サウジが示唆した「武器としての石油」
サウジアラビアの反体制派記者がトルコのサウジ領事館に入ってから行方不明になり、殺害されたとの疑惑が強まる中、トランプ米大統領はもしサウジ政府の関与が明らかになった場合には「厳しい罰を科す」方針を示した。これに対してサウジアラビア政府は、「いかなる脅しも敵対行為も、一切を拒絶する」として、更に「我々に対するいかなる行動にもそれよりも大きい対応で応えるつもりだ」として、何らかの制裁が行われればそれを上回る報復を行う方針を明らかにした。
具体的なことは何ら明らかにされていないが、マーケットはサウジアラビアが「武器としての石油」を使う可能性を示唆したのではないかとの緊張感が走った。
現在、トランプ政権は原油価格動向に神経を尖らせており、原油高、そして石油輸出国機構(OPEC)批判を繰り返している。トランプ政権が決断したイランに対する経済制裁が原油価格の高騰を促す中、中間選挙を前に「トランプ大統領の政策がガソリン高で消費者を苦しめている」とのストーリーを打ち消すことに躍起になっているためだ。
一方、サウジアラビアは米国の要請に応える形で増産対応を行っており、イラン産原油の供給が市場から失われる中で、そのショックを吸収する重要な役割を果たしている。ここ最近は、OPECの合意を無視するかのような過剰増産を行い、合意違反をイランから厳しく責められている最中である。
こうした中で、サウジアラビアが報復を行うとすれば、それは間違いなく原油に絡んだ政策になる。サウジアラビア政府は「サウジ経済は世界経済にとって不可欠で、影響力のある役割を担っている」と直接的な言及は避けているが、明らかに原油を念頭においた脅しを行っている。仮にサウジアラビアがトランプ大統領の「厳しい罰を科す」に抵抗を示すのであれば、それは(特に米国向けの)原油供給を絞ることになる。もしそのような制裁・報復が現実化すれば、国際原油価格はWTI原油ベースで1バレル=70ドル台の現行価格から、一気に100ドル、150ドルと急騰する可能性も排除できなくなる。世界経済環境も激変する可能性がある。
現実問題としては、米国がサウジアラビアに対して「厳しい罰を科す」可能性は低い。現在の中東政策の要である対イラン政策ではサウジアラビアの協力が必要不可欠であり、またサウジアラビアは米国の重要な武器購入先(お客様)でもある。実際に、トランプ大統領も1,100億ドル相当の武器を輸出する合意に関しては維持したいとして、対中国政策などとは明らかに異なる態度を見せている。
その後、CNNは「ならず者が尋問中に誤って殺害した」との報告書をサウジが準備していると報じ、トランプ大統領は「行きずりの殺し屋のせいではないか」など、明らかに論理がおかしい幕引きを急ぎ始めている。両国ともに、米国-サウジアラビアの対立には発展させることができないとの警戒感があるのだろう。
NYMEX原油先物相場も、10月15日の取引では前日比0.44ドル高の71.78ドルと限定的な反応に留め、16日のアジアタイムにはこの上昇幅を完全に相殺する71ドル台前半まで軟化する動きをみせている。サウジアラビアが「武器としての石油」を使うことはないだろうとの評価に傾いていることが確認出来る。
サウジアラビアとしても、具体的に「武器としての石油」に言及している訳ではないが、もしそれが実行に移されるとすれば、1973年にイスラエル支持国に対する経済制裁として、禁輸措置が実施された第一次オイルショック以来の大きな出来事になる。
ただ、オイルショックは省エネルギーや脱石油エネルギーなどの脱石油を促し、中東産油国にとっては必ずしも好ましい結果を生み出さなかった。それ以降、「武器としての石油」は一種のタブー化していたが、サウジアラビアというOPEC最大の産油国がそれを使う可能性を示唆したことは、それだけで消費国の石油に向ける視線を厳しいものにさせる可能性がある。サウジアラビアとしては、「反政府記者殺害という不名誉」を得るのに留まらず、「安定した原油供給国としての信頼」を今回の事件で失うことになるのかもしれない。