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【オウム裁判】菊地直子被告・無反応の真意は…

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

オウム真理教元信者の菊地直子被告の裁判が、5月8日に東京地裁で始まった。

逮捕直後の菊池被告
逮捕直後の菊池被告

彼女は、強制捜査開始後のオウムが、教祖の逮捕を阻止するために社会を混乱させようとして起こした都庁爆弾事件での爆発物取締罰則違反と殺人未遂のそれぞれ幇助犯として、罪に問われている。争点は、事件に使われると認識しながら爆弾の原材料を運んだのかどうか。検察は「認識あり」とし、弁護側は「認識ない」との主張だ。本当のところは、その両極のどちらかというより、その間のどこらへんにあるのか、ということなのかもしれない。

無罪を主張しつつ、淡々と謝罪

罪状認否で、「中川(智正)さんの指示で薬品を運んだことは事実です。ただ、爆薬の原料であることは知りませんでした」と述べ、井上嘉浩死刑囚や中川死刑囚ら事件を起こした正犯を助ける故意はなかったと主張。とはいえ、「薬品を運んだことは紛れもない事実で、それによって(爆弾は)作られたと思う」とし、「(被害者の)内海さんに申し訳ない。この場を借りてお詫びします。本当に申し訳ありません」と謝罪した。

一連の言葉を、彼女は淡々と述べた。あまりにも淡々としていて、私はそこから彼女の気持ちを感じ取ることができなかった。無罪の主張も、謝罪も、どちらも言葉に熱がなく、冷めている感じ。

やはり特別手配犯だった平田信被告の場合、遺族に対して申し訳ないという思いが全身からにじみ出ていたし、それが一挙手一投足にも込められていた。事件については、彼にとっての真相を分かってもらいたいという意欲が感じられた。

菊地被告は、それと対照的。自分の無実を分かって欲しいという意欲も、被害者に申し訳ないという思いも、少なくともその表現のうえでは、極めて淡泊だった。

被害者証言にも無反応

午後になって、被害者の内海正彰さんが証人出廷した。都知事宛ての小包を開封し、爆発した状況やけがの程度について落ち着いた口調で語った。その被害は、左手の指はすべて吹き飛び、右手も親指が皮一枚残して失われるなど、激しいものだった。手には今でも痛みが残り、小銭を扱うのが難しかったり、ナイフとフォークが使えないなど生活上の支障もある。それでも、犯人に対する恨みは「ありません。執務上の一つの災害と受け止めていた」と述べ、被告人菊池に対する感情も「特にないですね」として、とりたてて責めようとはしなかった。そのうえで、「敢えて言えば」と断って、静かに次のように述べた。

証言を終えた後、報道陣の問いに答える内海さん
証言を終えた後、報道陣の問いに答える内海さん

「被告はこの事件から10数年逃走していた。罪の意識を認識して逃げたのだろう。それに対する償いをするのが人としての道ではないか」

午前中に菊地被告が謝罪の言葉を述べたことについて聞かれると、「今さら謝罪を言われましても、私の20年は戻ってきません」と、やはり穏やかな口調で答えた。

被告人席からは、内海さんの左手の様子が、よく見えたはずだ。しかし、菊地被告が表情を変えることはなかった。

証言を終えた内海さんは、立ち上がった時に、じっと菊池の顔を見つめた。それでも、彼女は目を合わせることもなく、無反応。

自然に謝罪の気持ちが表情や態度に出てもよさそうに思うが、それはない。裁判の行方を考えれば、頭を下げるとか、申し訳なさそうな表情をするとかした方が心証はいいだろうという計算が働いてもおかしくないが、それもしない。緊張して固まってしまった、というわけでもなさそうだった。

内海証言の後に休廷が入った。再び入廷した菊地被告に、女性弁護士が「だいじょうぶ?」と声をかけたが、彼女は「はい」とうなづき、まったく感情を見せなかった。

逃走中に一緒に生活していた男性の話から、もう少し感情の豊かな女性をイメージしていた私は、いったいこの無反応をどう理解していいのか、よく分からなかった。入退廷のたびに、彼女の様子を気遣う弁護人の様子からは、もしかすると彼らも、気持ちをつかむのに苦労しているのかもしれない、と思った。

こうした彼女の様子は、その性格から出ているのか、あるいは心のよりどころを見つけられずにいるためなのか、感情を読み取られまいと努めているのか、それとも全く違う理由からなのか……。今後行われる証人尋問の時の様子を見たり、被告人質問を聞いたりしながら、考えてみたい。

捜査の在り方も問われるべきでは

ところで、彼女は地下鉄サリン事件に使われたサリンを製造したとして逮捕され、VX殺人・同未遂事件のVXを作ったとして再逮捕され、いずれもめいっぱいの期間勾留された。しかし、この化学兵器を使った事件では彼女は起訴されていない。

これは、何も逮捕後の捜査の結果、関与してないことが分かったためではない。過去の裁判によれば、彼女はサリン製造には関わっておらず、VXも試験的に作ったものの最初の工程に関与しているだけだった。初公判で読み上げられた検察側冒頭陳述でも、そのことは確認された。捜査機関は、この化学兵器を使った事件で彼女を罪に問えないことが分かっていながら、両事件で長い期間の身柄拘束をしたのではないか。

そのような捜査の在り方も、本当は裁判で検証されるべきだと思うのだが……。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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