私は英国のEU残留に賭けた! さあ、あなたは
英国の欧州連合(EU)残留を呼びかけていた労働党の女性下院議員ジョー・コックスさん(41)が16日、極右思想の男に殺害された事件を受け、中断されていた残留・離脱派双方の運動が19日再開されました。23日のEU国民投票を控え、世論調査では残留派が巻き返しています。
コックスさん殺害事件で残留派に同情票が集まったのか、それとも投票日を間近に控え、EU離脱による経済的な影響を恐れて逆バネ効果が現れ始めたのでしょうか。オンライン世論調査会社のYouGovは「事件への反応というより個人的な損得を考える人が2週間前の23%から33%に上昇したのが原因」と分析しています。
コックスさん殺害事件が発生する直前、筆者は英賭け業者(ブックメーカー)「ウィリアム・ヒル」のグレアム・シャープ広報部長の記者会見を聞いていました。その内容を早くお伝えしないといけないと思っていたのですが、不謹慎なので運動が再開される今日まで待ちました。「15日時点でこれまでの賭け金の72.08%がEU離脱に集中しており、最高になった」というのです。
5月16日のオッズ
残留2/7(7ポンド賭けて予想が当たると2ポンドの利益、倍率は1.29倍)
離脱5/2(3.5倍)
5月25日
残留1/7(1.14倍)
離脱9/2(5.5倍)
6月14日
残留4/7(1.57倍)
離脱11/8(2.37倍)
それが6月19日には
残留2/7(1.29倍)
離脱5/2(3.5倍)
投票率の予想は
60~65%は7/2(4.5倍)
65~70%は15/8(2.88倍)
70~75%は9/4(3.25倍)
当日は高投票率が予想され、残留に傾いてきているような印象を受けます。
EU離脱派の移民排斥キャンペーンにかなりフラストレーションがたまっていたので16日、4/7のオッズで残留に取材費から200ポンドを賭けてしまいました。予想が当たると314ポンドになって返ってきます。永住者の筆者には投票権がないので、なんだか胸のつかえが下りました(英国内では賭けは合法。コックスさん事件はまだ発生していなかった)。
世論調査か、オッズか
世論調査と賭け屋のオッズのどちらが信用できるのか、前出のシャープ広報部長に確認したところ、「俺は世論調査の結果なんて信用しないね。世論調査は実施した日の気分に左右される。賭けをする時は23日の投票日にどんな結果が出るかを真剣に考える。身銭を切るオッズは本音だよ」とのことでした。
日本からは400円のベット(賭け)があったそうです。日本国内からオンラインで賭けができるか確認すると、「英国内のわが社は違法ではないが、日本国内の客が違法になるかどうかは日本で確認してもらわないと分からない」とのことでした。
弁護士ドットコムの記事「五輪やノーベル賞も『賭け』の対象 『海外ブックメーカー』に日本から参加できる?」を読んでも、合法か違法かよく分かりませんでした。
二者択一の愚かさ
筆者は欧州統合のような複雑な問題を残留・離脱の二者択一で国民に選ばせることにしたキャメロン首相は大馬鹿者だと思います。EUの機能は単一市場だけではありません。外交、安全保障、テロ対策、警察協力、司法と無数のプラグが複雑につながっています。
もし国民がEU離脱を選んでプラグを一斉に抜くことになったら英国はサドンデス(突然死)です。EUへの輸出は全体の60%(2000年)から昨年は47%まで減ったものの、輸入は依然として54%を占めています。輸出にEUの対外関税がかかると相当大きな影響が出ます。
確かにEUは改革しなければならない数多くの問題を抱えています。が、泥沼離婚で破局を迎えるより、結婚関係を続けてさまざまな問題の改善策を話し合った方が賢明です。無数のプラグを大ナタで一刀両断すると気持ちはスーッとするかもしれませんが、もう元には戻りません。
一部のプラグを抜いたり、つなぎ変えたりした方が利口だと思いませんか。複雑な事柄をシロとクロの二元論で片付けて大向こうを唸らせようとするのは単細胞の証拠です。もともとEUの問題には「残留」と「離脱」以外の、「改革」という第三の選択肢こそ大切なのは言うまでもありません。
投票権者の関心
グーグルトレンズという便利なサービスがあります。「英国」を選んで「EU国民投票」のページに入ると、国民投票に関して英国内のネットユーザーがどんな関心を持っているかが一覧できます。これを見ていると英国の投票権者がEUとの関係についてほとんど何も知らないのでは、と疑ってしまいます。
EU国民投票に関する質問のトップ5
(1)Brexitって何?(英国のBritainと出口のExitを合わせた造語で、英国がEUを離脱することを意味します)
(2)どうすれば投票できますか?(もう登録の締め切りは終わっています)
(3)国民投票が実施されるのはいつですか?(6月23日)
(4)誰が投票できますか?(英国と海外領土のジブラルタルに住む18歳以上の英国籍者、アイルランド国籍者、英連邦出身者。海外で暮らす英国民)
(5)Brexitは起きますか?(それを決めるのは投票権者のあなたです)
EUに関する質問のトップ5
(1)ロシアはEUに入っていますか?(入っていません)
(2)どうして英国はEUを離脱すべきなのでしょうか?(論点が多岐にわたりすぎて一言では説明できません。移民の増え方をどうコントロールするかが最大のポイントです)
(3)どうして英国はEUに残留すべきなのでしょうか?(同上、筆者は残留してEU改革に取り組むのが最善の道だと信じています)
(4)EUって何ですか?(歴史が長く、構造が複雑なのでとても簡単には説明できません。戦争で荒廃した欧州に平和と繁栄をもたらす壮大なプロジェクト)
(5)トルコはEUに入っていますか?(入っていません)
EU離脱に関する質問のトップ5
(1)英国がEUを離脱すべき理由は何ですか?
(2)もし英国がEUを離脱したら何が起きますか?(英国売りが起き、為替、株、債券、不動産が急落する恐れがあります)
(3)英国はEUを離脱すべきですか?
(4)英国がEUを離脱する場合、いつ起きますか?(投票日から離脱協議のため2年間の移行期間が設けられています)
(5)英国がEUを離脱した場合、英通貨ポンドに何が起きますか?(英財務省のショックシナリオではポンドは約12%急落)
EU残留に関する質問のトップ5
(1)どうして英国はEUに残留すべきなのですか?(経済的な影響もありますが、EUが欧州の平和と繁栄のプロジェクトだからです。そのためには英国とドイツ、フランスの協力が必要です)
(2)英国がEUに残留した場合、何が起きますか?(短期的には下げていた為替や株が戻すでしょう。しかし中・長期的にはEU改革は不可欠です)
(3)EU残留に投票すべき理由は何ですか?
(4)どうしてデービッド・キャメロン首相はEU残留を望んでいるのでしょう?
(5)英国はEUに残留しますか?
首相より賭け屋の方が信頼できる
英国ではウェストミンスターモデルという議院内閣制がとられていて、主権は「国民」ではなく「議会」にあると考えられています。首相、内閣、公選の下院はそれだけ重いマンデートを有権者から託されているわけです。なぜかというと、EUの功罪というような難しい問題を考えるためです。
英紙フィナンシャル・タイムズ、英紙デーリー・テレグラフのブリュッセル特派員は口をそろえて「EUのニュースを伝えるのは難しい。組織の構造や手続きが複雑すぎる」とぼやきます。英誌エコノミストのコラムニストは「EUの記事を書くと、全体の3分の2は仕組みの説明になる」とこぼしています。
複雑怪奇な問題をイエス・オア・ノーで国民に尋ねたキャメロン首相は名門私立イートン校、オックスフォード大学を卒業した、英国を代表するエリート中のエリート。「今年中にキャメロン首相が保守党党首を辞任(首相をやめるということ)する」というオッズは6/4(倍率は2.5倍)です。
一介の賭け屋に過ぎないシャープ広報部長の話を聞いて、英国は最終的には「残留」を選択し、キャメロン首相は混乱の責任を取って辞任するかもしれないなと思いました。
(おわり)