人生最大の買い物を苦痛の種に変えないために! 自己防衛のために知っておくべきチェックポイントとは
(前回記事「マンションでの重量床衝撃音(上階音)性能に関する評価基準を修正する必要があります。その理由とは?」からの続きの内容ですから、随時、前回記事を参照して下さい! 少し長くなりますが、自己防衛のためのチェックポイントを最後に示していますので、先にそちらを参照して頂いても結構です。)
マンション購入は人生最大の買い物、今の知識で大丈夫ですか
多くの人にとってマンションの購入は人生最大の買い物だと言っていいかもしれません。快適な新しい生活への大きな期待を込めて一度っきりの大きな決断を行うのですが、それが期待通りに実現されるかどうかは、マンション生活に対する十分な知識を持ち、購入時に確実な調査がなされたかどうかに掛かってきます。その対象となる一つのテーマが騒音の問題です。次のような状況です。
購入した新しいマンションに入居して数か月が経った頃、いきなり下の階から足音などがうるさいという注意の手紙が届きます。それが始まりです。思いもよらない出来事に戸惑いながら、取り敢えず防音マットを購入して居間の部分に敷き詰めて対応することにしますが、その後も苦情は収まらず、状況はどんどんエスカレートします。管理組合は全く対応してくれず、警察なども臨場する状況となり、その苦悩は計り知れなくなります。弊所への相談の中には「自死を考えてしまうほど辛い」などの表現まで見られます。
昔のマンションならともかく、今のマンションは性能が格段に良くなっているので、騒音問題もそんなに気にしなくていいだろうなどと安易に考えてはいけません。前報で示したように、生活音に関するトラブルは新しく建設されたマンションが一番多いのです。なぜこんなことになっているのでしょうか。理由は大きく分けて2つです。
一つは、新しいマンションでは人間関係が希薄であることです。居住年数が短いだけでなく、新しいマンションの居住者は働き盛りの人達です。そんな人達は、マンションでの近所付き合いや親しい人間関係を望みません。特に、音の問題を想定して、上下階の居住者と仲の良い関係を築いておこうとまではとても考えません。そんな状態で、顔も知らない相手から日常的に騒音を聞かされれば誰でも被害者意識を持ちますし、普通に生活しているだけなのに何度も騒音苦情を言われれば相手に対する嫌悪感も激しいものになります。人間的な結びつきのないマンション居住者を、日常的な騒音が強く結びつけるのです。そこにあるのは〝近所付き合い〟ではなく〝苦情付き合い〟なのです。
もう一つの理由は、マンションでの音の性能、特に上階から響く足音などの重量床衝撃音性能に関する正確な知識を一般の人が持ち合わせていないためです。いや、一般の人だけではなく建築技術者も同様かも知れません。この理由の一つとなっているのが、前報で示した日本建築学会の適用基準です。では、日本で最も権威のある建築関連の学会である日本建築学会が示している基準のどこが問題で、それがどのように影響を及ぼしているのでしょうか。それを説明しましょう。
表示されている性能は平均値であることを理解すること
前回記事で詳しく説明したように、マンションの重量床衝撃音性能に関しては、日本建築学会が適用等級を示しており、1級が「建築学会が推奨する好ましい性能水準」となっており、遮音等級で示せばLH-50がそれに該当するとされています。したがって、マンションの設計においては、LH-50の性能を確保できるように床スラブの設計を行うことになります。以前は、LH-50を目標として、少なくともLH-55は確保するという条件で設計しているところが多かったのですが、現在では、殆どの場合にLH-50を確保することが条件となっていると言ってよいと思います。
LH-50の生活実感では、足音などは「小さく聞こえる」ですから、集合住宅なのでそれくらいはしょうがなく、妥当なところかなと思ってしまいますが、重要なのは、この値はあくまで平均値であり、実際に聞こえる音はこれより大きい場合も小さい場合もあるということです。もちろん、トラブルになるのは大きな場合ですから、どれくらい大きな場合があるのかを、手元にある測定報告書などをもとに調べた結果を紹介します。
まず、平均値とはどのような平均値かを簡単に説明しておきます。重量床衝撃音の性能は部屋ごとに測定され、下図に示すように、居間での性能を測定する場合には、赤丸の5点を順次加振してゆき、下の階においても加振点毎に5点で音の大きさを測定します。音の5点を平均したものが加振点での値であり、その加振点の値を平均したものがその部屋の重量床衝撃音性能(5点平均値)となります。測定は以上の通りですが、建築設計において予測計算を行う場合でも、これと同じやり方で検討が行われます。
マンションでの重量床衝撃音性能の現状
手元にあった測定データー(今回のデーターと呼称)を整理した結果を示します。これらのデーターは最近の新しいデーターであり、その多くは目標値としてLH-50を確保できるように設計されたものです。床スラブの厚みも20cm~30cmとなっています。
まず、今回のデーターが特異なものでないことを確認するため、日本建築学会が出版している書籍にあるデーターと比較してみました。下図がその結果ですが、殆ど同じ傾向を示していることが分かります。
日本建築学会のデーターでも今回のデーターでも、同じ床スラブ厚で20dB程度の性能のバラツキが見られ、その変動幅が大変に大きなことが分かります。すなわち、重量床衝撃音に関しては床スラブの厚みだけを根拠として性能の判断を行うと、大きな間違いになる場合があることを示しています。
マンションのパンフレットには、床スラブの厚みが25cmと書かれていても、上図を見れば分かる通り、その性能はLH-45~LH-60以上までバラつくのですから決して安心はできません。また、LH-50のラインを赤線で示しましたが、床スラブ厚が20cm以上の場合でも半分以上のデーターがLH-50より性能が悪い結果になっていることには驚かされます。このようなひどい結果になっているのは、設計段階で正確な予測計算ができてないためです。これが現状ということですが、何回も言いますが、これは平均値の結果です。
発生する音の最大値を調べてみました
今回のデーターの重量床衝撃音性能を整理すると下図のようになります(なお、横軸のLH数とは、1dB毎に数値を表示した場合の用語です。LH等級とは5dB毎の表示になります)。この結果では、LH-45以下とLH-45~LH-50を合わせたものが、比率的に一番多くなっていますから、まず妥当なデーターであると言えますが、それより性能の悪いものもある程度含まれていることにも留意が必要です。
これらのデーターをもとに、平均値ではなく、個別の場所ごとのデーターがどれだけ平均値より大きくなるかを調べてみました。まず、下図は加振点別に調べた場合の最大値の値と、それが5点平均値からどれだけ増加しているかを調べてまとめたものです。
これによれば、約1/3のデーターが5dB以上となっており、最大では9dBの増加を示すものもあります。この場合、重量床衝撃音の性能はLH-53(5点平均値)でも、場所(加振点)によってはLH-62の音が発生する場合があることを示しています。また、もともと性能の悪いLH-62のデーターでは、場所によっては5dB増加してLH-67の音が発生する場合があることを示しています。
前報で示したように、LH-60は「良く聞こえる」、LH-65は「発生音がかなり気になる」となっていますが、これ以上の音が発生するマンションが新しいマンションとして建設されているということです。このような事実を知らない居住者がいれば(殆どいないと言っていいかもしれません)、これは上階音に関するトラブルが発生して当たり前だと言えます。
下図は、加振点別最大値での5点平均値に対するLH数の増加量の分布を示したものですが、平均値は4.1dBであり、5dB以上大きくなるものも多く見られます。
これらの増加量を考慮して、5点平均値と加振点別最大値でのLH数の分布を比較すると下図になります。加振点最大値で見れば、殆どがLH-50~LH-60の値になっていることが分かります。また、LH-60以下の値のマンションもかなりの比率で含まれることが分かります。すなわち、現在の設計目標値であるLH-50で建設されたマンションでも、良く聞こえる音やかなりうるさい音が響く場合があるということです。苦情を言う下階の居住者は、平均的な音の大きさを基準に判断するのではなく、時々聞こえる大きな音を対象にするのですから、この点は居住環境に関して重要な留意点になります。
重量床衝撃音は、実際はもっと大きな音で聞こえている
これまで示した内容でも、現在の重量床衝撃音の設計基準は不十分であることが分かりますが、実はそれどころではありません。上記で示した加振点別の重量床衝撃音の最大値というのは、下室の5点で衝撃音を測定し、その平均をとった値なのです。そうすると、加振する場所だけでなく、音を測定する場所、すなわち下室の居住者が音を聞く場所(受音点)によっても音の大きさに大小があることになります。この受音点の最大値を考慮した場合には、5点平均値とどれくらいの差が出るかを、加振点別の場合と同様に調べてみた結果を以下に示します。グラフの内容は加振点別と同じであるため、結果だけを示します。
これらの結果を見れば明らかなように、受音点別最大値は、加振点別最大値よりも更に1ランク、5dB程度悪くなっており、LH-70という数値もでてきます。このような劣悪な重量床衝撃音性能が、加振点や受音点の組み合わせで現れてくる場合があるというのが現実の状況なのです。これでは、日本建築学会が推奨する好ましい性能水準だとはとても考えられません。
重量床衝撃音の評価基準を修正し、もう一段、性能アップを目指すべき
既に示したように、現在のマンションでの重量床衝撃音性能の設計目標はLH-50を確保できるように設定されています。その理由は、日本建築学会が推奨し、好ましい性能水準だと明示しているためです。しかし、これまで図で示してきたように、重量床衝撃音の発生状況だけを考えれば、生活実態としては必ずしも好ましい性能水準と言えるものではなく、苦情やトラブルの発生しやすい性能水準だと言えます。現実にも、古い建物よりLH-50がより確保されているはずの新しいマンションほど音のトラブルが多いという状況が生れてきているのです。
では、なぜ日本建築学会はこのような評価基準を定めているのでしょうか。前報で示しましたが、それは半世紀前の技術的な知見をもとに設定されたものがそのまま継承されているというのが一つの理由です。もう一つは、建築物に関する総合判断によるものと考えられます。重量床衝撃音の遮断性能は高いにこしたことはないのは当然ですが、それを実現するには、床スラブ厚をかなり厚くする必要があります。床スラブ厚を厚くすれば、もちろん材料費が高くなりますし、建物全体重量も重くなります。そうすれば、杭への負担も増え、耐震性能にも影響を及ぼします。できれば床スラブは薄い方が経済的であり、そのバランスをとった条件が現在の評価基準であると説明できなくもありません。すなわち、日本建築学会はマンション入居者の生活だけを考えて重量床衝撃音の性能を評価している訳ではないということですが、それでも現在の床スラブの重量床衝撃音性能の分布(最初の図)やトラブルの発生状況を見れば、明らかに現在の標準的な性能の設定値は低すぎるといえます。
今回のデーターのうち、LH-50をクリヤーできていたのは42%であり、半分に満たない状態です。LH-50の性能を確保する目標で建てられた新しい建物で、その達成度が半分以下というのは、重量床衝撃音性能が床スラブ厚以外の条件で大きく変化するためであり、それゆえ、正確な重量床衝撃音予測計算法を用いることは必須条件ですが、その上で性能目標値も高める必要があります。
なお、予測計算法に関しては、筆者の研究室で「拡散度法」という予測計算法を開発し(この研究「拡散度法による床衝撃音遮断性能の予測に関する研究」に関しては、2008年度の日本建築学会・学会賞が授与されています)、これを弊所のホームページで一般に無料提供しています。利用するための詳細なマニュアルもAmazonから販売されていますので、是非、建築技術者の方には利用して頂きたいと思います。また、拡散度法と他の計算手法を比較検証した資料も用意されていますので、興味のある方は弊所ホームページから申し込んで頂きたいと思います。
正確な性能予測が行われていないため半数以上がLH-50を下回る状況に加えて、加振点毎の最大値で見れば、平均値であるLH-51を平均で4.1dB上回る音が発生し、更に受音点毎の最大値で見れば平均で7.1dB上回る音が発生しているのが現実であり、実際にはこれより大きな音も発生しているのです。これらの大きな音が下室に時々響くことが苦情やトラブルの発生に繋がっているのです。
これらの状況を考えれば、現在のマンションでの重量床衝撃音性能の目標値を1段高めることが必要であり、そのためには社会をリードする日本建築学会が適用等級を見直す必要があります。ゼネコンやデベロッパーの反発は大きいかもしれませんが、音の技術の最終目標は、音のトラブルをなくすことだということを忘れないで頂きたいと思います。
では、現実に重量床衝撃音の設計目標値を1ランク高めるということは可能なのでしょうか。それを実現するための要点は2つだと思っています。一つ目は、すでに述べたように正確な重量床衝撃音予測計算法の採用です。検討手法の精度が確保されていないと、無駄な安全側の設計を行わなければならなくなります。
もう一つは、ボイドスラブ(中空スラブ)の利用です。現在でも多くの床スラブでボイドスラブが用いられていますが、まだ、在来の密実スラブを優先し、重量床衝撃音の性能が不足する懸念のある所にボイドスラブを用いるという傾向が見られますが、性能目標値を1ランク上げるためにはボイドスラブの積極的な利用は必要不可欠です。これら2つの条件を考慮すれば、技術的に設計目標値をLH-45(2dBの緩和を含めて実質LH-47)に設定することも可能であると考えます。
マンション購入に際しての床衝撃音問題に関する自己防衛チェックポイント
現在のマンションの重量床衝撃音性能についてはこれまでの説明で十分に理解できたと思います。要は、新築マンションでも重量床衝撃音性能に大幅なバラツキがあるため、床衝撃音(上階音)のトラブルに巻き込まれたくないなら、事前に要点をチェックしておく必要があります。ここでは、その要点について説明しますが、現状でのチェックポイントですから、性能値に関してはLH-50を一つの目安として記述しています。また、音の問題において人間関係の影響は大変に大きいのですが、これは個人の対応の問題であるため、ここでは省略しています。
① 実測結果の有無の確認
一番確実なチェックポイントです。デベロッパーによっては、重量床衝撃音の測定をゼネコンなどの建設業者に義務付けているところもあります。内装が完全に出来上がってからの竣工検査として測定される場合や、コンクリートの床スラブだけが出来上がっていて、床の仕上げや天井の施工がまだ終わってない時点での測定の場合もありますが、重量床衝撃音の場合には構造体としての性能が重要ですから、どちらも参考になります。この結果でLH-50以下が確保されていること、できればLH-45クラスの性能が確認できていれば、現状の中では安心できる状況だといえます。
② 床スラブ厚の確認
重量床衝撃音性能を決定する最も大きな要因は床スラブの厚みであることは間違いありません。ただし、最初の図に示したように、同じスラブ厚であっても性能は大幅に変動することも事実です。しかし、床スラブの厚みが27.5cmとか30cmとなっている場合には、事前の重量床衝撃音の予測検討において、必要があって床スラブを厚くしていることが多いため、LH-50が確保されている可能性は高いといえます。床スラブ厚が20cmでもLH-50が確保される場合もありますが、それは結果論ですから、この場合には実測結果の確認の必要性はより高くなると言えます。
③ 純ラーメン構造かどうかの確認
過去の記事「上階からの騒音問題に関する隠れ劣悪マンションの恐怖」で詳しく説明しましたが、純ラーメン構造かどうかも重要なチェックポイントです。純ラーメン構造とは、大梁の下にコンクリートの壁がなく、間取りが石膏ボードなどを用いた乾式壁で区切られている構造であり、間取りの自由度が高まり、軽量化も計れるなどのメリットがあります。純ラーメン構造のマンション全てで重量床衝撃音性能が悪くなるわけではありませんが、一部の条件によっては、床スラブの厚みが25cm以上でもLH-60前後の性能となる場合があるため要注意です。特に、大梁で囲まれた床面積が比較的小さい場合は要注意ですから、純ラーメン構造の場合には実測結果をしっかり確認してください。
④ デベロッパーの設計目標値の確認
デベロッパーがマンションの建築設計を設計事務所やゼネコンに依頼する場合、重量床衝撃音性能の設計目標値を提示し、それをクリヤーできることを条件としている場合が多く、その性能はLH-50としている場合が一般的です。その場合でも、建設後に性能を実測すると結果が大きくバラついているということもあるのですが、最初に目標値を設定しているかどうかは重要ですから、これはデベロッパーへの確認ポイントとなります。仮に、設計目標値をLH-55に設定している場合や設計目標値を設定していない場合には、これまで上記で示してきたデーターより更に悪くなることも考えられるため、念のため、確認しておく必要があります。
⑤ 予測計算法の確認
マンションの床構造の設計においては、一般的には、重量床衝撃音の予測計算を実施しますが、その予測計算法には既に紹介した筆者開発の拡散度法があります。拡散度法以外にも計算法は存在しますが、筆者が開発者ですから当然ですが、予測精度は拡散度法が一番すぐれていると信じています。特に、拡散度法は純ラーメン構造の予測計算にも対応していますので、そのチェックも行えます。他の計算法で純ラーメン構造に対応したものは筆者の知るところではありません。ただ、拡散度法を用いて予測計算が行われていても、入力方法等が間違っている事例もこれまで散見されるため、十分なチェックは必要です。拡散度法の計算に疑問がある場合などは弊所へご連絡下さい。予測計算法が拡散度法であるかどうかも、是非、ご確認下さい。
⑥ 床スラブがボイドスラブかどうかの確認
既に述べましたが、ボイドスラブ(中空スラブ)は、床スラブが厚くなった時に重量を軽くするために用いられるものです。中空にしても床スラブの断面性能はあまり低下しないというメリットがあり、最近は多くの建築物で採用されています。このボイドスラブは、ボイドスラブメーカーが床スラブの床厚の決定などの計算を専門的に実施していますので、性能確保に関する信頼度は格段に高くなります。その意味で、床スラブが通常のスラブかボイドスラブかもチェックポイントの一つであり、ボイドスラブの場合は一つの安心材料と考えて下さい。
以上、マンションにおける重量床衝撃音の性能をチェックする際の技術的なチェックポイントを紹介しましたが、音の問題を軽く考えているととんでもない苦悩を抱え込んでしまうこともある事を十分に理解して頂き、しっかりと事前チェックを行って頂きたいと思います。