「最悪級の残虐行為」ミャンマー・ロヒンギャ住民への過酷な人権侵害、国際社会・日本は何ができるのか。
■ ロヒンギャ問題・大量の難民、残虐な人権侵害の証言の数々
ミャンマーで少数民族の掃討が深刻な事態を迎えています。「ロヒンギャ」といわれる少数民族への迫害・人権侵害です。国連によれば、隣国バングラデシュに逃れた住民は60万人を超えたといいます。
11月7日の報道は以下のような状況を伝えています。
100万人の住民の6割が難民になる、という現実は、いかに事態が深刻化を物語っています。
難民の多くが子どもであるということに胸を打たれます。
CNNは、「最悪級の残虐行為」、生き残ったロヒンギャが証言 という映像を紹介、難民の口から、あまりに残虐な人権侵害の数々が語られています。
■ どうしてこんなことが? これまでの流れ
どうしてこのようなことが起きているのでしょうか。
イスラム教徒のロヒンギャ住民はミャンマーで長年にわたり差別・迫害を受けてきました。
バングラデシュからきた不法移民と扱われて差別され、軍事独裁政権のもとで、市民権をはく奪されました。
2012 年以降、ラカイン州の仏教徒とロヒンギャ住民の対立が深刻化し、多くのロヒンギャ住民が周辺国に避難、国際問題となりました。
しかし、軍政から民政に移行すれば、ミャンマーの他の地域の内戦同様、解決すると思われてきました。
2016年4月、アウンサンスーチー氏率いるNLDが政権をとり、同氏が国家顧問に就任し、長い軍事政権は終焉を迎え、ミャンマーの民主化が大きく進む事態となりました。
ところが、アウンサンスーチー氏はロヒンギャ問題を人権に基づき解決するリーダーシップをとりませんでした。そして、昨年10月以降、事態はさらに深刻化したのです。
昨年10 月 9 日、ラカイン州北部で、武装集団が治安部隊を襲撃、これに対する治安部隊の掃討作戦がロヒンギャ住民を標的とし、治安部隊による住民の超法規的殺害、レイプと性的暴行、恣意的拘禁と拷問, 住居やモスクの焼き打ちなどの深刻な人権侵害を伝える様々な報道、報告が寄せられました(ヒューマンライツ・ナウ声明)。
ところが、国軍も政権もこれを「でっちあげ」と否定。北部地域への立ち入りを禁止し、人道物資のアクセスも、メディアの取材も大幅に制限し、独立した第三者による人権侵害調査も認めない姿勢を取り続けたのです。
こうした掃討作戦はいったん終息したかに見えましたが、今年8月になって再び再燃したのです。
今年8月25日に反体制グループ「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)が複数の警察施設を襲撃したことを機に、ミャンマー軍は、ロヒンギャ住民に対し軍事行動を展開しました。
その攻撃は、単に反政府グループを掃討するにとどまらず、民間人も標的とした不均衡で過剰なものに発展しました。
軍は村を破壊し、火をつけて焼き討ちにして住民の生活基盤を奪ったと、人権団体、報道機関は報告しています。
国際人権団体は、衛星写真により、大規模な村の破壊、焼き討ちの被害にあっている形跡があると報告しています。
ザイド国連人権高等弁務官は、9月に開催された国連人権理事会冒頭で、ロヒンギャに対する国軍の行為について、「民族浄化の教科書的手本」と激烈に非難しました。
■ 国際的な調査を認めず、人権侵害を否定するミャンマー政権
ミャンマー政府は、当初から、国軍が民間人を殺害したり、村を焼き払ったという報道や報告を「事実に反する」と強く否定してきました。そのうえ、報道機関の自由な立ち入りを認めず、国際的な独立調査団の受け入れもかたくなに拒絶しているのです。これでは第三者の検証のしようがありません。
国際NGOは昨年10月以降、国連に対し、独立した調査団の派遣を要請してきました。
こうした声を受けて、今年3月、国連人権理事会は国際調査団の派遣を決定しました。
ところが、政府はこれに強く反対。アウンサンスーチー国家顧問は民族浄化との訴えを否定したうえで、調査団への協力を拒絶、調査団に入国ビザを出さないよう指示したのです。
まるで独裁国家の腐敗したリーダーのようなふるまいを民主化運動の象徴が公然と行ったのです。
良心の囚人にしてノーベル平和賞の受賞者であるアウンサンスーチー氏が権力を掌握した後に豹変したことに、世界が衝撃を受けました。
スーチー氏は政府として何もしないわけではない、ということを示したかったのでしょうか、コフィ・アナン事務総長をヘッドに、政府が任命したラカイン州に関する諮問委員会を立ち上げ、同委員会は今年8月に最終報告書を公表しました。
しかし、ラカイン州のロヒンギャ住民への差別の克服等の提言をしたものの、ロヒンギャに対する国軍の深刻な人権侵害の存在、という問題の根源には全く踏み込まみませんでした。
こうしたなか、今回の事態が発生したのです。
今に至っても、ミャンマー政府は軍による人権侵害を公式に認めません。
しかし、そうだとすれば、ロヒンギャ族の組織的な「でっちあげ」なのでしょうか。
果たして60万人もの住民が自ら長年住み慣れた家や村、土地を自ら破壊して焼き払い、衛生環境も悪い隣国に逃げて、大切な子どもたちも巻き込んで難民となるでしょうか。そして、難民の女性たち、住民たちが口々に語る証言がすべて組織的な「でっちあげ」と言えるでしょうか。
スーチー氏は今、「避難した人は帰ってきてよい」などと述べています。しかし、国軍の人権侵害を放置し、その責任についてきちんとした第三者による調査を受け入れて、責任者を処罰しない限り、住民が安心して帰還できるでしょうか。
■ 人権侵害の公正な調査と責任者の処罰が必要
軍による人権侵害という根本的な問題で軍の責任を隠ぺいし、その犯罪行為を不問に付したまま放置したままでは、再びいつ殺されるか、暴力や焼き討ちに晒されるかわかりません。それでは住民はたまったものではありませんし、ラカイン州の人権侵害の解決はありません。
もちろん、テロ行為が許されないのは当然ですが、過剰な掃討作戦で、民間人にも人権侵害を繰り返したのだとすれば、その事実はきちんと調査され、責任者は特定され、処罰されなければなりません。
スーチー氏も軍も、真実に、軍が行った事実に向き合う必要があります。
ミャンマー国軍は、独裁政権の当時から残虐行為で知られ、何の責任も問われないまま著しく残酷な人権侵害を繰り返してきました。
少数民族の殺害、拷問、そして女性・少女のレイプ。なんら処罰を受けることなく、少数民族のレイプを続けるやり方は「レイプへの許可状」という著名な調査報告書にもまとめられています。
今のラカイン州の現状をみればこうした軍政当時からの人権侵害を繰り返し何らの責任にも問われないという軍の体質はそのまま今に受け継がれ、住民弾圧が放置されているのではないかと強く疑いたくなります。
こうした軍の人権侵害が放置されたままであれば、民主化など偽りの看板にすぎないことになってしまうでしょう。
犯罪に該当する人権侵害行為が処罰されないまま放置されれば、将来繰り返されない保証は皆無です。
ミャンマー政府や軍は、ロヒンギャ問題に関して昨年以降、独自の事実調査をこれまでしてきましたが、人権侵害を認めない結論が繰り返されてきました。
身内がかばうような調査や報告をこれ以上繰り返す意味はなく、国際的な調査を受け入れて、事実調査と人権侵害の加害者への責任追及をきちんと行う必要があります。
■ 人権侵害を放置し続けて起きる代償はあまりに大きい。
もうひとつ懸念されるのは、ミャンマーで今、イスラム教徒やロヒンギャ住民への差別とヘイトスピーチが満ち溢れていることです。
ヒューマンライツ・ナウは、プロジェクトのためにしばしばミャンマーを訪れますが、あちこちで普通の会話でもロヒンギャを嫌悪し、自業自得だとする言説があふれています。
あんなに軍政の抑圧と闘い、民主化を勝ち取ったミャンマーの人々が特定の民族・宗教を徹底的に差別し、敵意を示し、排斥を求める感情を公にするさまには、民主化を支援してきた個人として私自身、深い衝撃と悲しみを覚えます。アウンサンスーチー氏もこうした国内世論を背景に、いまだ強い軍を正面から非難できずに、人権侵害に明確な対処ができていないのです。
しかし、人権侵害を受け続け、差別され続け、否定され続けた人たちは一体どんな行動をとるでしょう。ロヒンギャの一部が過激な反政府活動を開始し、テロを起こしていると言われています。国際的なテロ組織とのつながりがあるとの噂も耐えません。
しかし、イスラム教の少数者の人々が、人権侵害や差別を受け続け、世界からも見放され、絶望的な気持ちになれば、それにつけこんで勢力を増やそうとする国際的テログループが人々を煽動することはとてもたやすいでしょう。
2014年、イラクの惨状のなかでISが誕生し、おびただしい数の人々の命が犠牲になりました。世界のどこかで少数者が徹底して迫害され、それを見殺しにすれば、その代償がいかに高いかを私たちは認識する必要があるでしょう。報復と憎悪の悪循環・連鎖をこれ以上作り出すべきではありません。
■ 煮え切らない日本政府の姿勢
日本政府はこうした状況に対し、どんな姿勢を取っているでしょうか。
日本政府は避難民への人道支援に資金提供しており、河野外相が近々バングラデシュを訪問するとされ、さらなる支援も予想されます。
その一方、実は日本政府は、スーチー氏の姿勢に寄り添って手厳しい批判を控えてきました。
この間、何度か日本政府と対話の機会を持ちきましたが、
1) ミャンマー独自の努力を重視し、国連独立調査団の派遣に日本政府としては賛成しない。
2) そして、コフィ・アナン報告の実施こそが大切だ、という姿勢を取り続けている。
という姿勢を示してきました。また残念なことに
3)8月29日付の外務報道官談話では、反政府グループARSAの行動のみを非難し、国軍の軍事行動に対する非難をしていません。
もちろん、政府には、民主化を応援しスーチー政権を支えたいという意図があるのでしょう。
しかし、人権問題で欧米の批判を浴びながら、ミャンマー政府が平気で開き直り続ける陰に、日本政府の容認や微温的な態度があるとすれば、大きな問題ではないでしょうか。
60万人もの住民が逃げざるを得ないような重大な事態は傍観していてよい事態ではありません。
人道に対する罪、民族浄化が起きているのではないか、という強い指摘を受けて、日本政府は真剣に人権侵害を非難し、根絶を求める外交努力をしてほしいものです。
また、国際的な難民支援には熱心な一方、ロヒンギャ住民への難民認定に極めて消極的なのが日本の難民認定制度と司法です。こうした態度も真摯に考え直す必要があるのではないでしょうか。
■ 国連等を舞台に多国間での共同を
11月14日頃からニューヨークでは国連総会第三委員会で、ミャンマー・ロヒンギャ問題に関する総会決議の採択が予定されています。
ここで日本が棄権することなく、賛成票を投じて、国際社会として一致した声を示すことが大切です。
現在提案されている決議案は、人権侵害に対する国連等の独立した調査に応じることをミャンマー政府に求めています。国軍の人権侵害にきちんとメスを入れるべき、というメッセージを送ることが大切です。日本の投票行動に注目していきたいと思います。
他方、国連安全保障理事会は、11月7日にロヒンギャ問題で議長声明を発表しました。
ここでは、治安部隊等のロヒンギャ住民への人権侵害を非難し、政府にこれ以上の過剰な軍事行動をしないことを求めるとともに、人道支援へのアクセスを進めていくこと等を強調しました。
しかし、私たち世界の人権NGOは88団体共同で、事態の重大さにかんがみて、軍関係者へのターゲット制裁、ミャンマーへの武器禁輸等の制裁措置がとられることを求める声明を公表しています。
安保理の対応は危機に即して十分なものとはいえません。英国、米国はすでにミャンマーへの軍事援助・協力を停止すると宣言しましたが、今も軍事協力や武器供与を続ける国があれば、軍にはさしたるプレッシャーではないでしょう。
今後の事態は予断を許しません。これ以上の虐殺、人道に反する人権侵害、そして民族浄化を許さないために、多国間でのさらなる共同が必要であり、日本には中心的な役割を果たしてほしいと強く望みます。