大丈夫なのかという疑いは捨てきれない。

どうしても年内にけりをと12月29日に起訴

 和歌山カレー事件の場合、捜査側は1998年10月4日に眞須美さん夫婦を逮捕し、夫の健治さんは保険金詐欺だけで罪も軽いことから懐柔して捜査に協力させ、眞須美さんを追いつめようという作戦を展開。彼女は夫までヒ素で殺害しようとしていたといった情報(後に夫の健治さんはその見方を否定)を週刊誌などにリークするなどしていった。週刊誌などは彼女を「毒婦」と呼び、もう有罪は確実であるかのような世間の空気もできあがった。だが、実際には、健治さんは検察の筋書きに乗ることを拒否。第三者の目撃証言も曖昧で二転三転するなど、決め手を欠いたまま年の瀬が近づいていった。

 何としてでも年内に起訴したいという捜査側が最後に頼ったのはヒ素鑑定で、12月初めに「2週間で結論を出してほしい」と鑑定依頼。後に有名になる「スプリング8」という最新鋭装置と言われたものを使った鑑定で、犯行現場と林家のヒ素は同じという結果を得て、何と年内ギリギリの12月29日にカレー事件での起訴に踏み切ったのだった。

 実際は泥縄だったわけだが、結果的に最新鋭の機器で思惑通りの結果が出たということで、捜査側としては9回裏に追い詰められてのホームランという感覚だったのだろう。判決も世界に誇る最新鋭の機器で結果が出たという事情に引きずられたことは明らかだ。

 だが、実はその後の科学の進歩により、その鑑定結果は当時思われたほど綿密なものでなかったことが明らかとなった。今も再審請求で激しい攻防戦が展開されているのだ。

 状況証拠だけで眞須美さんを死刑にしてしまって良いのかという議論が当時もなされたが、裁判では、決め手を欠いた状況証拠のまま、「未必の故意」という論法で死刑が宣告されたのだった。 

果たして今回の事件捜査はどうなるのか

 この間の紀州のドン・ファンの妻逮捕の報道を見ると、消去法によって、犯人は容疑者以外ないという論証を行っていくとされており、和歌山カレー事件とよく似た展開だ。

 カレー事件ではスプリング8という仕掛けが捜査側に貢献したが、今回、同じように容疑者が黙秘を貫いた場合、果たして活路は開けるのかどうか。世間で思われているほど警察による証拠固めができていないとすると、捜査は難航することになる。

 実際はどうなのか。いまは捜査の行方を見守るしかない。

 和歌山カレー事件についても、当時はもう眞須美さんの心証は真っ黒という報道がなされ、有罪は決まったかのような印象を持っていた人が多かったと思うが、実はそうでもなかったことが後に明らかになっている。その経緯については創出版刊の『和歌山カレー事件 獄中からの手紙』に詳しいのでご覧いただきたいと思うが、さて今回はどうなるのだろうか。

注)この記事は最初、5月1日朝にアップし、「逮捕当日発売の週刊誌が”前打ち”報道」の章はその日の午後に加筆しました。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

篠田博之の最近の記事