月曜ジャズ通信 2014年6月16日 嘉祥の日にお菓子を買って疫病を撃退だ号
もくじ
♪今週のスタンダード〜黒いオルフェ
♪今週のヴォーカル〜ボビー・マクファーリン
♪今週の自画自賛〜ジャズ耳養成マガジン「JAZZ100年」第6巻
♪今週の気になる2枚〜妹尾美穂『シエル』/『Coffee & Novos Compositores』
♪執筆後記〜渡辺香津美&山下洋輔『クレオパトラの夢』
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♪今週のスタンダード〜黒いオルフェ
ポルトガル語の原題が“カーニヴァルの朝”というこの曲は、1959年に公開された映画「黒いオルフェ」の主題歌としてルイス・ボンファが作曲、アントニオ・モラレスが作詞しました。
ルイス・ボンファはデビューが1945年、ブラジルのポピュラー音楽シーン黎明期から活躍するクラシック畑出身の名ギタリストです。
映画の原案になったのはヴィニシウス・ヂ・モライスが1956年に発表した戯曲で、マルセル・カミュ監督によってフランス・ブラジル・イタリアの合作映画に仕立てられました。
ヴィニシウス・ヂ・モライスはアントニオ・カルロス・ジョビンらとともにボサノヴァというスタイルを生み出したひとりで、外交官でありながら詩や文学を発表し、作詞・作曲も手がけるというマルチな才能を発揮した人です。
映画では歌とギターの名手である主人公のオルフェが弾き語りで披露したこの曲。サンバのリズムだったことから「オルフェのサンバ」とも呼ばれ、ボサノヴァを代表する曲として取り上げられるようになってからは、映画タイトル「黒いオルフェ」のままで通じるようになりました。
♪Luiz Bonfa(ルイス・ボンファ)
作曲者ルイス・ボンファによる演奏です。前半はボンファがブラジルのリズミックなギター・テクニックを自ら弾きながら解説。インタビューを挟んで3分35秒から「黒いオルフェ」を披露しています。
♪Stan Getz 01 Manha De Carnival
アメリカのジャズ・シーンでいち早くボサノヴァに注目していたスタン・ゲッツが、1962年にオーケストラ・アレンジでカヴァー。クール・ジャズを先導した彼ならではのプレイ・スタイルが、ボサノヴァにピッタリとハマっているようすが伝わってきます。
♪黒いオルフェ 小野リサ
日本が世界に誇るボサノヴァ・シンガー、小野リサによるライヴ映像です。
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♪今週のヴォーカル〜ボビー・マクファーリン
身体のあらゆる機能を駆使しているとしか思えない発声の概念を超えたパフォーマンスを披露する、まさに“声の魔術師”と呼ぶにふさわしいのが、このボビー・マクファーリン。
1950年にニューヨークで生まれた彼は、両親ともクラシックの音楽家という家庭に育ちます。とくに父親のロバート・マクファーリン・シニアは「メトロポリタン歌劇場の舞台に初めて立ったアフリカ系アメリカ人」というエポックをもち、映画「ポーギーとベス」ではシドニー・ポワチエと共演するなど、有名な歌手でした。
家族はボビーが8歳のときにハリウッドへ引っ越しましたが、そのころからすでに彼の生活は音楽漬けで、クラリネットやピアノを遊び道具にする幼少期を過ごしました。
父親がカウント・ベイシーやジョー・ウィリアムス、ダイナ・ワシントンといったジャズ・ミュージシャンも好んで聴いていたことから、彼の言葉によれば「ジュゼッペ・ヴェルディもデューク・エリントンもジョージ・ガーシュウィンも同じように耳にして育ち、ラジオからはジェームズ・ブラウンやカーペンターズ、マーヴィン・ゲイ、レッド・ツェッペリンが流れているのを聴いて、セルジオ・メンデスとブラジル’66のサウンドにビックリし」ていたそうです。
父親のオペラを観に行ったかと思えば、エレクトリック・マイルスの激しいサウンドやビートルズのエスニックな指向性に興味をもちながら少年期を過ごし、ハイスクールではジャズ・バンドを結成、大学へ進学してもピアノを弾きつづけました。
卒業後も売れないバンドマン生活を続けていたボビー・マクファーリンに転機が訪れたのは、27歳のとき。突如、「僕は歌手になるんだ!」というひらめきを得た彼は、オーディションを受けに出掛け、ヒルトン・ホテルのラウンジの専属歌手としての契約をゲットします。
以後はジャズ・シンガーとして多くのビッグ・ネームとも共演、著名なジャズ・フェスティバルにも出演して、リーダー・アルバムをリリースするようになります。しかし、活動が軌道に乗るに従って、自分が既成のヴォーカリストの枠のなかでしか表現できていないことに不満を抱き、「キース・ジャレットがソロ・ピアノでインプロヴィゼーションをやるように歌いたい!」と思うようになったそうです。
そんな彼が1988年にリリースしたシングル「ドント・ウォーリー、ビー・ハッピー」はビルボード誌のチャートで2週連続1位を獲得し、アカペラ曲唯一の快挙として語り継がれるようになりました。
現在では、小澤征爾直伝という指揮をサンフランシスコ交響楽団をはじめとした名だたる名オーケストラとの共演で披露するなど、その活動はさらにボーダレス化しています。
♪Bobby McFerrin- Don't Worry Be Happy
ボビー・マクファーリンの名をジャズという狭いジャンルから無制限の空間へと引き上げるきっかけになった大ヒット曲です。彼の声だけを多重録音で構成しています。
プロモーション・ヴィデオまで作ったのは、おそらくトム・クルーズ主演の映画「カクテル」(米公開1988年、日本公開1989年)の挿入曲に使われたためでしょう。ロビン・ウィリアムスが出演してますね。
“Don't Worry Be Happy”というフレーズは、インドの霊的指導者であるメヘル・バーバーの教えからボビー・マクファーリンが引用したとのこと。
♪Bobby McFerrin Sings "My Favorite Things" for Berklee Students
バークリー音楽大学を訪れたときに、学生のリクエストに応えて「マイ・フェイヴァリット・シングス」を披露したときのもようのようです。マイク1本で即座にこのパフォーマンスができてしまうなんて、スゴすぎますよね……。
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♪今週の自画自賛〜ジャズ耳養成マガジン「JAZZ100年」第6巻
富澤えいちが記事を担当している「JAZZ100年」の「名演に乾杯」6回目は、CD収録の「シボネー(パート2)」の演奏に合わせてスタア・バー・ギンザの世界チャンプ・バーテンダー岸久さんが選んだ“カリブ”について。
キューバの有名な作曲家、エルネスト・レクオーナの曲ということで、カクテルのベースはラムです。
ホワイト・ラムは癖がないのでクイックイッといくらでも飲めそうですが、調子に乗っているとラムの語源になっているという「ランバリオーンッ!」(“爆発”を意味する現地方言)になっちゃうので要注意ですよ。
♪Dizzy Gillespie & Stan Getz- Siboney (1953)
「シボネー」のパート1と2を両方聴いてみましょう。フロントで演奏しているのは、1950年代のジャズ・シーンを代表するディジー・ガレスピー(トランペット)とスタン・ゲッツ(テナー・サックス)。ほかのメンバーもオールスターズですね。
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♪今週の気になる1/2枚〜妹尾美穂『シエル』
岡山出身のピアニスト、妹尾美穂のセカンド・アルバム。
冒頭の「フラワリング・ピリオド」では藤井学のタムによるマーチング・ドラムから始まるなど、ピアニストのアルバムらしからぬ構成にピンッときたリスナーは、アンテナの感度が高いと思います。
彼女はピアノ専攻科でクラシックを学び、卒業後は音楽講師の道を選んだという経歴の持ち主。それだけでなく、ドラムサークルファシリテーターという資格をもち、ピアノではなく“叩きもの”によってコミュニケーションをとるという集まりのガイド役も続けています。
こうしたユニークな活動が、このアルバムの“ピアニストらしからぬ”スタンスににじみ出て、サウンドを外向きにしていることはまちがいありません。
ピアノには音階がありますが、音階だけではピアノの音にしかなりません。ピアノの音を“音楽”にするために、演奏者は自分にしかできない“楽器との向き合い方”をしなければならないのです。
妹尾美穂は、ピアノの向こう側にいる共演者やリスナーとコミュニケーションをとるために、ピアノを“叩きもの”として利用し、受け手の心に近づこうとします。
♪MihoSenoo 2nd Album[Ciel]
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♪今週の気になる2/2枚〜V.A.『Coffee & Novos Compositores selected by Dani Gurgel』
コーヒーをテーマにした、ブラジルの新たな音楽の潮流を紹介するコンピレーション・アルバム。
ミュージシャン名のところにV.A.とあるのはVaious Artistsの略で“いろいろなミュージシャン”、すなわち単独アーティスト名義の制作ではないことを意味しています。
このアルバムは、鎌倉の老舗カフェ“ヴィヴモン・ディモンシュ”のオープン20周年を記念して企画されました。編纂は、ブラジル音楽シーンの新たな流れの中心的役割を果たしているヴォーカリスト、ダニ・グルジェル。
ブラジル音楽といえば、サンバやショーロといった民族音楽、ジャズの要素を取り入れて発展したボサノヴァ、そしてロックを吸収したM.P.B.(エム・ペー・ベー)と、ポピュラー音楽シーンでは目立つことが多くはなかったものの、洗練された独自のサウンドを生み出して、一部のマニアの強烈な支持を得つづけてきました。
このアルバムに収められた15曲でも、ブラジルの2010年代を象徴するにふさわしい“ナチュラルなのに未来的”なサウンドを楽しむことができます。
♪Musica de Graca- Thais Bonizzi, Pedro Alterio e Paulo Monarco- Veio pra ficar
ボクのイチオシは2曲目のこれ。YouTubeに映像があったので貼っておきます。
これは“無料の音楽サイト”という、ダニ・グルジェルが行なった「普通ではなかなか組まないと思われるアーティストたちの共演でレコーディングする」という企画の一環で、サンパウロ出身のヴォーカリスト、タイース・ボニッジに声をかけて実現したユニット。
タイース・ボニッジは1989年生まれ。2009年にブラジルの音楽オーディション番組「イドロス」(ポルトガル語で“アイドル”だから、いわゆる“スター誕生”のような番組でしょうか)の最終選考に残りました。ブラジルを代表する国民的シンガーであるエリス・レジーナの没後30周年を悼んでエリスのアルバムを全曲演奏するというステージにも出演した、ノーヴォス・コンポジトーレス=ニュー・コンポーザー期待のアーティストです。
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♪執筆後記
6月16日を調べてみると、“和菓子の日”というのが目に留まりました。
全国和菓子協会のホームページ(http://www.wagashi.or.jp/wagashinohi/)を見ると、「西暦848年(承和15年・嘉祥元年)の夏、仁明天皇が御神託に基づいて、6月16日に16の数にちなんだ菓子、餅などを神前に供えて、疫病を除け健康招福を祈誓し、『嘉祥』と改元した」ことにちなんでおり、鎌倉時代には「のちの後嵯峨天皇が東宮となられる前に、6月16日に通貨16枚で御供えの菓子などを求めて献じそれを吉例とし」たとあります。
この「嘉祥の日」の風習は貴族から武士へと広まり、江戸時代には民間でも“嘉祥喰”といって「十六文で菓子や餅十六個を求め食べるしきたり」がありました。「6月16日に採った梅の実でつくった梅干しを旅立ちの日に食べると災難をのがれる」という「嘉祥の梅」の言い伝えをお祖父さんやお祖母さんから聞いたことがあるという人がいるかもしれません。
“16文で16個のお菓子”なんて話を聞くと、小学校の遠足で“お菓子はひとり500円まで”なんて釘を刺されたことを思い出してしまいます。
16枚の硬貨ということであれば、10円玉だと160円。ちょっと少ないけど、買えないことはないかな。
♪Cleopatra's Dream- Kazumi Watanabe & Yosuke Yamashita
1994年リリースの渡辺香津美『おやつ』収録の1曲です。デュオというシンプルな構成なのに、ジャズのエッセンスがぎっしりと詰まった濃い内容。これなら“健康招福”まちがいなしですね。
富澤えいちのジャズブログ⇒http://jazz.e10330.com/