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荒井首相秘書官の「同性婚を認めたら、国を捨てる人が出てくる」発言は正しいか

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
パナソニック取締役時代のローレンス・ベイツさん(筆者撮影)

岸田文雄首相や荒井勝喜首相秘書官(当時)による性的少数派(LGBTQ)をめぐる発言が波紋を広げている。とくに荒井秘書官の「見るのも嫌だ。隣に住んでいたら嫌だ」との露骨な差別的発言は、世論の激しい批判を招いた。その過激な発言の陰に隠れてしまった形だが、荒井氏はその場で、「(同性婚を)認めたら、国を捨てる人が出てくる」という、日本の将来を左右しかねない重大な発言もしている。果たして、同性婚を合法化したら日本から人が出ていくのだろうか。元パナソニック取締役で同性パートナーと暮らす米国人などに取材した。

企業の自助努力では解決できない課題

少子高齢化が進む日本で事業を展開する企業にとって、優秀な人材、労働力を国の内外から確保することは、海外の企業と競争しながら成長を維持していく上で、極めて重要な課題になっている。課題解決のカギの1つとなるのが、LGBTQの人たちが働きやすい職場環境を作り出すことだ。

LGBTQフレンドリーな職場作りに真剣に取り組む企業は年々、増えている。企業や団体のLGBTQ施策の推進を支援するwork with Prideは2016年から毎年、LGBTQ施策で先進的な取り組みをしている企業や団体を表彰しているが、昨年は常連組も含め、400近い数の企業や団体が受賞した。

そうした企業にとって、優秀な人材を確保する上で、自助努力では如何ともしがたい壁となっているのが、主要先進7カ国の中で唯一、同性婚を認めていない日本の法制度だ。

子どもの親権者になれない

同性婚の実現を目指す「Marriage For All Japan-結婚の自由をすべての人に」(MFAJ)によると、同性婚が認められないと、例えば、同居のパートナーが死亡した場合に相手の財産を相続できず、生活が困窮する可能性がある。また、パートナーが産んだ子どもの親権者になれず、子育てにかかわれなくなるなどの不利益が考えられるという。

昨年、結婚式場大手テイクアンドギヴ・ニーズの社外取締役に就任した村木真紀さんは当時、筆者にこう話した。「今、私の家には6歳になる子どもがいます。パートナーが産んだ子なので、同性婚が法的に認められていない日本では、私は親にはなれません。パートナーに万が一何かあった場合、私はその子と一緒にいられるかどうかわからない。パートナーもそれを心配しています。私は親としての役割をきちんと果たしたい」

何よりも、同じ国民なのに、異性愛者は結婚できて同性愛者は結婚できないのは、国による差別以外の何物でもないと感じるLGBTQの当事者は多い。そうした様々な問題や悩みから、同性婚が認められている国への移住を考えたり、実際に移住したりするLGBTQの人たちは、決して珍しいケースではないようだ。

カナダに移住した「未来のリーダー」

大手外資系コンサルティング会社のシニアコンサルタントだった川村安紗子さんは、2018年、パートナーのカナダ人女性と一緒にカナダに移り住んだ。川村さんは、英フィナンシャル・タイムズ紙が選ぶ「未来のLGBT+リーダー・トップ50人」に2017年から2年連続で選出されたこともある。

川村さんは当時、筆者の取材に、「いつになったら法律で同性婚が認められるかわからないし、今のままだと、子どもができても、その子の親になれるかどうかもわからないなど、不安がたくさんあった。とにかく、将来のビジョンが描けないのが、一番の理由だった」と話していた。

岸田首相や荒井秘書官の発言を受けて、MFAJやLGBT法連合会などが急きょ開いた7日の会見では、LGBTQ当事者の立場から情報発信しているライターの松岡宗嗣さんが、日本では同性婚ができないために「海外に出て行かなければならないという人もいる」と述べ、日本の法制度が人材の海外流出を招いていると指摘した。

外国人も不安

同性婚制度のない日本を見限るのは、日本人ばかりではない。

日本で働く外国人のLGBTQの人たちは、パートナーに配偶者ビザが下りないため、家族が不法滞在扱いになる不安が常につきまとう。在日米国商工会議所など欧米の在日商工会議所は2018年、共同で、日本政府に対し同性婚を認めるよう提言している。

2018年にパナソニック初の外国人取締役となった米国人のローレンス・ベイツさんは、現在は取締役を退任し、同性パートナーと2人の子どもとともに米国に戻って暮らしている。荒井秘書官の発言がニュースになった後、メールで話を聞くと、日本を去った経緯について次のように語ってくれた。

「日本で働く外国人のLGBTQ+の人たちの大半は家族のビザの問題を抱えている。私たちの場合は幸いビザの不安はなかったが、子どもたちのことを考えて米国に戻ることにした。子どもたちには、同性カップルの子として、自分たちの国や両親に誇りを持って育ってほしいと願っている。同性婚が認められていない日本では、それは難しいと思った」

企業の生産性低下の原因にも

ベイツさんはさらに、日本企業の生産性の低さなど日本経済の問題点にも言及し、こう語った。

「結局、国が同性婚を認めていないことが、LGBTQ+の人たちがカミングアウトしにくい職場環境をつくり出しており、それが企業の生産性の低下につながっている。今回のような政権中枢にいる人たちの発言も、非常に大きな影響を与えている」

日本に約30年間住んでいたベイツさんは、自身のSNSに時々、日本の写真をアップするなど、日本を懐かしむ様子もうかがえる。それだけに、日本の現状に歯がゆさを感じているに違いない。

荒井氏は、同性婚の合法化は人材の国外流出につながると懸念したが、現実には逆に、同性婚が認められていない現状が、人材の流出を招いているようだ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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