優勝を狙うカープの5年間を振り返る――野村謙二郎『変わるしかなかった。』
成長する監督
黒田博樹の復帰もあって、いつも以上に注目されている今年の広島東洋カープ。数年前まで万年Bクラスだったこのチームを2年連続CS出場に導いたのが、昨年まで監督を務めていた野村謙二郎だ。2月に上梓された『変わるしかなかった。』(KKベストセラーズ)は、野村がチームを率いた5年間を1年ずつ振り返ったノンフィクションである。タイトルにもあるように、そこには監督自身が徐々に変化していくプロセスが記されてある。
たとえば就任1年目の2010年、チームの約束事がないも同然だったことに驚いた野村は、ケンカ腰で選手に向かっていったという。しかし、結果的には勝率.408でいつもの5位。前年は3.59だった防御率は、チーム歴代ワースト3位の4.80にまで悪化する。父親のスパルタ教育に影響を受けた野村の「昭和的な指導法」は、あっけなく失敗に終わったのだ。
「変わるしかなかった」のは2年目からだという。選手指導の多くをコーチ陣に任せ、野村は口を挟まず観察することに徹したという。つまりスタッフにしっかり権限移譲をし、冷静にチーム状況を把握することに注力したのである。実際、カープが変わり始めたのはこの頃からだった。
野村監督時代は、カープがチームとして徐々に成長する5年間でもあった。順位は5位→5位→4位→3位→3位、勝率も.408→.441→.462→.489→.521と着実に上がっていった。チームの成長とは、野村監督自身の成長でもあったのだ。
迷う黒田からの相談
本書には、野村しか知りえないエピソードも多く記されている。たとえば、前田智徳が凡退して投げつけたヘルメットがコーチにあたったとき、野村は怒鳴りつけたという。FAした横浜の内川を獲得することを球団に進言したことや、サファテの代わりにミコライオを抑えで起用して失敗したときには煩悶しながらもサファテに謝罪したことにも触れられている。
そんな中でも複数の記述があるのは、菊池涼介と丸佳浩についてである。キクマルコンビと呼ばれ、日本を代表する選手となったふたりについて、野村は2014年の後半から「2人で1人のリーダー」になったという。だが、ふたりが真のチームリーダーになるには、2015年の今年も安定した結果を残さなければならないとも述べる。
他にも多くの選手について触れられている。エースの前田健太、新人王を獲得した大瀬良大地、2012年にレギュラー固定した堂林翔太、好不調の波が激しいエルドレッド、期待の若手・鈴木誠也、怪我や不調に苦しむ栗原健太と東出輝裕等々――本書は、野村が愛情を持って選手と接してきた記録でもあるのだ。
もうひとつ、けっして見逃せないエピソードもある。それが黒田博樹についてだ。監督退任後の昨年12月10日、野村は黒田と広島で会食したという。このとき黒田はこんなことを口にしたという
「僕はもうそれほど野球人生が長いわけではないんです。だから……最後はカープで優勝したい」
それから11日後の21日には、メジャー球団に返事をするかどうか迷っていた黒田から野村のもとに相談の電話があったそうだ。黒田のカープ復帰が発表されたのは、それから1週間後のことである。
カープの課題は、交流戦・巨人戦・9月
若い熱血漢が、徐々に落ち着いた指揮官に成長していく記録でもある本書では、シーズンを送る中でカープが乗り越えなければならない課題が3つ記されている。それが交流戦、巨人戦、そして9月である。この3つはファンも実感する課題であるだろう。野村が指揮を採った5年間で、この3つをすべてクリアした年はない。もっとも好成績だった昨年も、交流戦で9連敗し、優勝を争っていた9月には巨人との3連戦で3タテを食らって失速した。
優勝を狙える戦力を抱える今年のカープは、野村監督をコーチとして支えてきた緒方新監督がこの3点をいかに克服していくかがポイントとなる。本書に記されている野村が培ってきたチームを、緒方監督がどのように花開かせるのか――今年のカープの注目点はここにある。
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