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“河野談話”を踏襲した河野太郎は、「日本を前に進める。」ことができるのか

安積明子政治ジャーナリスト
世論調査では「大本命」の河野氏だが……(写真:アフロ)

かつての雄姿はいまいずこ?

「私利私欲のために、自分の既得権を温存しようというために、動いている人間が党内にいるというのは、はなはだ遺憾であります」

「私はこれまでの自由民主党の何かを少しでも変えようという気はありません。全く新しい政党を一から作り直す、そのために総裁をやらしていただきたいと思っております」

 2009年9月28日の自民党総裁選の立合演説会で、立候補した46歳の河野太郎氏はこう述べた。その前月に行われた衆議院選挙で、自民党は議席数を300から119に激減させ、308議席を獲得した民主党に政権を譲ったばかり。当時の自民党はまさに死屍累々だったのだ。

 河野氏が最初に出馬しようとしたのは2006年の総裁選だった。だが20人の推薦人を確保できずに断念している。そもそもが自民党では異質な存在だった。仲間と群れず、自民党が否定してきた「核密約」の解明にも積極的に取り組んだ。民主党に先駆けて不要な行政の事業仕分けを始めたのも河野氏だった。河野氏は行政刷新会議を創設して行政に大きくメスを入れようとした民主党政権を「正直うらましい」と述べたこともある。

 原発問題について河野氏は、2011年に発生した福島原発事故の後に「フェードアウトさせるべき」と発言した。タレント業から市民活動に軸を移しつつあった山本太郎氏と対談し、「脱原発 河野太郎」としたためた色紙を持って一緒に写真に納まってもいた。

 そのような「自民党らしくないところ」が河野氏の“人気の源泉”のはずだったが、政権の一員となり権力に近づくにつれ、その姿は変化する。

独断の暴走

 外相時代の2018年12月、ロシアのラブロフ外相による平和条約締結交渉の前提として北方領土をロシア領と認めるべきとの主張について尋ねた記者に対して、河野氏は一切答えず「次の質問をどうぞ」と無視した。他の記者からも「なぜ答えないのか」などと質問が相次いだが、これにも答えることはなかった。

 後に河野氏は「日ロ交渉への影響を考えた」とブログで言い訳したが、「知らしむべからず」との態度は国民主権に反するものではないか。また防衛相時代の2020年6月15日には、陸上配備型迎撃ミサイル「イージスアショア」の配備計画停止を突然発表した。同計画にはミサイル発射の際に切り離されるブースターの落下問題などが存在し、その是正には2000億円超ものコストと10年以上の期間がかかることが発覚したためだった。

 だが2017年12月19日にまがりなりにも閣議決定を経た同計画の変更は、日米安保に影響を与え、日本の安全保障の根幹をも揺るがしかねないとして、自民党内で激しい批判が噴出した。そもそもこうした高度で重要な問題が、12日に河野氏が安倍普三首相(当時)に直談判してわずか3日後に密室で覆されるなど、民主主義に照らしても疑問が残る。こうして河野氏の「孤高」のイメージは、徐々に崩れていくことになる。

「脱原発」「女系天皇」を封印?

 そして9月10日の総裁選での出馬会見でも、このような矛盾は散見された。河野氏がかつて主張した「脱原発」の文字はこの日に発表された「『河野太郎』 5つの主張と政策」にはなく、記者からの質問に対して「安全が確認された原発を再稼働させる可能性」について述べられた。限定的ではあるが、原発再稼働について肯定したことになる。また皇位継承問題についても、これまで「男系を維持していくにはかなりのリスクがある」「女系天皇も含めて国民が議論すべき」立場から「政府の有識者会議の議論を尊重」とスタンスを変えた。

筆者撮影・出馬会見で配布されたパンフレット
筆者撮影・出馬会見で配布されたパンフレット

 これらは男系男子を安倍前首相におもねた結果と批判されている。実際に河野氏は9月8日に安倍前首相と面会した後、「男系で続いてきているというのが、日本の天皇のひとつのあり方なんだと思う」と述べている。

 もっともこれらが河野氏が総裁選のキャッチコピーとする「日本を前に進める。」ために必要だとしたら、“変節”もやむをえないかもしれない。だが慰安婦問題についてはどうか。

“河野談話”については、事実上答えず

 9月10日の記者会見で、筆者は1993年の河野談話について質問した。河野談話は当時の官房長官だった河野洋平氏によって発表された私的談話で、閣議決定を経たものではない。

 しかもこの談話を作るにあたり、日本政府はかなり詳しく調査を行ったが、慰安婦と称する女性たちの証言の他に日本政府が関与したとする客観的な証拠をどうしても発見できなかった。加えて金泳三大統領(当時)から、「日本が認めれば、金銭補償は求めない」と伝えられた。筆者は当時の政府関係者から、「『日本が慰安婦問題を認めれば、韓国は二度と問題を蒸し返さない』と言ってきた。それなら……ということになった」と聞いている。

 しかし談話は出されたが、問題は終わっていない。日本はさらに妥協して韓国政府と2015年12月に最終解決を目指す「慰安婦合意」に至り、すでに10億円を支払ったが、それも文在寅政権によって反故にされている。

 にもかかわらず日本政府及び自民党は、この問題の根源であり、日本と日本人の足かせとなっている河野談話を否定していない。河野氏の外相就任会見で筆者と産経新聞がこの問題について質問したが、河野氏は「安倍内閣での70年談話、日韓合意に尽きる」とのみ回答。そして今回の会見での筆者の質問についても、河野氏は「自民党が継承してきた歴史認識を受け継いでいきたい」とだけ述べている。

 総裁選での河野氏のサブキャッチコピーは「自民党を変え、政治を変える。」であり、「日本の危機に全力で。」と勇ましい。しかし自民党の何を変え、政治をどう変えるのか。変え方次第で日本が更なる危機に陥らないとも限らない。自民党総裁選は救世主を誕生させるのか、それとも亡国の徒を生み出すのか。

政治ジャーナリスト

兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。

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