突然届いた督促状~要注意!「相続分の譲渡」の落し穴
相続に関する書類の中には安易に判を押すとトラブルに巻き込まれるものがあります。今回は「相続分譲渡証書」についてお伝えします。
身に覚えのない督促状
山田愛子さんの下に、ある日、身に覚えのない金融機関から督促状が届きました。
愛子さんは、「これは新手の詐欺に違いないわ!」と思い放置していました。
怪しい督促状が届いてから1か月が過ぎたころ、また督促状が届きました。さすがに気になって封を開けてみると、なんと半年前に死亡した叔父の借金500万円を支払えという内容でした。
孤独死した叔父
その叔父は亡母の弟でした。独身で子もなく一人暮らしをしていました。そして、ある日アパートで亡くなっているのをポストに郵便物がたまっているのを不審に思ったアパートの管理人によって発見されたのでした。
長兄からの手紙
結局、叔父と交流のあった長兄が叔父の死後の手続を行いました。そして、長兄から愛子さんに次のような手紙が届いたのでした。
・叔父(=被相続人)が3か月前に亡くなった。
・被相続人には妻も子もいなかった。
・既に被相続人の両親(=愛子の祖父母)は死亡している。
・したがって、相続人は兄弟姉妹となり、私(=長兄)と妹(=愛子の母親)の2人になる。
・しかし、妹は被相続人より先に亡くなっていたため、亡妹の子(=被相続人の姪)である愛子が相続人(=代襲相続人)になる。
続いて、被相続人の遺産は約300万円の預貯金があるのだが、アパートの清掃代それに葬儀やお墓など死後の清算で200万超かかってしまった。そして、長兄からは、今後の法要も私がやるから、届けた書類に判を押して送り返してほしいと書かれていました。
その書類には「相続分譲渡証書」と書かれていて、愛子の法定相続分(=2分の1)を長兄に譲るというものでした。愛子は被相続人とは疎遠だったし異論がなかったので署名押印して印鑑登録証明書を添付して長兄に返送したのでした。
貸金業者からの衝撃の回答
そこで、愛子は、「相続分を譲り渡したのだから、亡叔父の借金は私には関係のない話だ」と思い、貸金業者にそのことを伝えるために電話をしてみました。すると衝撃の回答が返ってきました。
「それは、相続人の間の話ですよね。私たち(=債権者)には知ったことではありません。あなたは被相続人の借金(1千万円)の法定相続分の2分の1(500万円)を支払う義務があるのです」
愛子さんはこれを聞いて途方に暮れてしまったのでした。
「相続分の譲渡」とは
相続分の譲渡とは、債権と債務とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分(=包括的持分)を移転することをいいます(民法905条)。
相続分の譲渡は相続人という地位の譲渡であるので、当事者間では債務も移転するが、譲渡人は対外的に債務を免れません。このことに注意が必要です。
相続分の譲渡は、遺産分割より前であれば、有償・無償を問わず、また、口頭によるものでもかまいません。他の共同相続人に対する通知も必要ありません。ただし、後の紛争防止の観点から、一般に「相続分譲渡証書」といった文書により譲渡されます。
このように、相続分の譲渡は、あくまでも相続人の間の決めごとであって、被相続人の債権者には関係のないことなのです。
相続放棄で難を逃れる
その後、愛子さんは専門家に相談してみました。専門家からは、相続放棄を勧められました。相続放棄をすれば初めから相続人とならなかったものとみなされるので亡叔父の借金を引き継ぐ義務は生じないからです(民法939条)。そこで、愛子さんは家庭裁判所に相続放棄の申述をしたところ家庭裁判所に受理されて難を逃れることができました。
いずれにしても、相続分の譲渡に判を押すときは被相続人が債務を残して亡くなっていないかを十分確認するなどして慎重にすべきでしょう。