「アウシュビッツから大統領のテーラーへ」ホロコーストの経験を伝え続ける仕立て屋95歳の誕生日
1928年8月9日にチェコスロバキアのパヴロヴォ(現在のウクライナ)で生まれたマーティン・グリーンフィールド氏が2023年8月9日に95歳の誕生日を迎えた。マーティン・グリーンフィールド氏はユダヤ人でナチスドイツに迫害され、15歳の時にアウシュビッツ絶滅収容所に移送された。1945年4月にアメリカ軍によってブーヘンヴァルド強制収容所で解放された。家族をホロコーストで失って1947年にアメリカに単身移住してきた。
アメリカでは縫製工場で働き始め、紳士服の仕立て屋(テーラー)として従事し、「MARTIN GREENFIELD CLOTHIERS」を創業してきた。そしてマーティン・グリーンフィールド氏が最後に収容されていたブーヘンヴァルド強制収容所を解放したアイゼンハワー米大統領、クリントン米大統領、オバマ米大統領など歴代のアメリカ大統領のスーツも仕立ててきた。他にもハリウッドのスターや政治家など著名人のスーツも多く仕立ててきた。
▼「アウシュビッツから大統領のテーラーへ」
27年前68歳の時の貴重なインタビュー動画もデジタル化
マーティン・グリーンフィールド氏は自身の著書「Measure of a Man: From Auschwitz Survivor to Presidents' Tailor」でもホロコースト時代の経験を多く語っている。「アウシュビッツから大統領のテーラーへ」と呼ばれホロコースト時代の経験や記憶をずっと語り続けてきた欧米では有名な方だ。
南カリフォルニア大学(USC)のショア財団ではホロコースト時代の生存者の証言のデジタル化やメディア化などの取組みを行っている。映画「シンドラーのリスト」の映画監督スティーブン・スピルバーグが寄付して1994年に創設された。当時はまだ動画の録画やデジタル化は容易ではなかった。ビデオで撮影してテープで保存していたが、マーティン・グリーンフィールド氏はショア財団が設立された2年後の1996年にショア財団のインタビューでホロコーストの経験を語っていた。学校や博物館で語るのでは、目の前にいる人たちにしか話ができないが、ビデオに撮影しておけば何回でも誰でもいつでも視聴できて、自分の話を聞いてくれるということを理解していた。
27年前の68歳当時の貴重なマーティン・グリーンフィールド氏の証言は現在はデジタル化されて、YouTubeで全世界に公開されている。いずれホロコースト生存者が全員いなくなり、ホロコーストの経験や記憶を語り継ぐ人がいなくなることを誰よりも理解していた。自分が死んだ後でもホロコースト時代の経験や記憶が語り継がれるために、インターネットもまだほとんど普及していなかった頃に、ショア財団の動画撮影でホロコースト時代の経験や記憶を2時間45分にわたって語っていた。
▼マーティン・グリーンフィールド氏が68歳の時に撮影された動画
戦後約80年が経ち、ホロコースト生存者らの高齢化が進み、記憶も体力も衰退しており、当時の様子や真実を伝えられる人は近い将来にゼロになる。ホロコースト生存者は現在、世界で約24万人いる。彼らは高齢にもかかわらず、ホロコーストの悲惨な歴史を伝えようと博物館や学校などで語り部として講演を行っている。当時の記憶や経験を後世に伝えようとしてホロコースト生存者らの証言を動画や3Dなどで記録して保存している、いわゆる記憶のデジタル化は積極的に進められている。デジタル化された証言や動画は欧米やイスラエルではホロコースト教育の教材としても活用されている。
現在、世界中の多くのホロコースト博物館、大学、ユダヤ機関がホロコースト生存者らの証言をデジタル化して後世に伝えようとしている。ホロコーストの当時の記憶と経験を自ら証言できる生存者らがいなくなると、「ホロコーストはなかった」という"ホロコースト否定論"が世界中に蔓延することによって「ホロコーストはなかった」という虚構がいつの間にか事実になってしまいかねない。いわゆる歴史修正主義だ。そのようなことをホロコースト博物館やユダヤ機関は懸念して、ホロコースト生存者が元気なうちに1つでも多くの経験や記憶を語ってもらいデジタル化している。だがホロコーストを経験した生存者は当時の悲惨な体験を子供たちや世間の人に語りたがらない人の方が多い。
▼マーティン・グリーンフィールド氏の95歳の誕生日を祝福するユダヤ人権団体のSNS
▼著書「Measure of a Man: From Auschwitz Survivor to Presidents' Tailor」